10.彼女を頼って
メリアーティスは、キャプロックの城にはいなかった。来ていれば必ずソルフォードに顔を見せるから、間違いないだろう。
メリアーティスなら。いや、メリアーティスの力でも、難しいかも知れない。
だが、メリアーティスを通じて、誰か力のある人間が来てくれれば。あの魔性を倒して、王子を助けてくれるかも知れない。
そう、メリアーティスだ。
セラップはそう考えて、ルクスソーヴァ家へ向かった。
だが、メリアーティスの父バンフェルデが「娘が隣国へいとこの見舞いに行った」と話していたのを、途中で思い出す。
メリアーティスは城どころか、この国にもいなかったのだ。
いつ帰って来るだろう。見舞いなら、そんなに長居はしないかも知れない。だが、せっかくよその国へ来たのだから、と観光の予定を入れていたら。
数日は戻らないかも知れない。だとしたら、王子を助けるのは無理だ。
がっかりしたところへ、ブラウエルの手下の魔物に見付かり、応戦しながら逃げていたが、相手が多い。
それでもどうにかしのぎ、ルクスソーヴァ家の近くで彼女が帰るのを待とうと隠れていたのだが、また見付かった。血の臭いを嗅ぎ付けてきたのだろう。
今ここでメリアーティスが現れたら、彼女にまで危害が及ぶ。
そう危惧したセラップはあちこち逃げたり、追い付かれれば必死に抵抗もしたが、身体も気力ももうぼろぼろだった。
どこをどう逃げただろう。全然覚えていない。
気が付けば、またルクスソーヴァ家まで来ていた。無意識のうちに、メリアーティスを頼っていたのだろうか。
こんなに魔物を引き連れていては、彼女が危険にさらされてしまう、と思ってここから離れたはずなのに。
だが、もう限界だった。よそへ飛ぶだけの力は、もう残っていない。魔物から逃げようにも、巣立つ前の雛よりもうまく飛べなかった。
メリアーティスに会うまでに果ててしまうかも知れない、とあきらめかけた時。
まさかの当人が現れてくれたのだ。
彼女に何かあったらどうしよう、と思う反面、その姿を見てほっとする。
そして……意識が遠のいた。
☆☆☆
「そんなことが……だから、伯父さんは急がれていたのか」
セラップの話を聞いて、ドーアンがそんな意味深な言葉をつぶやき、そこにいるみんなの目が魔法使いに集まった。
「だからってのは、どういう意味だ? ドーアン、あんた何か知ってるのか」
「そう言えば、ドーアンはソルフォードの剣を持ってたわね。その理由をまだ聞いてないわ」
会った時は、事情を話すことを渋っていたドーアン。しかし、ここまで来たら、しゃべってもらわない訳にはいかない。
「実は……私の伯父は、城に仕えている魔法使いマルゴーなのです。三日前、伯父から呼び出され、大至急この剣を鍛え直してくれ、と頼まれました」
他言はするな、と何度も念を押され、この剣を託されたのだ。
いつもソルフォードが持っていたその剣は「アンゲルンの剣」と呼ばれ、ある魔力を秘めているのだと聞く。
だが、それがどういうものかはドーアンも知らないし、マルゴーからは教えてもらえなかった。
とにかく「これは王子を守る剣なのだが、最近急激に魔力が落ちてしまった。急いで鍛え直して持って来るように」と頼むと言うより、ほとんど命令に近かった。
「魔力を秘めた剣ですから、簡単には鍛え直せません。本当なら一週間以上はかかるところを、無理を言って三日で鍛え直してもらったのです。それでも遅かったようですか」
「わざわざ、ダーリエで鍛え直したのか? ここの方が大きい国だってのに、ヴァイツェンに優秀な職人はいないのか?」
「普通の鍛冶なら、この国にも腕のいい職人は多いでしょう。ですが、これは魔力が秘められた剣。いわゆる、特殊技能を持つ者でなければ無理なんです。以前はヴァイツェンにもいたそうですが、他界されたとか。後継者はまだ力不足。現在、この近くで伯父の目にかなう腕のいい職人が、ダーリエにしかいなかった、という訳です」
