花の祝
文禄三年二月、吉野へ向かう道には、まだ冬の名残があった。
山裾の田畑には霜の消え残ったところがあり、街道沿いの雑木も、枝先にようやく春の気配を宿し始めたばかりである。
ところが吉野山へ近づくにつれ、往来する人馬の数は増え、茶屋には新しい筵が敷かれ、山道のところどころには、関白殿下の一行を迎えるための仮屋が設けられていた。
細川幽斎は、輿の簾を少し上げて外を眺めた。
今年、幽斎は六十一になる。
若いころには馬で一日に十里を行くことも苦にならなかったが、近ごろは長い道中のあとに腰が重くなる。
それでも、吉野へ赴くこと自体は楽しみだった。
幾度も歌に詠み、古人の歌を通じて親しんできた山である。
何より、太閤殿下が長年望んでいた花見を、ようやく催されることになった。
道の傍らに、まだ花をつけぬ桜が一本立っていた。
幽斎はその枝ぶりを眺めながら、ふと、三条西実枝卿のことを思い出した。
若いころ、歌を携えて実枝卿のもとを訪ねるたび、幽斎は少なからず緊張したものだった。
師は声を荒らげるような人ではなかったが、歌の一字一句について、時に容赦がなかった。
あるとき、幽斎が春の花を詠んだ歌を差し出すと、実枝卿はしばらく黙って読んでから、古歌を一首挙げた。
「この詞を用いるならば、こちらの歌を知らぬわけにはゆくまい」
幽斎はその歌を知っていた。しかし、そこまで考えを及ぼしてはいなかった。
師はさらに二首、三首と古歌を挙げ、それぞれの詞の違いを説いた。幽斎は聞きながら、自分の歌がいかに浅かったかを思い知らされた。
翌日から、幽斎はその詞の用例を探した。
古今集を開き、後撰集を開き、先人の注釈を読み、同じ詞がどのような心を伴って詠まれてきたかを確かめた。
そうして作り直した歌を、師は褒めてくださった。
嬉しかった。
あのころは、歌を一首褒められることが、戦場で武功を立てるのに劣らぬ喜びだった。
もっとも、歌だけを学んで暮らせる身ではなかった。
幽斎が仕えた足利将軍家は、すでに昔日の勢いを失っていた。京では三好の者たちが権勢を振るい、将軍御所の内にいてさえ、明日のことは知れなかった。
永禄八年、義輝公が討たれた。
その報せを聞いたときのことを、幽斎はいまも覚えている。
初めは信じられなかった。将軍が京の御所で討たれるなど、あってよいはずがなかった。
しかし、あってはならぬことが起こるのが、あの時代だった。
やがて義昭公を奉じて諸国を奔走し、尾張の織田弾正忠殿の力を借りて京へ戻った。将軍家を再び盛り立てられると思ったこともあったが、その望みも長くは続かなかった。
幽斎は簾を下ろした。
あれから、ずいぶん多くの人が死んだ。
主君も、友も、昨日まで同じ座敷で語らっていた者も、ある日を境に姿を消した。
生き残った者は、そのたびに仕える相手を変え、住むところを変え、時には名まで変えねばならなかった。
それでも歌は残った。
古今集の詞は変わらず、千年の昔に詠まれた歌は、今日も人の心に通じた。
幽斎はそのことを、長く頼みにしてきた。
*
吉野山には、すでに大勢の人々が集まっていた。
太閤殿下の花見とあって、関白殿下をはじめ、豊臣の御一門衆、徳川大納言、加賀宰相、備前宰相、大崎侍従らが参会している。
公家衆も数多く、山上には仮屋が並び、各所に酒肴が用意されていた。
秀吉はたいそう上機嫌だった。
「幽斎どの、どうじゃ。見事なものじゃろう」
「まことに。吉野の花をこれほど盛りに見ることができようとは、思いも寄りませなんだ」
「わしはな、昔からここへ来とうてならなんだ。佐々木道誉が大原野で花見をした話を聞いて以来、いつかはわしもと思うておった」
幽斎は微笑んだ。
その話は以前にも聞いている。
まだ羽柴筑前守と呼ばれていたころ、秀吉は道誉の花見のことを、ひどく羨ましそうに語っていた。
