表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

f.w.04(人が手放したもの)


   *


 依然、二人は運転席と助手席に坐ったまま、でも行き先は自動運転に任せている。図書局(アーカイブ)。集めた本の保管と整理を一手に担う。大空への保管事業を監督するその場所を、彼ら図書官は、訪れることがない。なのにサリは中央に問い合わせたのみならず、乗り込むことを提案した──。


「今は世紀の境目の真っただ中だ」サリは云う。「新世紀を選んだんじゃない、選ばざるをえなかった。旧世紀の身体では新世紀に適応できない。新世紀を拒否することも拒絶する自由はあった。でも環境はそれを許さなかった。分かるよね? 新世紀はお伺いを立てたんじゃない。残るか進むかを選ばせた。どちらも選ばない選択はなかった。生きる以上、新世紀の身体を選ばなければならない。旧世紀の体は、ただ待ってるだけ──時間が経つのを。乱痴気騒ぎが終わるのを。自分の寿命が尽きるのを」


 サリは息をついて続ける。──


「この〈大転換〉の時代で、〈処置〉を望まなかった人たちがしている、あのマスク、あの防護服、ヘルメット──ボクには〈三猿〉まるで〈見ざる・云わざる・訊かざる〉の隠喩メタファーのように思えてならないんだ」


「悪しきものを遠ざけるおまじないなら、悪いことじゃないよね?」


「そうだろうね」とサリは云う。そしてぽつりと、「誤用のつもりだったンだけどな」呟いた。トムは何も答えなかった。


「人が手放したもの」サリは続けた。「肉体の出エジプト(エクソダス)。流浪の日々。我々は何処から来て、何者で、何処へ行く(ノア・ノア)? なあ、トム。ボクたちは、本当に何者で、何をしているんだろう?」


   *


 事前にサリが申請を出していたので、図書局の案内は円滑だった。


 出迎えたメカは、彼らを伴い、局内を先導し、文書保管事業の実際の業務について案内した。メカは多くを語らず、ただの人の形をした機械でしかなかった。


 ──そうして二人は、保管事業の加工の説明を受けた。


 メカは下がり、声だけの局員が、説明を引き取った。


 見学用につくられた空間(スペース)で見せられたものは、本の最期だった。


 鋭利な刃物が降り、機械で挟まれた本の背を切断した(ギロチン)。


 本がズタズタに裁断されている。それは(もう)本ではない。本であった(なにか)だ。例えば、燃やされた本は、(やはり)本でなかった。それも(かって)本であった(なにか)でしかなかったのである。──


(真っ黒に焼けた本・赤く燃えた(ページ)。煤けた紙。灰になって炎の上を蛾のように舞う)


 そこ(図書局)では、本は本でなくなり、紙の束となり、印刷された文字は、光の情報に変換(エンコード)されていた。


 表紙から最後のページまで両面は分解され、終わったものは溶解液を満たしたプールへ送られる。そこで紙の繊維と印刷された文字はバラバラにほどけて溶けていく。印刷の文字が保管のために輝き、光になって、収蔵されていった。


 サリはその(蛮行)作業に強く抗議した。メカは抗議に対応していなかった。それに応じたのは〝声〟だった。──「ようこそ」声は三人から成る新時代の〝賢人〟だった。──


(男とも女ともつかず、老いとも若きともつかぬ不思議な声・声・声、三種の声)


 三賢人の〝声〟はサリに対し、アーカイブのためにと穏やかに(なだ)めた。地上も大気も無限ではない。有限なのだ。本を情報化するには、裁断し、機械に飲ませて、圧縮し、光にして空の保管層へ送り出す。──


「私たちの仕事は、何?」サリが唸るように云った。


「収集と選別です」〝声〟は穏やかに返した。


「選別なんて、してない!」


「別のチームがやっています」と、〝声〟は続けた。「事業の範囲は狭くありません。紙だけの本でなく紙以外の本も同様に扱っています。あなたたちに依託したのは、紙だけでしか存在しない本を集めることです」


「それ以外は知らないでいいと?」


「あなたには収集をして欲しいと委託しました」


 サリは、ぐっと堪え、

「どうやって本を読み出すの?」


「大空に」賢人の一人が答えた。「復号(デコード)で」賢人のもう一人が答えた。


「アーカイブにアクセスできない技術水準ならば、──本は不要なのでは?」最後の一人が答えた。


 サリはハッと息を呑んだ。賢人は続けた。「知恵のない、知識も技術もない者に、本は必要ないでしょう?」


「独占するものじゃない!」サリは激高した。「本は誰にとっても平等であるべき、本がニンゲンを選ぶものじゃない、誰にとって平等であるから価値ある媒体なのに、」


「適切な管理のないところでは、無意味なのです」


「違う! 誰もが手に取って読めることが大事なのに、──」


「よいですか」その声は、ゆっくりと、理性的に、諭すように、穏やかに響いた。「そもそも人々が自主的に始めたことなのです。表現の萎縮。自主規制。自ら、或いは互いに、検閲するようになった。誰かが、何かが、不適切、或いは不道徳などとは一度たりとも判断せずとも──人々が自主的にそう決めて、そのように実行した──違いますか?」


 サリが云ってた通りだ。トムは思った。ニンゲンが自ら始めたことだったことが、ここに帰結している。


 しかしサリは激高した。「分かったような口を利くなッ」


「もし、百人の有権者がいて、」と賢人の一人が穏やかに云う。「百人のうち、全員が賛成したら、それは施行することが正しいですか。全員が同じ回答になったとして」


 サリは質問の意図に気づき、ぎゅっと口を噤んだ。それは、独裁、だ。


 賢人は続けた。「九割が賛成したら? それとも八割の賛成だったら?」流れるように問いかけてきた。「百人の内、何割が権利を行使し、何割の賛成と反対があれば、納得できる数字になるのでしょう。過半数を超えたら、そうすると決めたのは、アナタたちヒトなのです」


