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罪の味  作者: しみじみ
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 記憶力が悪い。これは調査員としては最悪な欠点だ。しかしその欠点を欠点として意識しているだけ自分はマシなのではないか。苦しい言い訳。圭は苦い笑みを浮かべながら相談センターの入り口をくぐる。


 受付で調査員であることの証明をすると、すぐに相談室に通される。目当ては相村香澄。記憶力の悪さを自認しながらも、圭はある確認をとりたかった。


 相談室に入るまでもなかった。途中の廊下を歩いている時に香澄を見つけたからだ。喫煙ルーム。ちょうどいいことに彼女は一人だ。


 圭は煙草の煙が苦手だ。顔をしかめるのを堪えながら喫煙ルームの扉を開ける。


 香澄は煙草を咥えたまま考えごとしているのか、入って来た圭に目もくれない。声をかけてようやく目が合う。


「あれからどう?」


 訊いておいて、なにがあれからどうだよと、圭は思った。香澄は曖昧に頷いた。あれから、とは言うまでもなく野際佳奈の調査である。


 そう、調査。結局捜査までは行き着かなかった。その憤りを姫野は調査メンバーの連中にぶつけ、ちょっとした騒ぎになったほどだった。それから姫野とは顔を合わせていない。あいつの短気はなんとかならないものか。


「どうももなにもね。時間が解決するとは言うけれど」


 そう言うと香澄は力なく笑った。随分と弱々しい笑みになったものだ。圭の心は、そんなことに即座に反応する。


 香澄と姫野と圭は大学の同輩だった。よく三人でつるんでいた。当時の香澄はよく笑っていた。溌剌な笑みはそれだけで場の雰囲気を和ませる。でも、この仕事に就いてからはその笑みを見る回数が極端に減った気がする。笑わなくなったな。そう思い始めた時に彼女は煙草を吸うようになった。


「野際佳奈の調査は終わったの」


 彼女は相談員の中でも、相談者に特に親身になる相談員として職場でも重宝されていると聞く。そんな彼女が担当した野際佳奈は死んでしまった。心なし、野際佳奈と言う時に他人事と強調しているように感じたのは、こちらの考え過ぎだろうか。


「生きたまま首を切られたみたいだ。斬首刑みたいにね」


 その他人事な感じを手伝うように、あえて圭は淡々と話す。


「その後に四肢を解体。解体した腕と足を更に三つに分けている。それぞれ肘膝、手首足首で切り落としている」


「カードはあったの」


 『自殺人』の仕業であることを示したカード。他には出回っていない細工がされている。


「そうだね。あった。遺書は残されてなかったけどね」


 おそらく野際佳奈は殺される前に自殺人に注文をしたのだろう。自分の死体を損壊することを。


「どうして遺体を損壊してもらおうとするんだろう」


 何度かそれについて考えたことはあったけれど、答えが出ることはなかった。なんとなくの当て推量すら浮かばない。まるで見当がつかなかった。


「意味のある死にしたいのよ」


 しかし意外にも、香澄はその答えをある程度予想しているようだった。


「意味のある死?」


「そう。あるいは、無意味な生だったことを否定したいから」


 意味のある死。無意味な生の否定。どちらも同じ意味なような正反対のような。けれど、いまいち香澄の言いたいことは掴めなった。そういった表情をすると、香澄が煙を吐き出してから言った。


「自分が価値のある人間であることを証明してほしいのかもしれない。遺体を損壊されることで、それをされるだけの生きている証があったことを知ってほしい。それがたとえ恨みだったとしても、誰かの記憶に残る生き方をして死んだんだって、そう思いたいんじゃないかな」