あれから二十年近くが過ぎ、いまや天下の大名を引き連れて吉野へ来ている。
「道誉の花見にも、これほどの人数は集まりますまい」
「そうじゃろう、そうじゃろう。もっとも、あの入道はなかなかの風流者じゃったそうな。わしも負けてはおれぬ」
秀吉は声を上げて笑った。
幽斎も笑った。
この男は、昔からそうだった。
欲しいと思ったものを、欲しいと言う。見たいと思ったものを、見たいと言う。そして、どうすればそれを手に入れられるかを考え、実際に手に入れてしまう。
歌も、茶も、官位も、城も。
かつて幽斎が源氏物語の話をしたとき、秀吉は光源氏の振る舞いを理解できず、あれほどの身分がありながら、なぜ思うように行動せぬのかと不思議がった。
あの男にとって、世の中とは、手を伸ばせば何かを掴めるところなのだろう。
幽斎はそう思った。
やがて歌の席が設けられた。
題は花にちなむ五題である。あらかじめ詠まれた歌が披講されることになり、講師の声が座敷に響いた。
幽斎は居並ぶ人々を眺めた。
まず、関白殿下の歌が披講された。
「年月を心に懸けし御吉野の、花の木陰にしばし休らふ」
幽斎は、ゆっくりとその詞を心の中で繰り返した。
秀次公は、若くして関白の位に就かれたが、歌学にも熱心で、書物を好み、公家衆との交わりも深い。歌の詞遣いにも、よく学んだ跡が聞き取れる。
年月を心に懸けた吉野の花。その木陰に、しばし身を休める。
悪い歌ではなかった。ことに「しばし休らふ」という結びには、穏やかな風情がある。
もっとも、関白という重い位にある人が、花の下で休息を願うというのは、幽斎には少しばかり面白く感じられた。
秀次公は、太閤殿下とは違う。
書物を読み、先人の故事を学び、何事にも一定の筋道を求められる。
太閤殿下が思いつくままに人を動かし、思いつくままに新しいことを始められるのに対し、関白殿下は、まず物事の先例をお確かめになる。
それは、決して悪いことではない。
むしろ、天下を治めるには、そのような人が必要なのかもしれなかった。
ただ、歌においては、少しばかり窮屈になる。
続いて、大和中納言秀保の歌が披講された。
「天地の恵みも深き君が代は、花も幾春み吉野の山」
いかにも賀歌らしい一首だった。
天地の恵み、君が代、幾春。詞の選び方は穏当で、祝意にも不足はない。ただ、いささか整いすぎていて、歌を詠んだ当人の姿が見えにくかった。
秀保は、亡き大和大納言秀長の跡を継いだ若者である。
幽斎は、秀長のことを思い出した。
あの方は、兄の太閤殿下とは似ても似つかぬほど、物静かな御人柄であられた。兄が声を張り上げれば、弟は黙って聞き、兄が思いつきで何かを命じれば、弟はその始末を考えた。
秀長が亡くなって、もう三年になる。
大和中納言は、まだ若い。
歌には、先代から受け継いだ家を守ろうとするような、慎ましい心が感じられた。
幽斎はそのことを好ましく思ったが、同時に、この若者はいつになれば自分自身の歌を詠むのだろうか、とも考えた。
羽柴金吾秀俊の歌は、また違っていた。
「み吉野の花の盛りを見ぬ人に、見せばやとのみ思ふばかりぞ」
幽斎は、思わず口元を緩めた。
自分が見た花を、まだ見ていない人にも見せてやりたいという。
何とも素直な歌である。
金吾は、まだ少年の面影を残していた。太閤殿下の御養子となり、早くから高い身分を与えられたが、歌の席では周囲の年長者の様子を気にしているようだった。
その金吾が、花を見て、誰かにも見せたいと思う。
そこには、古歌の趣向を借りて巧みに詠もうという気負いがあまり感じられなかった。
幽斎は、もう一度、披講された下句を思い返した。
「見せばやとのみ思ふばかりぞ」
少々言葉が重なっている。直そうと思えば、いくらでも直せる。
