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罪の味  作者: しみじみ
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 仕事の質と量を増やす。朱美はそう言った。その言葉に志穂は頷くことしかできなかった。まさか否定するなんてそんなことは考えられない。


 寺門志穂はこの時点で、既に自分の判断基準を失っていた。それは多分に朱美が原因でありそのこと自体、朱美の考えの内の一つに過ぎないのだけれど、志穂がそのことに気づく気配はない。自分を失いつつあることにも。


 朱美の真意について志穂は考えてみる。質と量を増やすとはなんのことだろう。ここのところ、自殺請負の仕事量が格段に増えていた。それだけをあてはめればなるほど、量は増えている。それでは質の方はどうなっているのだろうか。志穂は仕事の合間にも考える。しかし、何も思いつかない。


 喫茶店以来、朱美には会っていない。そういえば電話連絡もなくなった。あるのはもっぱらメールだ。それも決まって仕事の依頼ばかり。


 最近志穂はよく殺している。時には自殺志願者が多いことに対し世も末だなと思い、またある時は死にたくなるほどの理由ってなんなんだろうと思いを馳せる。


 それらの思いは自殺人の仕事を始めてからは初めてである。初めてその人の背景について物思うようになった。いつもはシンプルだったのに。殺したいから殺していただけなのに。これはどうしたことだろう。志穂は考える。しかし、答えは出ない。


 今夜も仕事だ。志穂はレインコートを身に纏い夜道を歩く。目的のマンションには迷わずについた。


 最近、自殺志願者と話す機会がなくなっていた。それも立て続けに。なぜかといえば、依頼者が眠っていることが多いからである。志穂としては依頼人の志願者が眠っていることは、殺すうえでは楽だけれどどこか味気無さを感じてしまう。しかも、それが何件も連続で。


 そのことに違和感を覚えないといえば嘘だった。さすがに何かがあると思った。それも朱美と会ったその翌日から始まった仕事の全ての依頼者が、眠っていた。最初は殺される瞬間が怖いのだなと思っていたけれど、それが続いているのは、正直何かがあると思わない方がおかしい。


 これが質の方だろうか。志穂は思う。でも、それがどうしてなのかは分からない。


 疑問には思いながらも志穂は依頼をこなす。マンションの部屋番号は既に記憶済み。そういえばドアの鍵も毎回開いているんだよな。


 志穂は気になる。気になるけれど、その先の詮索をしようとしない。


 部屋に入る。廊下を渡りリビングに続くドアを開けると、そこには灯りがあった。不自然なほどに明るい部屋。その部屋のソファに横たわっている男。


 志穂は携帯を取り出し、送られてきた顔写真と見比べる。以前はあった氏名欄は空欄になってから久しい。もうどうしてなのか、志穂は考えることをやめている。


 こんなに明るいのに眠れるんだ。そう思いながらソファの前にあるテーブルを見る。コップの水と薬の錠剤。コップの水は並々と注がれていて、錠剤シートはきれいなまま。強力な睡眠薬かなにかだろうか。そう思うことにした。


 まあ関係ないよね。殺せばいいだけなのだから。


 志穂は台所から出刃包丁を取り出した。これで殺してくださいとばかりに、目がつく場所に置いてあった。何もかもが志穂の予定通りにスムーズに配置されている。


 首を切り落としましょう。志穂はそう思い、包丁を両手で構える。思い切り振り上げて、おろす、その時。


 携帯の着信音が響いた。


 志穂はその音にひどく動揺した。悪いことを糾弾されるような。今更ながらそんな恐怖を覚えた。そのために振り下ろした包丁は、首ではなくあおむけに寝ていたその肩に深々と下ろされた。


 男の悲鳴。あまりの激痛に目覚めてしまったらしい。不幸なことだな。志穂は男が哀れに思う。


「あんたの電話のせいだよ」


 男は傷口を抑えて騒ぐばかりで、携帯が鳴っているのにも気づいていない様子だった。やがて着信は収まる。志穂は舌打ちした。


「大丈夫。今度はちゃんと殺すから」


「奴らの、仕業、か――」


 ごとり。手ごたえと同時に溢れる鮮血。完全に振り下ろすのと頭がフローリングを転がるのはほぼ同時。


 志穂は笑った。自分で作った死体を見て、とりあえず笑うことにした。そうでないと、どうかなってしまいそうな気がしたから。


 奴らの仕業か。


 男はそう言った。叫ぶように。あらん限りの憎しみを込めて。その声を志穂は確かに聞いた。言葉として意味も聞き取っていた。だけど振り下ろした。ためらったら殺せなくなる。そんな叫びが身体のなかを貫いた。だからそのまま首を落とした。聞こえなかったことにして。


 なにも聞こえなかったことにして。


「大丈夫。私は大丈夫、大丈夫」


 そんな風に繰り返して言い聞かせて、志穂は後片付けをする。レインコートを器用に脱いで、カバンに入れる。


「私は大丈夫。大丈夫大丈夫大丈夫」


 そうだ。この後ケンジの家に行こう。そして慰めてもらえばいい。心も体もあずけて、とろけてしまえばいい。そう思った。


 エントランスに出て自動扉をくぐり、外に出る。


 夜を感じる。月も出てないし、星一つない。だから大丈夫。誰にも見られていないから。


「とまれ。寺門志穂」


 だから、大丈夫。


「お前を確保する」


 だから、だから。



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