本当ならマルゴーが持って行き、鍛え直された剣を持ち帰るところなのだが、王子を守るはずの剣がなくなれば、自分が結界を張って守らなければならない。
そのため、自分の甥を使ったのだ。
だが、さっきのセラップの話から、マルゴーの力ではソルフォードを守り切れなかったらしい。
だから、ソルフォードを狙う魔性が現れた。
「そう……確かに、マルゴーは王子から剣を受け取っていました。その時、何も起きなければいいが、などとつぶやいていたのですが、まさかこんなことが起きるとは」
これまでのことを必死に話していたので疲れたのか、セラップはテーブルの上でぐったりと座り込む。
「では、ご主人様と奥様は、洞窟にいらっしゃるのですね」
一緒に話を聞いていたオージェイズが、少しほっとした表情を浮かべた。
少なくとも、命を奪われた訳ではない。ひどい状況ではあるが、まずは生きていることがわかって安心する。
「ねぇ、聖精って何のこと? ソルフォードが聖精を持ってるって言われても、よくわからないんだけど」
「ああ、一般的にはあまり知られていませんから。この世で最上の魂、とでも言うのでしょうね」
ドーアンが説明してくれた。やはり魔法使いは、こういった知識には長けている。
聖精を持つ人間は、千年に一度現れるか否か、と言われる希有な魂を持つ存在だ。他の人間に比べ、その魂は非常に強い光を持っている。
統率力がある、多くの人に慕われる、長寿である、文武両道に優れている、などなど。王となる素質をいくつも持つ。
聖精が現れた国や時代では、優れた文明が発達した、ということが書物にも残されている。
またその反面、魔性にとっては美味な魂であり、延命、魔力を増大させるなど、普通の魂よりも何十倍もの効果が期待できるのだ。
「伯父は……身内の私が言うのも何ですが、素晴らしい腕の持ち主です。その伯父が、恐らくはすべての力を注いで張ったであろう結界。それを突き抜け、魔性にその存在を知られてしまう程に、王子の魂は強い輝きを持っているのでしょう。今なら、私にも事情がわかります。これまで魔性に王子の存在が見付からなかったのは、この剣が王子を守る結界を作っていたからです」
幼い頃から、ソルフォードは剣を持っていた。
メリアーティスは、なぜソルフォードがそんな剣を持つのかわからなかった。きっと、周囲の人間もわからなかっただろう。
幼い頃から剣に慣れておけば、成長した時になじむから……かな、という程度に思っていた。もう少し持ちやすい剣にしてあげればいいのに、と思ったが、子どもの自分にはわからない理由があるのだろう、とも考えて。
ちゃんと理由はあった。小さな身体にはあまりにもふさわしくないように見えるその剣は、彼をずっと守ってくれていたのだ。
柄や鞘にはめ込まれた「守光石」も、その名の通りにソルフォードの光を魔物達の目から隠し、守っていたのである。
だが、ソルフォードのあまりに強い輝きに、その剣もとうとう抑え続けることができなくなってしまった。
それでマルゴーが鍛え直すよう、ドーアンに命令したのだ。
しかし、魔法使いの力だけでは、ソルフォードの気配を隠し切れなかった。光のエネルギーが大きすぎるのだ。二重三重に結界を張っても、光がもれる程に。
「あたし……ソルフォードがそんなすごい存在だなんて、知らなかったわ。セラップ、あなたはこのことを知ってたの?」
「いいえ。その魔性に言われて、わたくしも初めて知りました。剣がなくなってから王子の気配がとても強くなった、とは思っていたのですが、まさかそんな存在だったとは……」
とにかく、これで事情はわかった。
特別な存在であるソルフォードの魂を狙った魔性が、彼を守る剣がなくなったことで現れたのだ。街には、その配下である魔物達があふれるようになって。
そのソルフォードは、魔性の持つ怪しげな珠に封じられ、助けを待っている。
彼の魂が魔性の手に落ちた時、この世はブラウエルと名乗る魔性の支配下になるのだ。
「冗談じゃないわ。ソルフォードはあたしが絶対に助けるっ」