しかし、直したところで、この若者が花を見て覚えた喜びが、よりよく伝わるとは限らない。
幽斎は、ふと考え込んだ。
三人とも、太閤殿下の御一門である。
関白殿下は天下の政務を担い、大和中納言は亡き秀長の家を継ぎ、金吾もまた、豊臣の家の将来を支える者として育てられている。
それぞれの歌には、それぞれの人柄が表れていた。
ただ、三人の誰も、太閤殿下のようには詠まない。
幽斎は、少し離れたところに座る秀吉を見た。
あの方ならば、同じ花を見て、何と詠まれるだろうか。
そう考えてから、幽斎は次の歌に耳を傾けた。
徳川大納言は、いつものように落ち着いて座っていた。
衣服は上等だが、取り立てて人目を引く趣向はない。秀吉が話しかけると、身を正して答える。
家康の歌は、いかにもその人柄に似ていた。
「君が代は千年の春も吉野山、花に契りは限りあらじな」
幽斎は心中で吟味した。
詞に難はない。賀歌としても穏当である。ただ、あまりに穏当だった。
千年、君が代、春、契り。どれも祝賀の歌にふさわしい詞だが、どこかで聞いたようなものばかりである。これを家康以外の者が詠んだとしても、歌の姿はさほど変わるまい。
しかし、家康が詠んだとなれば、話は違う。
あの男は、いったん口にしたことを容易には翻さぬ。秀吉を敬う気持ちも、今のところ偽りではあるまい。
歌としては凡庸だが、誠実な凡庸さだった。
前田利家の歌には、また別の趣があった。
「千早振る神の恵みにかなひてぞ、今日み吉野の花を見るかな」
幽斎は、なるほどと思った。
利家は若いころから織田家に仕え、数多くの戦場を経て今日に至った。武辺者として知られるが、茶の湯にも歌にも心得がある。
ただ、その歌には、長く武家の棟梁に仕えてきた者の慎みがあった。神の恵みを言い、今日の花を見る幸いを言う。自分の思いを強く押し出すことはしない。
あれほど大きな体をして、歌の中ではずいぶん遠慮深い男だ。
幽斎はひそかに可笑しくなった。
宇喜多秀家は、まだ若かった。
その歌に、
「風吹くと花には避けよ吉野山、我が身ひとつの春にはあらねど」
とあるのを聞いて、幽斎は少し目を留めた。
花を散らす風に、自分一人のためではないが、どうか避けてほしいと願う。
若者らしい素直な歌だった。
ただし、下句にもう一工夫あれば、さらによくなる。言いたいことを言い切ってしまうため、読み手の心に残る余地が少ない。
秀家は利家の娘婿であり、太閤殿下にも深く愛されている。
何不自由なく育った若者の歌というわけではないが、いまのところ、この男の人生には、まだ春の明るさが多く残っているように見えた。
一方、伊達政宗は、歌よりも先に姿が目についた。
黒を基調とした装束には金が巧みに配され、派手な色を用いずとも、人の目を引くように仕立てられている。
近くを通ると、麝香の香りがかすかに漂った。
幽斎は眉を動かさなかった。
なるほど、あの若者は、自分がどう見えるかをよく知っている。
金を多く使えば豪奢になるが、金を目立たせるには、むしろ黒の方がよい。
香も同じである。強く焚けば下品になるところを、近づいた者にだけ気づかせる。
その計算は見事だった。
ただ、見事すぎた。
やがて政宗の歌が披講された。
「とをかりし花の木すゑも匂ふなり、枝にしられぬ風やふくらん」
思いのほか、よい歌だった。
遠くにある花の香りを、見えぬ風によって感じさせる。枝自身も知らぬ風という趣向には、なかなかの才がある。
幽斎は、もう一度その歌を心の中で繰り返した。
あの若者は、己を人に見せることばかり考えているようでいて、見えぬものを歌に詠むことも知っているらしい。
惜しいことに、その奥ゆかしさを己の装いにも少しは取り入れれば、もっと風情があろうに。
幽斎は心の中だけでそう評した。
*
歌の合間に酒が出され、秀吉は諸大名を相手に吉野の故事を尋ねた。
