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罪の味  作者: しみじみ
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 志穂はケンジの部屋にいた。雑多な風景が今日は何倍も愛おしく感じる。いつもの場所に座っていると、キッチンからケンジが出てくる。マグカップ二つ。置かれたそれにはホットミルクがいれられていた。


 ケンジは何も言わずにローテーブルを挟んで向かいに座る。ケンジは問いかける表情をしながらも、志穂に何かを訊ねようとはしない。その静かな優しさに志穂は甘える。マグカップを両手で包み込み、ゆっくりとホットミルクをすする。ハチミツの自然な甘さが口に広がり、自分が高ぶっていたことを改めて確認する。そして、それが徐々に落ち着いていくのが分かる。


 ホットミルクを冷まして冷まして。志穂はゆっくりと飲んでいく。ケンジがそれを見守っている。温かい沈黙の時間。


 マグカップの中身が半分ほどなくなった頃、ゆっくりと志穂は言った。


「ありがとね」


 それからケンジを見る。ケンジは優しい笑みを浮かべていた。ようやく口を開いてくれた。そんな安堵が広がるのも見て取れた。


「大丈夫?」


 ケンジが言う。正直、大丈夫なのかどうなのか、自分でも判断がつかなかった。


 ケンジの部屋までどうやって来たんだっけ。志穂は自分の行動を振り返る。


 泉拓を殺した。今までにない感覚を持ちながら。あんなに明確な憎悪を抱いて人を殺したのは初めてかもしれない。とにかく殺し続けた。しつこいほどに。ただ一人の人間にかける能力以上のものを、泉拓に注いだ。それほどの熱量。怒りの熱量。


 それから、それから。


 泉拓を何十回と殺してから、私はそのまま拓の家を出た。拓を殺すとき、ほとんど条件反射だろう、レインコートを盾にしたことが功を奏した。まともに返り血を服に浴びることはなかった。だから拓の家を飛び出しても、怪しまれるようなことはなかった。それでも制服の袖の方は汚れたけれど。

そのまま家に帰るべきか朱美に連絡するべきか、頭が混乱している時にケンジの声がした。


「ケンジはあそこで何をしていたの」


「何って仕事だよ。志穂こそどうしたの」


 ケンジは塾の講師や家庭教師をしていると訊いている。おそらく家庭教師の帰りだったのかもしれない。


「友達の家に行ってて、そして」


 そして、なんだろう。その相手を殺したと素直に告白すればいいのだろうか。


 落ち着きを取り戻した志穂は、きちんと考えを浮かべられる。


 気が動転していたのは拓に襲われたからだ。拓を殺すのは絶対に失敗してはいけなかったから。


「志穂。なにかあった?」


 ケンジの心配が胸に沁みる。全てを打ち明けようとかと思ったけれど、すんでのところでこらえた。


「ううん。ちょっとね。ビックリしたことがあって」


 ケンジが悩んでいるのが分かる。もっと踏み込むべきか。


「そのビックリって言うのは、ただのビックリで済むことだったの?」


 ケンジは感じ取っている。私が普通じゃない私でいたことに。


 このまま打ち明けてしまおうか。自分が自殺人であることを。志穂はその考えを瞬時に検討してみる。ケンジなら問題ないのではないか。だって、こんなに私を大事にしてくれているし。


「志穂。携帯鳴ってる」


 そう言われて志穂はカバンの中を探る。着信相手は朱美。


 志穂の胸がトクンと高鳴る。その成分は戸惑いと達成感で占められている。


『志穂ちゃん。仕事の話をしましょう』


 携帯にでるなり、朱美はそう言った。このタイミングで次の仕事の話?


 志穂は不安になる。計画通りに泉拓を殺せたとは言えない。どうひいきめに見たってお粗末なものだった。そのことを朱美は、既に把握しているのか。


「その前に会って話したいのよね。いつでもいいけれど、志穂ちゃんは高校生だもんね。じゃあ学校終わったら大丈夫かしら」


「はい。大丈夫です」


 志穂は熱心に朱美と話しこんでいる。意識が完全に朱美の方に向いているせいで気づかない。


 カバンの中から血まみれのレインコートがのぞいていることを。


 それを、ケンジが冷めた目をして見ていることを。


「はい。はい分かりました」


 寺門志穂は知らない。


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