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相談センターの応接室の方で圭は書類と格闘していた。野際佳奈が通っていた学校の全校生徒の顔写真と深度評価。一人一人、つぶさに資料を読み込んでいく。
顔写真を見て圭は判断していく。しかしその自信が持てないでいた。あの時の夜道で会った女子生徒。性別だけはさすがに覚えていたけれど、顔までとなると持ち前の覚えの悪さが発揮されてしまう。いやもうほんと最悪だ俺は。そんな毒づきを抱えながら資料をめくっていく。
「何か手掛かりは見つかりそう」
カスミの声がして顔を上げる。圭が資料を持ち出さないか偵察に来たのかもしれないなどと思うが、彼女の性格を考えれば、純粋に何を調べているのか気になっているだけだろう。何なら手伝いを申し出てくるかもしれない。
「うん。探してはいるんだけど」
弱っている圭の声色を聞いて、案の定香澄が言ってきた。
「手伝おうか。私の場合仕事の合間になっちゃうけど」
圭は香澄を見る。そこには思わず助けを求めたくなる、優しさを滲ませた表情があった。
圭はそれを必死に振り払う。
「ううん。大丈夫。でもありがとう」
もし手伝ってもらうにしても、事情の説明の仕方がわからなかった。自分でも誰を調べているのか分かっていないというのに、まさか香澄に頼めるわけもない。
「そう。あまり根詰めないようにね」
そう言って香澄が部屋を出ていく。本当に圭を心配して見に来てくれたのだ。そのことが痛み入る。圭は小さな声でありがとう、とつぶやいた。そこからまた作業に再び取り掛かる。
時間にしてどれくらい経ったのだろうか。全校生徒との格闘が終わった頃には時計は夕方の時間帯を指していた。そして格闘の成果は何も得られなかった。圭の記憶の中に該当する生徒はいなかった。
全ては徒労だったのか。そう思うと溜まった疲労が随分と憎く感じる。もしかしたら記憶の接合が起こって、該当の顔写真を見たら思い出すかもしれない。そんな一縷の望みを持っていたけれど、結果は残念なものだった。
香澄に資料を返却する。期待していた成果が出なかったことは圭の態度を見て分かったのだろう。香澄は何も言わずに資料を受け取った。
相談センターを出る。地球温暖化の影響か、この国にも四季というものが失われつつあると言われて久しい。夏と冬がやけに長く春と秋が短い。今はその短い秋の季節だ。コートに身を包んでいても、寒さがはっきりと伝わってくる。
コートの襟を合わせながら圭は歩き出す。
野際佳奈の家に行くときに見かけた女子高生。彼女が誰なのかを知りたい。圭はその思いを強くしていた。言動も今どきにしてはふさわしくなかったし、何よりタイミングが出来すぎている。だから、どうにかして彼女のことを知りたい。もし、彼女が自殺人だったとしたら。その可能性の飛躍はいきすぎかもしれないけれど、可能性は捨てられない。だとしたら。
信号が赤になったので圭は立ち止まる。同時に一つの方法に考えが行き着く。
最後の手段がある。でもこれはまさに奥の手だ。それに、できれば使いたくない手段だ。調査員という立場なら、それはなおさらだ。
そうやって躊躇をしていると、携帯が震えた。メッセージが来ている。その内容は、駅近くの居酒屋の名前と時間が書かれているだけ。送り主は姫野だ。
これが姫野のやり方。相手の都合など考えない。そこが好ましいところでもあるけれど。
圭もいつも通り返信はしなかった。指定の時間はもうすぐだ。圭は早足でその居酒屋へと急ぐ。
「遅かったじゃないか」
指定の時間には間に合った。そして相棒はすっかり出来上がっていた。
「さあ。さあさあさあ」
姫野が座るように急かす。座敷の席で、姫野の対面に座った。
「なに飲む」
「ビール」
そういうと、姫野がすぐさま注文した。ちゃっかり自分の分も。
「やけ酒に付き合えと、そういうことか?」
「まあそうだ。ご名答だな」
姫野と会うのは数日ぶりだ。最後に会ったのは、調査員の連中と姫野が揉めたのを仲裁した時だ。
「なあ。相棒」
姫野が言う。姫野はアルコールが入ると弱気な面が出てくる。弱気酒。圭と香澄はそう呼んでいる。
「俺、調査員向いてないのかな」
姫野の弱気酒は本音がよく語られる。いつも短気で突っぱねている分、その反動が出てしまうのだろう。
「俺はさ、ただ、自殺人を捕まえたいだけなんだよ」
姫野が言う。自殺人を捕まえたい。それは圭も同じ気持ちだった。
ならば。圭の中で動きかける考え。
「ダメなのか。悪人を捕まえたら、ダメなのか。自殺人は必要悪とでもいうのかよ」
ビールジョッキが運ばれてくる。姫野はそれをひったくるように取って呷る。一気に半分ほど呑んだ。
「捕まえたいだけだ。そして厳正に裁かれてほしい。なあ、それって間違いなのかな」
自分の相棒が切に願っている。自殺人を捕まえたい。その純粋な思いをエネルギーに、姫野は
調査員としてやってくれている。その気持ちに応えないで何が相棒だ。
ならば。
「お前は何も間違っていないよ」
圭は心を決める。
「本当に、間違ってなんかいないんだ」
同時に、言い聞かせる。
「本当に、さ」




