11.現れたソルフォード
今朝聞いた、ソルフォードの声。やはり、彼は助けを求めていたのだ。
聖精だろうが何だろうが、そんなことは関係ない。大切なソルフォードを、魔性の勝手にはさせない。
「ああ、メリアーティス。あなたを頼って来た甲斐がありました。ぜひ……ぜひ王子を」
メリアーティスの力強い言葉に、セラップは涙を浮かべている。
「ずいぶんな事情もあったもんだな。それより、あとどれだけ時間が残っているかが問題だぜ。その創魂珠ってのと王子の魂が同化する前に、魔性や魔物をどうにかしないとな」
「普通の魂ではありませんから、そう簡単には同化しないはずです。二、三日はかかるでしょう。もっとも、これは気休めな推測かも知れませんが」
「それは大丈夫。まだしばらくは、時間がかせげるよ」
突然、その場にいないはずの人物の声がした。
「え……」
その声に聞き覚えのあるメリアーティスとセラップは、驚いて部屋を見回す。
「誰だっ」
最初に見付けたのは、ラツィオだった。
部屋の窓辺に、薄い金色の影が現れたのだ。
それは見ている間に濃くなり、同時に人の姿になってゆく。
「ソルフォード!」
影はやがて、一人の少年になる。
それは、セラップの話では創魂珠に封じられているはずの、王子ソルフォードだった。
「ソルフォード! ……ソルフォード、本当にあなたなの?」
すぐには信じがたい。だが、その姿はメリアーティスがよく知る、この国の王子ソルフォードだ。
「ああ、ぼくだよ、メリアーティス。よかった、きみの所へ来られて……」
そう言って、笑みを浮かべるソルフォードの顔色は悪い。ひどく疲れているような表情だ。
「ちょっと待て。今聞いた話だと、本物は魔性に封じられてるはずだろ。それなのに、どうしてその王子がここにいるんだ。まさか魔性が送り込んだ、ニセの王子じゃないだろうな」
ラツィオは、ソルフォードの方へ駆け寄ろうとしたメリアーティスの腕を掴んで止めた。
その鋭い視線は遠慮することなく、突然現れた影のような人物へ注がれる。
ラツィオは、この国の王子の顔を知らない。いや、知っていたとしても。
今の話を聞いた後で、突然現れたこの少年が怪しくないなど、絶対に言えない。
「そう思われても、仕方ないよ。だけど、そうする必要があると思うかい?」
ソルフォードは真っ直ぐに、ラツィオの目を見ながら言った。
「ぼくを封じたブラウエルは、ぼくの魂さえ手に入ればいいんだ。恐らく、この国で真実を知る者はほとんどいない。たとえ真実を知った人間がどう動こうと、気にも止めていないんだ。ここできみ達を騙すようなことを、わざわざするかな」
甥のドーアン曰く、腕のいい魔法使い。そんな人間を、反撃どころか防御する間もなく、簡単に飛ばしてしまうような魔性だ。実力は間違いなくある。
そんな魔性が王子を奪還しようとする者の存在を知り、たかだか三、四人のためにこんな回りくどいことをする……とは思えない。
邪魔だと思うなら、自分でさっさと始末するか、手下の魔物に総攻撃をさせれば済む話だ。
言われて納得したラツィオだが……それよりも。
目の前にいるのは、明らかに自分より年下の少年。そんな彼の気配に、どこか押されていた。
少年の深い青の瞳はまっすぐにラツィオを見詰め、揺らぐことはない。
睨み付けている訳でもないのに。疲れた表情さえしているのに。
その瞳の奥に、力強さを感じた。できることなら、一歩下がりたくなる。
「……ドーアン、あんたはどう思う?」
自分だけでは判断しかね、ラツィオは魔法使いに尋ねる。
「確かに、彼はソルフォード王子です。姿だけなら。でも……本人がおっしゃるように、魔性が王子の姿をとっている訳でもなさそうですね。そういった気配は感じられませんから」
「あれは王子ですっ。ソルフォード王子ですよ。ああ、王子……ご無事だったのですね」
セラップが、ソルフォードの周りを嬉しそうに飛ぶ。ケガをしていることも忘れたみたいだ。
「この状態だと……あまり……無事とも言えないけど……」
