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劇場

「え、スヴェン様と双子なの?」

「全然似てないですよねぇ」


 カフェ『オ・ラスベラント・メーベル』にて。

 ランチをいただいた後、デザートのショートケーキと一緒に紅茶はニルギリをいただく。


 今が旬のイチゴをふんだんに使ったショートケーキの繊細な甘みに、ニルギリの控えめな味わいがちょうど良い。

 ニルギリは先ほど飲んでいたヌワラ・エリヤと同じく、ルルベル大陸の遥か東方から輸入している茶葉である。輸入するのにひと月からふた月ほどはかかるため、今は舞風の月ではあるが、ちょうどニルギリのクオリティーシーズン(呼音よびおとの月)のものが提供されている。


 そのニルギリが注がれたカップを、勢いよく叩きつけてしまった。


 別に怒っているわけではない。ちょっと驚いただけだ。カップがソーサーにぶつかる音が静かな店内に思いっきり響いて、今度はそれに自分で驚く。慌てて「失礼」と、僅かに零れた水滴をナプキンで拭う。


 貴族令嬢としてマナーがなっていないと、ここにレベッカがいたらお叱りを受けていただろう。だが、今ここにマナー云々の説教をするような人物はいない。というかぶっちゃけそれどころじゃない。


 ちょっと話を整理しよう。


 大前提として、「どこどこの誰々が再婚した」「どこどこの誰々が養子をとった」「どこどこの誰々が婚約破棄された」などという話題は、貴族社会では驚くほどあっという間に広まるものである。

 それが何故か、「モロン男爵家が平民の子どもを引き取った」という話は噂として広まりきらず、それどころか「モロン男爵家に聖女の資質を持った子が生まれた」という噂に、いつの間にやら塗り替えられて広まっていたのである。

 そして、アリア・モロンが王立ネロガン魔術院に入学したタイミングで「やはり元々平民の出なのではないかーー」と、また最近になって囁かれ始めたものの、いまだ「モロン男爵家に聖女の資質を持った子どもが生まれた」という話の方が信憑性を持たれている、というのが今の状況である。


 さて、どうしてアリア・モロンの入学のタイミングで、彼女が元々平民であって、養子となったのではないかという話が出てきているのかというと、それは彼女と同じ歳のスヴェン・モロンが、魔術院に同時に入学してきたからだ。


 アリア・モロンの髪と瞳はピンクゴールドであって、スヴェン・モロンは栗色の髪に焦げ茶の瞳である。

 そしてモロン男爵も似たような茶色の髪をしていて、まあ、一言にすると、スヴェン・モロンはモロン男爵の子なのだろうが、アリア・モロンの方はそうは見えないーーしかもスヴェン・モロンと同じ年齢ということは兄妹にしたってそれは双子となるわけで、全然似ていない彼らふたりを双子と思う方が難しい。と、考えた結果、アリア・モロンは養子なのではないか説が急激に上昇してきたのだろう。


 この辺りの話題は、貴族たちにとって非常にセンシティブな話題となるため、誰も表立って彼らモロン家のふたりに尋ねはせず、それがかえって大変下世話なことに、噂話として広く囁かれるに至っているのである。


 私はゲーム知識でアリア・モロンが「引き取られた」ことを知っていたので、スヴェン・モロンは普通にモロン男爵の実子なのだろうと考えていた(女児しかいなかったと記憶していたため、その記憶違いに頭を痛めていたが)が、実際のところは彼らは元々双子であって、セットでモロン男爵家に引き取られただけの話だったのである。


 でも待って。やっぱりそんなの『かなメロ』にはなかったよね?


 移植版の方で冒頭に何か仄めかすシーンがあったような、なかったような気がするが、それが双子の兄がいるーーということだったのだろうか。やばい、全然覚えてない。


 それで当の本人はそんな噂を知ってか知らずか、ファーストフラッシュのダージリンを飲みながら、あっけらかんと「私、元々平民なので、まだこういうお店ちょっと緊張しちゃうんですよねぇ」とか言い出して、「ああ、スヴェンもですよ。双子なんです~」と、話は冒頭に戻るのだ。


「最初は私だけが今のおうちに引き取られたんですよぉ。でも私が兄も一緒じゃないとやだやだやだぁって、それはもう泣いて暴れて喚き散らしてーーで、兄が拾われてきたんです」

「おおう」


 やたら重い。


 アリア・モロンは、レイラークが店へ来るまでの少しの間で、すっかり打ち解けることができた。

 入学の儀の日に、一緒にジェラートを食べに城下街を散策したときも、それなりに会話はしていたので(ジェラートを食べた後は「イゾラ・ベッラ」が気にかかってしまって心ここにあらずだったが)、比較的早く打ち解けることができたのだろう。

 私が雑な敬語で話していたら、アリア・モロンもつられたのか、最初のかしこまった敬語から、だいぶくだけた話口調へと変化した。それを望んでいたので、私は公爵令嬢という立場ではあるが、当然咎めるつもりはさらさらない。ヒロインとは仲良くしたいものである。