「幽斎どの、吉野には昔から帝がようおいでになったそうじゃな」
「さようにございます。天武の帝も、吉野には深い御縁がございました」
「ほう。天武の帝とな」
幽斎は、吉野の盟約の故事を語った。
天武の帝が大后と六人の御子たちを伴って吉野に行幸し、皇子たちに、互いに争わず、力を合わせて天津日嗣を支えることを誓わせたというものである。
秀吉は興味深そうに聞いていた。
「それはよい話じゃ。親兄弟が力を合わせる。天下を治めるには、それが肝要よ」
「さりながら、その後――」
幽斎が言いかけたとき、秀吉は膝を打った。
「そうじゃ。せっかく吉野へ来たのじゃ。わしらも誓いを立てようではないか」
居並ぶ大名たちが顔を上げた。
「関白殿もおる。大納言殿も、加賀の又左も、備前の八郎もおる。大和の中納言も、金吾も、政宗もおる。みな、この先も豊臣の家を盛り立ててくれい」
秀次がまず頭を下げ、秀保、秀俊らもそれに続いた。
家康は誰よりも深々と頭を下げた。
「この家康、太閤殿下より賜りました御恩、終生忘れませぬ。豊臣家の御繁栄のため、力を尽くす所存にございます」
その声は低く、よく通った。
利家も誓い、秀家も誓った。政宗はいつになく神妙な顔をしていたが、その目には、周囲の人々の様子を確かめるような光があった。
秀吉は満足そうに頷いた。
「よし、よし。これで豊臣の家も安泰じゃ」
幽斎は静かに座っていた。
吉野の盟約ののち、大津皇子がいかなる運命をたどったか。
そのことを秀吉は尋ねなかった。
幽斎も、あえて続きを語らなかった。
秀吉は杯を取り、諸大名に酒を勧めた。笑い声が起こり、山の上には春の日差しが満ちていた。
幽斎は杯を口に運びながら、遠い昔の吉野を思った。
天武の帝が皇子たちに誓いを立てさせたとき、そこにも、このような明るい日が差していたのだろうか。
*
午後になり、幽斎は秀吉の詠草を手に取った。
五題の歌が並んでいる。
幽斎はまず、詞遣いを確かめた。
以前に比べれば、ずいぶん上達している。古典を知らぬまま無理に歌らしい言葉を並べていたころの面影は、もはやほとんどない。
それでも、秀吉の歌には、どこか昔のままのところがあった。
飾り立てようとしない。
自分が見たもの、感じたものを、そのまま歌にしようとする。
幽斎の目が、一首の上で止まった。
「とし月をこゝろにかけしよし野山、はなのさかりをけふ見つるかな」
幽斎は、声に出さずに読んだ。
年月を心にかけてきた吉野の花を、今日ようやく見ることができた。
ただ、それだけの歌である。
難しい詞はない。目新しい掛詞もない。古歌を巧みに取り込んだところもない。
幽斎は、はじめ、少し物足りなく思った。
この題ならば、もっと詠みようがある。
吉野といえば、まず花である。雪と見まがう花の白さを詠むこともできる。霞に隠れる山路を詠むこともできる。西行の歌を踏まえて、昔の人の心を偲ぶこともできよう。
幽斎の頭には、たちまち幾つもの歌が浮かんだ。
その一つを、心の中で秀吉の歌に重ねてみた。
悪くない。
詞の運びは、むしろよくなった。
しかし、もう一度秀吉の歌を読むと、幽斎は妙なことに気づいた。
自分の考えた歌には、吉野の花がある。古人の心がある。春の情趣もある。
だが、秀吉がいない。
秀吉の歌には、秀吉がいた。
あの男が、長い年月を経て、ようやく吉野の花を見ることができた。その喜びが、何の飾りもなく詠まれている。
幽斎は、もう一度読んだ。
「とし月をこゝろにかけし」
この上句は、いかにも平凡である。
しかし、平凡であるがゆえに、ほかの言葉に置き換えがたい。
秀吉は本当に、長い年月を心にかけてきたのだ。
幽斎は、かつて秀吉から聞いた話を思い出した。
まだ長浜の城主であったころ、佐々木道誉の花見を知り、いつか自分も吉野で花見をしたいと願ったという。