「それは──それこそ詭弁(ペテン)だッ」


「現にヒトは()()()()()()()()のです」


 サリは怒りに任せて身を乗り出しかけ、


「サリ」止めに入ったトムの手を、サリは乱暴に払い、「それが賢人の云うことなの、望みなの、理解者のつもりなの、」


「サリ、」


 しかし彼女は、彼の制止を振り切るように、「偽善だ!」


「言葉が(コト)に意味を作ったのですよ」賢人は諭すような声音で云った。「言葉なくとも、分かり合えるものがあるのです」


「そもそも、」と声は続ける。「保管は無限ではないのです」そして、別の声が引き継ぐ。「同じ物語を刻んで貼り合わせているものを、解体して戻す必要があります」


「だから、」と、また別の声が、「間違いないよう未来へ託すのに、最短の道筋を選ぶことに問題が?」


「──それが最良か?」サリは声を振り絞るように訊ねた。「どうなんだ」


「現在に於て、最適なものと判断します」

「未来に対しての準備にまだ迷いがあるようですね」

「時は止められません。ですから何より重要なのは、限られた時間と空間です」


 三者の声は示し合わせたように流れた。


「実体があれば、ヒトはそれに耽溺します。甘えるのです」賢人は云った。「大丈夫、慣れますよ、必ず。具体的には一年足らずのうちに。三年と五年を過ぎる頃には問題になりません。七年も経てば誰の口の端に上ることもなくなります。──」


「サリ、」トムは彼女の腕に触れた。彼女は、その手を払ったりしなかった。だから、「行こう」彼は促した。


「……それが全てだと云うの?」サリの声は囁きのようだった。


   *


「今こそ、終わりの始まりの時なのです」賢人のひとりが云った。「新しい土地と、古き土地に分かれ、それぞれで新世紀が幕開けたのです」


「旅立つ選択と、残る選択は、個人に委ねられました」別の賢人が続けた。「自由に。誰にも強要されず。誰もが、自分の考えでもって。わたしたちは──あくまで──あなた方を補助する存在でしかありません。選択の自由を奪うなんて! そんな野蛮なことを、一時でも考えたりはしません。そのように設計したのですよ。世界が変わったのは、誰の所為(せい)でもなく、ただ(そら)と大地がこれまでと違った段階に入ってしまったことで、あなたたちは旧人と新人に分かれたにすぎません」


 三人目の賢人が云う。「たまさか新天地を見つけるだけの技術をもった時代でもあったのです」


 賢人たちは交互に、含めるように、時に忍耐強く、語を継いでいく。


(そら)の時間で見れば、ほんの瞬きの合間ですらない刹那に於て、ヒトの尺度で充分な機会をえられたのは、都合がよすぎる、とすら思えます」


「それなのに、まだあなたたちは迷う」

「迷うことがヒトの業ならば正しいです」

「それに時間を費やすことは余程いい世界なのでしょう」


 賢人たちは聞き分けのない子供を諭すような声音で話した。


「──そんなこと、聞いてない」サリの呟きに、賢人たちは束の間、口を閉じそして、──


 やはり諭すように続けた。──


   *


 あなたたちは本の心配ばかりする。

 新しい経典が書かれたのはいつ? 信仰のための言葉は生まれている?

 祈りの言葉が最後にできたのはいつ?

 文字と紙に固執するあまり、なぜ本だったのかを忘れていない?

 どうか、絵のことも気にかけてあげて。彫刻や建築のことも忘れないで。

 楽器の音色も声も歌も、憶えていて。

 誰も訪れなくなった建物、誰も観賞しなくなった絵画、芸術、誰も演奏しなくなった音楽を。──

 誰からも望まれていないものは記憶から消え、記録さえ残らない。存在しなかったことすら誰も思い出せない。

 文化を受け取るには、実に多くの体験が必要だと分かるはず。それは世界がどう変容しようとも、普遍的で、まだ見ぬ世界への希望となるはず。ただ本が在るだけでは、役目を果たすことは出来ないのだから。──


   *


「──どうして本だけが選ばれたの?」


 サリの問いに、「もう、本しか助けられないと分かったから」賢人の回答は明快だった。


「何も急ぐことでありません」と賢人は云った。


「そう……」


「今、分からない問題なら、答えは後世に委ねましょう」


「──自分たちに責任はないってことね」


「労働そのものに何も心配のない時代に、図書官の仕事を選んだのはあなたですよ。その仕事に誇りを持てませんか? あなたの能力と必要に応じたものとして、あなたは選んだ。わたしたちは、適切な組み合せをあなたに提示したに過ぎません。選択したのは、あなた自身です」


「それは、」


「自分で選択したのですよ」賢人は重ねて云った。「あなた自身が」


「……そうね」


「これ以上にあなたが望むものはありますか」賢人は云う。


「すべてを聞き入れる確約はありません」賢人は云う。


「それでも、」と賢人は云う。「わたしたちはあなたたちに寄り添いたいと願っています」そして、「こと、地上へ残る凝る選択をしたひとたち、皆に対して──」


 そして、賢人たちの声は消える。息遣いのない声は壁に反響もせずに、空間に飲まれた。


 ややあって、彼女(サリ)が呟く。


「──誰にも、なんの責任のない事業(ファッキン・ジョブ)……」


 トムは何と答えたらいいの分からない。


 サリの声は、虚ろに(こだま)しそして施設の奥の奥の闇に溶ける。そして沈黙が続く。失意のサリを抱えるように、トムは外に連れ出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