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罪の味  作者: しみじみ
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「死ねっ!」


 志穂は叫ぶ。あらん限りの声で。


「死ねっ。死ねっ。死ね死ね死ね死ね死ねっ!」


 相手の胸を何度も突き刺す。何度も、何度も。


 肉の感触。骨の感触。内臓の感触。なにより血液のぬめり。それらに気を取られることなく、志穂は一心不乱に刺す。めった刺し。


 それは、志穂にはあまり見られない行動であり言動。殺しの興奮はあれど、その人を憎んだことなど無かった。


 それなのに。


「死ねよっ! 死ねよっ。早くもっと早くっ!」


 死を願い続けながら殺し続けるその行為は、とても人間の所業には見えなかった。悪魔か鬼か、とかく鬼畜の所業であることは言うまでもない。


 志穂の形相はそれは酷いものだった。歯を剥き出し唾を飛ばし、目が血走っている。今までにない表情。


 志穂はなおも刺し続けている。死を願い人を殺し続け、死んでいてもなお、人殺を繰り返す。


 まさにそれは常軌を逸する光景。


 寺門志穂は殺人者。それはもう、言うまでもない事実。











 いざ目の前に立つと躊躇いを覚えてしまう。


 俺がしたいこと。圭は自分を見つめなおす。自殺人を捕まえたい。そしてそれ以上に思うのは、姫野や香澄の役に立ちたい。なんとか二人の願う結末を見せてあげたい。どちらかといえば、その思いの方が強かった。調査員である前に仕事仲間としての気持ち。その思いに偽りはなかった。


 それでは、と今を見つめなおす。今の自分の状況について。


 自殺人を捕まえたい。それが最終目標として、そこに行きつくまでの段階で必要なことは何か。言うまでもない。自殺人の特定だ。そこが一番のネックになっていると言っていい。未だ正体が掴めない、しかし実績だけは残している犯罪者。自殺人。


 自殺人とは誰なのか。男なのか女なのか。せめてそれだけでも分かればいい。とびきりの情報として、姫野は喜ぶだろう。香澄も、野際佳奈の件が解決に向かえば、またあの時の笑顔を取り戻せるかもしれない。


 もちろん、情報が掴めればの話だけれど。


 そして、今の自分は。


 その情報を、得られる手立てを、既に持っている。


 圭は実家暮らしだ。しかし父母は既に他界しており、妹との二人暮らしだ。その妹の部屋。二階に上がるのも、そういえば圭は久しぶりだなと気づく。すべての生活は一階だけで済んでいる。わざわざ二階には上がらない。妹の顔も、もう何か月も見ていないのではないか。


 その妹の部屋の前に圭は立っている。唯一の情報源が、扉を隔てた向こうにあると思うと、妙な胸騒ぎを覚えてしまう。でも妹も言っていた。『本当にだよ。本当に覚悟が出来たら私を頼ってね』。今が、その時なのだ。圭は自分を奮い立たせてから、控えめに扉をノックした。


 反応がない。しかししばらくすると、開錠される音がする。入室の許可が出たということか。圭はゆっくり扉を開けた。


 部屋は暗闇だった。その中で、液晶の青白い光の中で妹の姿を確認する。なんだか亡霊みたいだ。圭はそんなことを思う。情報だけを漁る亡者。同時に、妹に対してそんなイメージを抱いてしまったことに心の痛みと恥が同居する。妹の葛藤を、圭は嫌というほどに見てきた。それが今の彼女に繋がっている。そう思うと圭は、無性に泣きたくなった。


「ほら見て」


 妹の知花はそう言った。それだけ言った。もう既に、兄が何しに来たのかは知っているという風に。


「今ライブだから」


 知花を囲むように三つの画面とキーボードがセットで並んでいる。そのうち左の画面を指さして言った。


「見たいのがあるよ」


 それだけ言うと妹は立ち上がって部屋を出ていく。圭は妹にろくに声をかけることが出来なかった。これから見ることになる映像の衝撃に耐えられるか、そのことで頭がいっぱいだった。


 でももう、逸らすことは許されない。この部屋に、入ったのだから。


 指定された画面の前に座り込む。


 映し出されているのは隠しカメラの映像のようだ。誰かの部屋が見渡せるアングルでカメラが設置されている。


 二人の人間が部屋に入ってくる。そしてすぐにピンときた。男女の高校生。そのうちの一人を自分は知っている。なぜ知っているか。見たことがあるからだ。その笑みを知っていた。そして今ならその彼女の名前を知っている。


 寺門志穂。彼女が男子生徒に連れられて部屋に入っていく。おそらく、男子生徒の部屋なのだろう。


 彼女は笑みをたたえている。あの時の夜道と同じ、色気のある笑みを浮かべている。











「さあ。入って。狭いけど」


 異性の部屋に入ることに、志穂はなんの抵抗もなかった。相手が大好きなケンジだったら話は別だけれど、相手は泉拓だ。緊張するわけもない。それに、もはや人間を相手にしている感覚がなかった。これから私はコイツで遊ぶ。そんな気分でいたので、今の志穂は普段よりも何割か増しで上機嫌だった。