言いながら、ソルフォードはがくりとひざを折る。
「ソルフォード! しっかりして」
メリアーティスはそれを見てラツィオの腕を振り払い、ソルフォードのそばへ駆け付ける。そして、その腕に触れようとして……触れられなかった。
メリアーティスの手が、空を掴んだのだ。
「え……どういうこと?」
腕だけではない。ソルフォードの身体のどこにも、触れられない。どうしても突き抜けてしまうのだ。
間違いなく、身体はここにあるのに。自分の目の前に、彼はいるのに。
近くでよく見ると、ソルフォードの身体が半透明だ。一見すれば普通だが、肌色などの薄い部分は、向こうが透けて見える。
「メリアーティス、今のぼくは魂だけ。精神体なんだ。実体じゃない。触れるのは無理だよ」
ソルフォードは、力のない笑みを浮かべながら言う。
「そんな……どうすればいいの。そんなにつらそうな顔してるのに、あたしは何もしてあげられないの?」
倒れそうになる彼の身体を、支えてあげたい。何でもいいから、少しでもいいから力になってあげたい。
それなのに、その頬に手で触れて彼を感じることすらできないのだ。
「ここへ来るだけで、ずいぶんと力を使ったからね。少し休めば、何とかなるとは思うよ。気持ちは嬉しいけれど、たぶん誰にも……」
言い掛けて、ソルフォードの視線がドーアンに止まる。
「それは……ぼくの剣?」
何がきっかけで魔物に奪われるかわからないので、ドーアンは部屋の中にいてもずっと王子の剣を背負っていた。
その剣に、ソルフォードの目が留まったのだ。
「は、はい。伯父のマルゴーに託されて、鍛え直して参りました」
「それを……渡してもらえないかな」
精神体だと言いながら、ソルフォードは苦しそうに息を切らしている。
ドーアンはしばらくそんな少年の顔を見ていたが、やがて背中から剣を下ろすと元の持ち主へ差し出した。
「お心のままに」
ドーアンが差し出した剣に、実体がないはずのソルフォードが触れる。
その途端、ソルフォードの身体が金色に光り出した。その光景に、誰もが釘付けになる。
ゆっくりとその光がおさまった後には、顔色のよくなったソルフォードが立っていた。手には剣をしっかり持って。
「ありがとう。思っていた以上に、強くなってるよ。守光石の力も、剣そのものも」
「ソルフォード……? あ、今はちゃんとあなたに触れられるわ」
思わず伸ばしたメリアーティスの手は、今度はしっかりとソルフォードの腕を掴んでいた。
「たぶん、この剣がぼくの存在を高めてくれたんだ」
まだ精神体のままではある。だが、剣の持つ魔力のおかげで、ソルフォードは一時的に実体を得られたらしい。
「心配かけたね、メリアーティス」
その言葉を聞いた途端、メリアーティスはソルフォードに抱き付いていた。
「心配したわよっ。あたし、ソルフォードの声を聞いて、急いで帰って来たんだから。何がどうなってるのかわかんなくて、ソルフォードのこと、本当にすっごく心配したんだから」
気を抜くと、涙が出そうになる。
「メリアーティス、ぼくの声を聞いてくれたの? ごめんよ。きみまで危険なことに巻き込んでしまうと思ったけれど、他に誰も頭に浮かばなかったんだ」
すがりつく少女の身体を、少年は優しく抱き締めた。
「……なぁ、王子様。だいたいの話はそこの鳥に聞いたんだが、もう少し詳しい話を聞かせてもらうとありがたいな。俺達が何をすりゃいいのか、とかさ」
人目もはばからない、二人の世界。
そこへ少し申し訳なさそうに、ラツィオが声をかけた。
できれば二人の邪魔をすることなく、このままそっと部屋を出て行きたいところだが、今はそうもいかない。
話はまだ終わっていないのだ。
「ああ、そうだね。きみ達には、頼みたいことがあるんだ」
「お話をされるのであれば、お座りになってはいかがでしょう。みな様、休める時に休まれた方がよろしいかと」
セラップにうながされ、それぞれが適当な場所に腰を下ろした。