「そんなんだから、お兄ちゃんーーあ、スヴェンはすっかり私に過保護になっちゃいまして~、今日も本当はついてきたかったみたいなんです」


 お兄ちゃん。と、無意識に口走ったところ、普段は呼び捨てではなくお兄ちゃん呼びらしい。なるほど、かわいい。


「スヴェン様は今日は予定でも?」

「ええ、なんでもとある伯爵家にお呼ばれしてるみたいで?」

「なんで疑問形なのさ」


 レイラークが笑いながら、時間を確かめる。そろそろだろうか。


「あんまり詳しいこと教えてくれないんです。スヴェンは、なんていうか~、秘密主義みたいな気があるんですよねぇ」


 アリアはそう言って、レイラークへ「そろそろ出ます?」と聞いた。


「そうだな、余裕持って出ようか」


 お会計は全てウェンディル家持ちである。金持ちはキャッシュを持ち歩かないってこういうことなんだなあと思いながら、私たちは店をあとにした。





 そういえば、いまさらどうにもならないが、レイラークの観劇チョイスは最悪だと思った。そして、チケットの公演名をしっかり確認していなかった私も悪い。


 舞台『807』ーーシンプルなタイトルの舞台である。

 このタイトルの数字は暦から取られていて、聖王歴八〇七年。

 この時代はいわゆる聖王国の暗黒時代とも言われていて、ちょうど隣国パルディキアと戦争を行っていた時代である。その戦争が終結したのが、この年であって、では戦争をメインとした舞台なのかというと、そうではない。

 舞台『807』は、聖王国の暗黒時代を終わらせた英雄とも謳われる聖王ゾランと、貧民街に生まれた少女エレノアの身分差恋物語なのである。そしてオチまで話してしまうと、そのエレノアという少女が、聖王国における初代”聖女”である。現聖女候補のアリアと観るべきではない……切に。


 レイラークからの手紙には「シェーマ王立劇場で公開中の流行りの舞台」と書いてあったから、すっかり舞台『リリスの赤い毒』の方かと勝手に思い込んでいた。

 こちらは大衆小説が元になっている、ドキドキハラハラ展開の中に切ない恋愛模様が交錯するラブサスペンスであり、『807』は確かに名舞台ではあるが、長く国民に知られていることから、最近ではこちらの『リリスの赤い毒』の方が人気である。レイラークには「流行」という単語をちゃんと調べなおしてこいと言いたい。


 ええ……現聖女候補と『807』観るのくっそ気まず……。


 道中チケットを確認した際に『807』の文字を見て、私は思わず額に手をあてた。それから「私、舞台なんて初めてなんです~」と浮かれ気味のアリアにさらに天を仰いだ。


 シェーマ王立劇場は、王都のセントラルパークと呼ばれる広場にある。

 国内で二番目に歴史ある劇場となっていて、余談ではあるが最も歴史のある劇場ーーマヌロロ座と言うが、そちらの方は五十余年前に閉鎖となって、今は建物だけが観光スポットとして残っている。


 入口のところには、ホテルマンのような制服姿の男性が立っていて入場を管理していた。


「じゃあクリス、悪いけど」

「承知しております。どうぞ楽しんでらしてください」


 クリスと別れ、私たちは三人の護衛を伴って劇場の中へと足を踏み入れた。基本的に劇場内にはチケットを持っている者しか入場はできないが、貴族家に仕える護衛騎士は例外とされているのだ。


「うわぁ、すごいですね~」


 アリアが豪奢な内装に感嘆の声を上げる。

 シェーマ王立劇場はドレスコードを要することもあり、とても平民が入れるような施設ではなく、当然周囲にはいかにも金持ちそうな貴族然とした上流層の人間ばかりであって……うーん、ちょっとその反応はおのぼり感があるぞ、アリア。


「今からそんな調子だと、大ホールに入ったら卒倒しちゃうんじゃない? ーーさ、席はこっち」


 と、笑いながら言うレイラーク。勝手知ったるといった具合に、エントランスホールから続く螺旋階段へと足をかけた。



 シェーマ王立劇場の大ホールは、いつ見ても壮観である。


 まず中に入って一番に視界に飛び込んでくるものは、今はまだ降ろされている深紅のオペラカーテンである。

 この大ホールは四階席まであり、天井が高いために、自然オペラカーテンの面積も縦に大きく伸びているのだ。

 そして壁面は垂直に立ち上がってバルコニー席となっている。オペラカーテンと同じ深紅の布地で統一されたシートが並ぶのもまた、重厚感があり壮観である。


 レイラークが取ってくれた席は、二階中央バルコニーとなっていて、すぐ隣は王族のみが使用できるロイヤルボックスとなっているようだった。


 アリアは天井を見上げていた。


 天井部分には目も眩むような華美で豪奢なシャンデリアがぶら下がっており、その奥には天井壁画が描かれている。


「シャガール」


 小さな声で彼女は呟いた。……んんん。

 何でそう呟いたかはわからないが、さすがに私でも知っている。シャガールって確か画家だよね? 天井壁画のそれがシャガールの作品に似ていたのだろうか。残念ながら私にはその辺の教養はない。


 やっぱりアリアは転生者なのでは?


 なんだかそうとしか思えなくなってきたーーが、いや、今日はそれを確かめるためにやって来たのだ。まだ決めつけるには早い。


「護衛のひとりはここに。それからもうひとりは廊下側扉の前に立ってもらって、残りのひとりには外の休憩室前に立っててもらう」

「休憩室?」

「VIP用の部屋があってーーアリア嬢が慣れない観劇に疲れたら使ってもらおうと思ってね。他に人は入れないようになってるから安心してくれ」


 そう言ってレイラークは私にウインクを飛ばして寄越した。

 なるほど、コソコソ話にはそこを使えということらしい。護衛騎士も待機は部屋の外であるようなので、休憩室にさえ入ってしまえば、会話が外に漏れることはないだろう。


「ありがとう、レイラーク」

「いいって。お安いことよ」


 私は良い友人に恵まれたものだ。


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