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罪の味  作者: しみじみ
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 寺門志穂。深度評価はよく覚えていた。深度0だったから。


 深度0。それが何を意味するのか。


 何も思っていないということだ。心の相談アンケートに答えて、彼女は自分の心にまるで頓着をしていないという結果が出た。そしてその評価は、決して喜ばれることではなかった。


 人は誰かしら心に何かを抱えているものだ。それを数字で5段階評価している。もし、心が晴れやかなままだとしたら、良好の結果として深度は1という評価が出るはずなのだ。


 その中での0判定。これはある意味危険視をしなければいけないと思っている。しかしそう思うのは、圭や姫野ぐらいのもので、政府の見解としてはなんら問題なしという扱いになっている。最近になってようやく深度0についての検証や論文が出るようになったが、いまだ未知の領域という扱いが拭えていない。


 自分がこれから起こすべき行動はなんだ。今画面に映っているのは、一人の死体だけ。寺門志穂が殺人を行って部屋を出ていき、どれくらいが経っただろうか。映像だけで音声は無かった。それにより、彼女や殺される男子生徒の声は聞こえなかったが、おそらく今見ていたのが自殺請負現場なのだろう。その証拠のように、寺門志穂は丹念に殺していた。今までの殺人と比べると遺体の解体こそなかったものの、その猟奇具合は健在だった。やはり彼女は自殺人だったのだ。心を持たない、深度0の自殺請負人。それが寺門志穂の正体なのだ。


「お兄ちゃん」


 とにかく調査事務所に戻ろう。そう思って一階へ降りると知花の声が飛んできた。彼女はいつも圭が食事を摂る席に座っている。


「なんだよ」


 知花は何も言わない。代わりに目で促していた。座って。


 圭は促されるままに知花の対面に腰掛ける。


「どうするつもりなの」


「どうするって」


「映像を見てどうするつもりなの」


 知花は随分と冷たい視線を圭に向ける。実の兄へ向ける目の色ではなかった。


「意味ないよ。断言できる」


「まだ何も言ってないじゃないか」


「やろうとしていることくらい分かるよ」


「俺はまっとうなことをしようと思って」


「だから無駄」


 知花は吐き捨てるように言った。


「まっとうな世界なんて無いんだよ」


 知花が言うと、その言葉の重みに胸が苦しくなる。おそらく彼女も数年前はそれを願っていたはずだ。夢を抱いていたはずだ。でもそれは見事に粉砕された。そうして知花は生まれ変わった。氷のような冷たい女に生まれ変わった。


「なあ。教えてくれないか。いったいお前に何があったんだ」


 知花が変わってしまった明確な理由を圭は知らない。だが、仕事が評価されたのは伝わってきた。志穂は警察の自殺担当として、自殺調査センターへと出向してきた。その時は単純に妹と同じ職場であることに照れくささを覚えたが、知花が言ってきたのは思いもよらない言葉だった。


「私はいないことにして」


 最初、何を言われているのか分からなかった。ただ、それだけ重要な任務を任せられたのかという察しくらいはついた。


 だから圭は妹の言うことに従った。姫野にも香澄にも妹のことは伝えていない。一人暮らしをして別のところで自立していると言っている。


「私がどういう立場の人間なのか、まだお兄ちゃんには話せない」


「俺にあの映像を見せておいてそれはないだろう」


「でも知ってたでしょ。自殺人の現場を観察してるってことは」


 圭は言葉に詰まる。それは圭が相棒たちに抱えている秘密の正体だった。


「知ってるから。こっそり部屋に入ってきたことがあるの」


 圭は何も言い返せない。全て知花の言葉通りだったからだ。


 一度、知花の部屋に入ったことがあった。彼女がいない隙を狙って。その時に、人が殺されている映像を見てしまった。その後の調査員の仕事で、見た映像と同じ光景の現場に行くことになった。そこで圭は想像した。知花は警察の極秘任務を担当している。しかしその詳細は分からない。でもおそらく、自殺人の捜査だ、と。


「捜査してるんだろ。自殺人を」


 俺だって知っている。そんな虚勢を張ってみるが、知花の冷たい視線がそれを簡単に射抜いてしまう。


「捜査。捜査ね」


 知花はその言葉を忌避している言葉のように口の中でもてあそぶ。捜査、捜査、ね。


「今やっていることについては何も言えない。映像を見せたんだからそれくらい許して」


「知花。お前のやっていることは」


 圭は言いかけたけれど、そのまま続けることにした。


「お前のやっていることは、正義、なんだよな」


 何を訊いているんだ。そう思った。知花は警察の人間だ。警察が腐った組織の代表例として扱

われるようになっても、やるべき仕事は変わっていないはずだ。正義の象徴。いくら腐っててもそれだけは守らなければいけない最低のラインだ。それをわざわざ訊ねるなんて。俺は妹をなんだと思っているのだろう。


 知花は何も言わずに圭を見つめる。その目に何が映っているのか圭は読み取ろうとしたけれど、そこには冷たい瞳以外、何も映っていなかった。


「無駄だから」


 知花はそれだけ言った。圭の問いには答えない。


「現代の自殺は利用される死となっている」


 そう言って知花は椅子から立ち上がった。話はおしまい。そういうことだろう。


「でもそれはもう、自殺者だけの問題じゃなくなっている」


 知花が二階へと上がっていく。圭に妹を引き留めることなど出来るわけもなかった。



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