そのころ秀吉は、まだ天下人ではなかった。
織田家の一武将として、近江の国人を相手に苦労し、播磨へ出陣し、戦に明け暮れていた。
その間も、吉野の花のことを忘れていなかったのだろう。
幽斎は詠草を置いた。
しばらくして、また手に取った。
今度は、歌の一字一句を吟味するのをやめ、ただ読んだ。
すると、春の吉野が見えた。
山々に咲く花が見えた。
そして、その花を前にして、子供のように喜んでいる秀吉の顔が見えた。
幽斎は目を伏せた。
自分は、このような歌を詠んだことがあっただろうか。
*
若いころの幽斎は、歌を詠むたびに、まず自分の心を確かめていた。
何を見たのか。何を感じたのか。
しかし、修業を重ねるにつれ、それだけでは歌にならぬことを学んだ。
古歌を知らねばならない。詞の由来を知らねばならない。題の本意を知らねばならない。
そうして初めて、一首の歌を正しく詠むことができる。
幽斎は学んだ。
誰よりも学んだ。
三条西実枝卿から古今伝授を受けたとき、幽斎は、自分が歌道の一端を担う者になったことを深く喜んだ。
その喜びは、いまも変わらない。
師の教えに誤りがあったとは思わない。
古歌を学ぶことに意味がないとも思わない。
しかし、秀吉の歌を読んでいると、幽斎は、長い修業の間に何かを置き忘れてきたような気がした。
歌を詠もうとすると、まず古歌が浮かぶ。
花を見れば、西行が浮かぶ。霞を見れば、古今集の詞が浮かぶ。春風を感じれば、先人がどのようにその風を詠んだかを思い出す。
それらの知識は、幽斎の宝だった。
だが、その宝が、いつの間にか自分の目を覆っているのではないか。
目の前の花を見るより先に、古人の見た花を思い浮かべてはいないか。
幽斎は、詠草を見つめた。
秀吉は、そうではない。
古歌を知らぬわけではない。いまでは源氏物語も読み、漢詩にも親しみ、歌の作法も心得ている。
それでも、秀吉はまず花を見る。
花を見て、喜ぶ。
その喜びを歌にする。
幽斎は、胸の奥に小さな痛みを覚えた。
自分も、かつてはそうだったのではないか。
師のもとへ通い始めたころ、まだ古歌の知識も乏しく、詞の使い方も知らなかったころ。
あのころ、自分は何を詠んでいたのだろう。
思い出そうとしたが、思い出せなかった。
残っているのは、師に褒められた歌や、歌会で評判になった歌ばかりである。
若い自分が、ただ嬉しくて、ただ悲しくて詠んだ歌は、どこへ行ったのだろう。
幽斎は、ふと、光秀のことを思い出した。
あの男とも、幾度となく歌を詠んだ。
丹波の山々を眺めながら、京の話をしたこともある。歌の詞について論じ合い、互いの歌を評したこともあった。
本能寺の変ののち、光秀からの誘いを退けたとき、幽斎は自分の選択が正しいと信じていた。
いまも、その判断を悔いてはいない。
しかし、正しいことを選ぶたびに、何かを失ってきた。
主君を失い、友を失い、かつての自分を少しずつ失った。
それでも、歌だけは残ったと思っていた。
幽斎は、秀吉の歌をもう一度読んだ。
そのとき、胸の奥の痛みが、はっきりとした嫉妬に変わった。
*
「幽斎どの」
声をかけられて、幽斎は顔を上げた。
秀吉が近くに立っていた。
「どうじゃ、わしの歌は」
いつもの笑顔だった。
幽斎は詠草を置き、姿勢を正した。
「まことに、よい御歌にございます」
秀吉は嬉しそうに笑った。
「ほう。どれがよい」
「花の願の御歌にございます」
「それか。わしも気に入っておる」
秀吉は幽斎の隣に腰を下ろした。
「どうよいのじゃ。聞かせてくれい」
幽斎は、しばらく歌を眺めた。
言葉を選ぶ必要はなかった。
歌のどこがよいか、すでに分かっていた。