「でも引き受けて損壊されるんだろ。自殺人にとってはただの作業じゃないか。恨みもなにもない。仕事だよ」


「そうね。でも表向きには自殺人は存在しない。遺族は死体の損壊を聞いてどう思う」


 殺人だと、思うだろう。それも猟奇的な。家族にとっては下手したら身内が殺されたうえに更なる悲劇が上書きされる。


「報道にしたってそう。殺人事件として扱われる。これが自殺人の仕業だと知っているのはごく限られた人たちだけ。それを見越して自殺志願者たちは頼むんじゃないのかな」


「そこまでして自分の思いを」


「自殺志願者の多くが孤独に苦しんでいる。その裏返しとして、殺人に見立てる自殺が横行してるんじゃないかって私は思ってる」


「…………」


 さすがにそんな想像には及ばなかった。圭は絶句することしか出来ない。そしてその言葉にある種のリアリティーが伴っていることに、圭はうすら寒さを覚える。死の扱われ方。その理由。孤独はそこまで人を狂わせるのか。


「でもね。気になることもあるのよ」


 香澄が言う。心底疑問だと言うように。


「自殺人が仕事で自殺の請け負いをしているとしたら、その報酬は誰が払っているのかってこと。圭君もさっき自殺人は仕事をしてるだけって言ったでしょ。もし仕事だとして成立しているなら、それなりの報酬をもらわなきゃやってられないんじゃないかと思う。もちろんボランティアでやってる猟奇殺人者って可能性も捨て切れないとは思うんだけど。それなら単純な連続殺人で済むと思うんだよね」


「単純な連続殺人」


「まあその言い方もだいぶ不謹慎だけどね」


 そう言って香澄は苦笑する。


 ドロリ。圭の身体の中で溢れるもの。それは日々濃度を増していき、圭を蝕んでいる。そのことが自分でも分かっていた。変な汗をかいている。それを感じさせないように、圭は言った。


「そっか。そういう考え方があるんだな」


 圭は今はっきりと分かった。自分も知っていた。でもその考えに行き着くことを拒否していた

のだ。でも同時にそれは救いにもなるのかもしれない。


 自殺志願者は志願した通りに死ぬ事が出来た。そんな考えの着地に圭はその場で蹲りたくなった。お前は調査員失格だ。いや、調査員どころの話ではない。お前は、人として――。


「それで。何の用で来たの」


 圭は我に帰る。


「いや、っほらその。野際佳奈のことなんだけど」


「彼女がどうかした? 調査は終わったんじゃなかったっけ」


「そうなんだけど。気になることがあってね。彼女が通っていた高校について知りたいんだけど」


 分かった。香澄は了承すると煙草をもみ消して相談室へと向かう。圭もそれについていった。


 相談室は応接室のようになっている部屋と、コールセンターのように電話が並べられているデスクとに分かれている。ここにやってくる相談者もいるからだ。たとえば深度5だと判断された相談者がここの応接室の方の部屋に案内されることもある。


 香澄は自分のデスクに着いて端末を操作する。しばらくいじってから圭の求めている情報が画面に表示された。


「特に変わったところはない一般的な公立高校だけど」


「心の相談はやっている?」


 香澄が画面を見ながら答える。


「うん。やってるね」


「全校生徒?」


「うん。そうだけど」


 心の健康状態についてのアンケート。それによって生徒の深度が評価され、その結果は相談センターと共有される。それによって何か問題があった時に学校とセンターとの連携をスムーズに行うことが出来る。


「全校生徒の顔写真と深度結果を、俺の端末に送っといてくれないかな」


「なにそれ。どういう案件?」


 香澄の顔色が変わる。基本原則として相談センターの情報を外部に漏らすことは許されていない。しかし、深度5の判断がされた生徒に限って言えばその原則を問えないことになっている。だが今はそんな深刻な事態には陥っていない。


「この学校で深度5だと判断されたのは野際佳奈だけだよ。だから無理。緊急事態でもないのにどうしたの」


「分からない。だけれどきっかけになるかもしれないんだ」


 圭は必死だった。必死ながら何に必死なのか自分でも分かっていなかった。相反する気持ちが常に同居している。その居心地の悪さに、圭は全てをぶちまけたい衝動に駆られる。


 圭の表情に何かを思ったのかもしれない。香澄は小さくため息を吐いて言った。


「外部に漏らすことは出来ない。でも書類にして圭君に渡すことなら出来る。でも持ち出しは駄目。目を通すのはここでだけ。それでもいいならやるけど」


 圭は即座に言った。


「恩に着る」


 これでいいんだよな。自分で確かめながら、圭は独自の調査をすすめる。



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