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「肉って素敵よね。どんどん食べなさい。若いんだから」
焼き肉店の個室。志穂は朱美と向かい合って肉を食んでいる。前掛けをかけて肉をどんどん口へと放り込む。
「いいわあ。いいわね、その食べっぷり。もう見ているだけで気持ちいいわ」
朱美はそう言いながら肉を焼く。さきほど店員に、「ありったけの美味い肉を持ってきて」と注文していた。そんなメニュー、あるわけない。しかし店員は一切困ったような態度を見せるでもなく、淡々としていた。そうして持ってきた肉は、なるほど、見るからに美味しそうだった。サシと赤身の絶妙なバランスとい、繊維の細やかさといい、普段食べ慣れていない肉であることはこれでもかと分かった。
そしてその肉を、朱美は豪快に焼いていく。とにかく網にめいっぱい。焼けるだけ焼いてしまえ。しかもその肉のほとんど全てが志穂の皿へと盛られていく。朱美はほとんど食べていない。せっせと焼き奉行に徹する。
志穂はとにかく肉を頬張る。出された肉を次々に平らげる。味は言うまでもなく美味い。極上の肉だ、とそんな陳腐な感想が浮かぶほどに。しかし、延々と肉ばかり食わされていると、そのありがたみも次第に薄れていく。そろそろ野菜を口にしたい。そんな旨を遠回しに言ってみたが、すげなく却下された。
「肉だけ食べればいいの。だってここは焼き肉屋さんなんだから」
そう口にする主様は、志穂の食べっぷりに見蕩れている。そしてワイングラスに注がれたビールを美味しそうに飲んでいる。
「仕事は順調?」
朱美に会うことは滅多にない。しかし会えば大抵食事を共にする。そして決まって最初の二十分程は食べる時間に費やされる。それが終わるとようやく仕事の話が出る。内心一息つきながら、志穂は箸を置く。
「楽しいよ。とっても」
朱美は年齢不詳だ。妙齢の女性、という表現が一番しっくりくる。こうして対面に向かっていても、やはりその年齢は窺えない。メニューを眺めているあどけなさは少女のようで、食べるのをすすめる様は世話好きのお姉さんのようで。しかしその年齢幅の中で決して失われないのが妖艶さだ。いつ見ても彼女は色気を漂わせている。
志穂は正直に言えば朱美が苦手だ。その年齢の分からなさも手伝っているのか、どのような口調にすればいいかいつも悩む。敬語か砕けた調子でいいのか。朱美はざっくばらんに話せと言うが、志穂としては何だよそれ、だ。指定しているようでまるでしていない。ざっくばらんって何だよそれ。
だから志穂は朱美と話す時は、最小限に言葉を抑えている。今もそうだ。決して圧に負けていることを悟られないようにしている。
「楽しい。いいわねそれ。無邪気な感じで」
とっても素敵ね。そうも言って、ワイングラスに口をつける。
「それで。私に話があるのよね」
私に話があるのよね。見て来たかのようなそのセリフに、志穂は改めて思う。やっぱり朱美は苦手だ。
もちろん、朱美には話がある。しかしそのことを志穂は朱美に一切伝えていなかった。なんならいきなり話して驚かせようと思っていたぐらいだ。それを彼女は平然と言ってのける。
私に話があるのよね。志穂は唾を飲み込んだ。肉汁の味はまったくしない。
「あのね。私、人殺しが好きなの」
言葉を選びながら志穂は続ける。
「それでね。でも、ただ殺すだけなのはちょっと飽きちゃったっていうか」
「いいわね。最高」
朱美は微笑むことで話を促した。
「だからね。どうやったら殺しを楽しめるかなって考えたの。そしてね、思いついた」
言いながら、自分でも高揚してくるのを感じる。もしかしたら朱美も驚くのではないか。そんな期待をこめながら。
「感情を揺さぶってから殺すことにしたの」
朱美の目が笑っている。口角も上がっている。でも何故だろう。何故か、笑われている気がする。笑っているんじゃなく、笑われている気がする。
志穂は焦りを浮かべる。朱美の期待に沿うことが言えなかった? 戸惑いをなんとか押し殺して言う。
「私のことを好きになってもらって殺すの」
やけに早口になってしまった。そのことに更なる焦り。
朱美は笑みを崩さないままに言った。
「志穂ちゃん」
急に名前を呼ばれたことに身体が大袈裟に反応してしまう。焦りと戸惑いは志穂を弱気にさせていた。もしかして朱美の機嫌を損ねちゃった? 志穂は不安になる。
「それ。最高じゃない」
だから朱美がそう言った時、志穂は心底安堵した。
朱美を見る。今度はちゃんと笑っていた。志穂の提案に、ちゃんと反応してくれている。
「利用される死ほど、その人にとって不愉快なものはないわ」
朱美はワイングラスを持って乾杯のまねごとをする。
「でも、死を利用した人間のその時の快感は、他の何物にも代えがたい快感よ。志穂ちゃんは自らそれを私に提案してくれた。これほど素敵なことはないわ」
朱美が言う。すっかり朱美のペースにのまれていることを、しかし志穂は気づかずに、ただただ朱美の反応を見て喜びを噛みしめていた。やった、朱美に褒められちゃった。
「志穂ちゃん」
「はい」
もはや居住まいを正し表情が固くなることを隠そうともしない志穂。そんな彼女に朱美は言う。
「その計画をぜひとも成功させて。いえ、成功させなきゃいけないわ。そうしてぜひとも、私に良い報告をしてちょうだいな」
そう言って、朱美はワイングラスのビールを一息に呷ってみせた。
「楽しみに待ってるわ」
志穂は見事に朱美の雰囲気におされた。完全にのみこまれた。しかしそれに対して志穂が不快な気分になったりすることはない。
巧妙に仕組まれたペースにきちんと嵌まった志穂は、焦りを浮かべ戸惑いを深め、しかし最後は大きな安堵に包まれた。もちろん朱美はそれをきちんと把握している。
なにも掴めていない志穂は無邪気に言った。
「分かりました」