「この御歌には、飾りがございませぬ。吉野の花を長年御覧になりたいと願われ、今日ようやく御覧になった。そのお心が、少しも曲がらずに歌となっております」
「うむ」
「詞を飾れば、さらに優美な歌にもなりましょう。しかし、この御歌は、飾らぬところがよろしい。殿下が吉野の花を御覧になったお喜びが、そのまま伝わってまいります」
秀吉は、しばらく黙っていた。
やがて、顔をほころばせた。
「そうか。そうか。幽斎どのにそう言うてもらえるとは、嬉しいのう」
「世辞ではございませぬ」
「分かっておる。そなたは、歌のことでは世辞を言わぬ」
秀吉は声を立てて笑った。
「わしはな、昔、京で歌を知らぬと笑われたことがある。あのころは、何が何やら分からなんだ。それが今では、こうして幽斎どのに褒めてもらえる。長生きはするものじゃ」
幽斎は微笑んだ。
「殿下は、まことによくお学びになりました」
「そなたらが教えてくれたからじゃ。宗順もよう教えてくれた。あの男には、若いころからずいぶん世話になった」
秀吉は、遠くの山を眺めた。
「しかし、吉野の花は見事じゃな。歌に詠むより、実際に見る方がよい」
幽斎は頷いた。
「さようにございますな」
秀吉はまた笑った。
幽斎も笑った。
その顔には、少しの曇りもなかった。
しかし、胸の内では、何かが音を立てて崩れていた。
この男は、何も知らない。
自分がいま、どれほど残酷なことを言っているか。
幽斎が何十年もかけて学んできたものを、どれほど容易く越えてしまったか。
この男は知らない。
ただ花を見て喜び、歌を詠み、褒められれば嬉しがっている。
幽斎は、太閤の笑顔を見つめた。
憎らしかった。
あの明るい声も、無邪気な喜びも、何もかもが憎らしかった。
自分が苦労して身につけたものを、この男は苦労せずに得たわけではない。
それは分かっている。
秀吉も学んだ。努力した。古典を読み、歌を詠み、何度も失敗した。
幽斎は、その過程を知っている。
だからこそ、なおさら憎らしかった。
秀吉は、学んでも自由を失わなかった。
古典を知っても、古典に囚われなかった。
幽斎が長い年月をかけて身につけた知識と技巧を、秀吉は必要なだけ受け取り、その先へ歩いていってしまった。
幽斎は、もう一度、歌を心の中で読み返した。
自分なら、もっと巧みに詠める。
その自信はあった。
詞を整え、古歌を踏まえ、余情を深めることもできる。
実際、幾つもの歌が浮かんだ。
どれも秀吉の歌より巧みだった。
どれも秀吉の歌よりつまらなかった。
幽斎は、静かに息をした。
いま、自分は何を考えているのだろう。
この男の歌を、心から褒めている。
同時に、この男が憎くてならない。
その憎しみは、もはや嫉妬という言葉では足りなかった。
若いころから積み重ねてきた修業も、師から受けた教えも、歌人としての名声も、何もかもが、この一首の前で頼りなく思えた。
それでも、歌のよさを否定することはできなかった。
否定すれば、自分が歌人でなくなる。
幽斎は、秀吉に向かって穏やかに言った。
「殿下。この御歌は、後の世にも残りましょう」
秀吉は目を細めた。
「そうか。それは嬉しいのう」
そして、また花の方を向いた。
「来年も来たいものじゃ。いや、来年と言わず、毎年でもよい。幽斎どの、そなたも付き合うてくれい」
「喜んで、お供つかまつります」
幽斎は、いつもと変わらぬ声で答えた。
秀吉は満足そうに頷き、ほかの大名たちの方へ歩いていった。
幽斎はその後ろ姿を見た。
遠くで笑い声が起こった。
山の上には、春の陽が傾き始めていた。
幽斎は、しばらくその場を動かなかった。
やがて、ふと視線を移すと、近くの桜の枝先に、一粒の露が残っているのが見えた。
露は傾いた陽を受けて、黄金色に輝いている。
幽斎が見るうちに黄金色の露は落ち、その輝きも消えた。
羽柴金吾秀俊=のちの小早川秀秋