 泉拓の部屋。男の部屋にしては片付けられている。本棚には厚いハードカバーの本が並んでいる。それ以外の家具は机とベッドがあるだけ。これじゃあ片付けようもない。殺風景な部屋だ。ケンジの部屋の方が数万倍最高だ。


「適当に座ってよ」


 今日の泉拓はなんだか変だ。


 放課後になるまで待って泉拓が帰宅しているところで声を掛けた。その時から、拓は頬を上気させていた。拓の家に行きたい。そう控えめに言ってみると、まさに天にも上ったような喜びを見せた後、すぐさま了承してくれた。


 何か変だな。志穂はそう思った。もしや声を掛けるタイミングを間違えたか。その理由を聞ける間もなく、志穂は拓の部屋に案内された。


「いやー女の子が部屋に来るなんて初めてだからさ。緊張しちゃうよ。なんか寺門さんも元気があるみたいだしさ。うん、うん。いいことだねこれは」


 拓がやたらと饒舌なのも気になった。志穂はカバンの中に入れてある包丁の存在を確認しながら、拓の話を聞いている。

 ペースが狂うな。志穂はそう思った。何もかも、やたらと喋る拓のせいだ。そのことに志穂は苛立ちを覚える。


「どうしよっか。来てすぐに始めるものなのかな。いや、訊くのは野暮だよね」


「拓君」


 拓の言葉を無視して志穂は言う。


「拓君は、私のこと好き?」


 志穂は焦っていた。普段の志穂なら、慎重に行動を起こしていたはずだ。泉拓を観察し、それに合った態度を示して言葉を駆使する。あるいはその時に女の色を使うことも辞さない。元々そのつもりでいた。それなのに。


 どうして志穂が焦っているのか。原因は二つあった。一つは泉拓が普段と違う饒舌な男になっていること。それによって志穂は普段のペースを崩されている。でもそれにしたって、普段の志穂ならそれくらいのイレギュラーは想定内のものとして動くことが出来たはずだ。


 だから大きな原因は二つ目にあった。それは、朱美の存在である。朱美は期待していた。それに応えなければいけない。その思いが志穂に焦りを加えていた。失敗しちゃダメ。絶対に。


 だから拓の態度をよそに志穂は、強引に自分のペースにのせようとする。


「拓君は私のことをどう思っているのかな」


「そういうのって、必要なの」


「もしも好きならね。好きって言ってほしい」


「それよりもまずはさ。やることをやってからでいいんじゃない?」


「拓君の正直な気持ちが聞きたいな」


「そんなのどうでもいいじゃん!」


 噛み合わない会話を続け、しまいに拓は志穂に抱き着いてきた。それは突然の抱き着きで、志穂もすぐには反応出来なかった。


「うるさいんだよ。童貞童貞って。童貞がそんなに悪いのかよ。でももうそんなこと言われなくてすむ。寺門さんがいるからね。僕の初めてになるからさっ」


 そう言って抱きしめた手を離すと、今度は志穂の足を触る。その手はどんどん上へと昇っていき、太ももを何度も撫でる。


 志穂は固まっていた。何が起こっているのかが分からない。思考停止に陥っていた。


 動かない志穂を了承と受け取ったのかチャンスと思ったのか、拓の手が大胆になる。部屋には彼の荒い鼻息だけが響く。拓の手がスカートの中に入った。もう一方の手は制服の上から胸を探っている。


「ベッド。ベッドにさ、いこうか」


 志穂はされるがままに立たされる。その間に拓は荒い鼻息を志穂の頬に押し付ける。


 泉拓は今が人生の絶頂期だと思った。こんなに可愛い女の子が初めてになるなんて。その興奮がそのまま下半身の硬さに繋がっていた。早く、早くめちゃくちゃにしたい。そんな衝動が現実に出来る。拓はその喜びに打ち震えていた。


「大好きだよ、志穂」


 その一言を聞いて、志穂の中で目覚める感覚があった。好きになってもらって殺す。そのための条件。相手に好きだと言ってもらうこと。


 志穂の思考が再起動する。今の状況を把握した途端、吐き気に襲われた。これから遊ぼうとしていたオモチャにもてあそばれるところだった。オモチャにされるところだった。


 ふざけるな。志穂の中で怒りが沸き上がる。ふざけるな、ふざけるな。


「私のこと、好きなんだ」


「なんだよそれ。女は面倒なんだな」


 拓は気持ちが大きくなっていた。分かりやすく強気になる。


「メールくれたじゃんか。お前の気持ちも分かるよ。お互い初めてだけど気にしなくていいじゃんか。だって——」


「死ねっ!」


 志穂は叫んだ。あらん限りの声で。


 それからは無我夢中だった。手に持つ包丁で拓を刺し続ける。志穂の中は憎悪の炎がたぎっていた。何度も何度も、包丁で突き刺す。何度も、何度も。











「なんだよ、これ」


 想像以上の衝撃。自殺人の仕事ぶり。


 圭は言葉を発せない。身体が震える。


「なんなんだよ。なんなんだよ」


 その場にゆっくりと、圭はくずおれた。


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