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 節分から一ヵ月と少しが経った。誠とアクマは大きなトラブルもなく毎日を過ごしている。

 セキはあれ以来、姿を現していない。これは例年通りだ。鬼は節分の日以外は基本本殿で過ごし、神社と町を守る。つまりアクマについて話し合った日が、例外だったのだ。

 アクマは引き続き、掃除など簡単な手伝いをしてくれた。人が神社に訪れた際は混乱を避けるため姿を隠してもらったりしているが、神社を実質一人で管理している誠にとっては正直助かる存在だった。


「いやー、アクマが来てくれたお陰でやっと蔵の掃除が出来るよ」


 ここ最近忙しくて後回しになってたんだよね、と言いながら蔵の鍵をガチャリと回す。神社の端にある白壁の蔵。大きさは社務所よりも小さいが、この蔵は地下室もあり、広さは社務所よりも大きい。扉も大きく、一階ならアクマも出入りできるだろう。

 ガガガッ、と蔵の扉を開けて中に入る。カビと紙の混じった匂いが鼻へ一気に入ってきた。懐かしい匂いだなと思いながら、誠は懐中電灯のスイッチを押す。蔵の中は整然としていたが、よく見ると床や物は埃で薄っすらと白くなっていた。


「昔は父と一緒に掃除してたんだ」


 もう片方の手に持っていた箒を扉に立てかけて、袖を捲り上げる。アクマは口を開け何か言おうとしたが、そのまま何も言わず口を閉じた。


「さあ、始めようか」


 昔の記憶を辿りながら誠が主導で掃除を進めていく。外に出せる物は出し、不用品はごみ袋に入れていく。「このしゃく、緊急時に取り出しやすいよう普段から持っとこうかな」とか、「この書物、父が大事にしていたんだよな」とか誠の考えや思い出話に耳を傾けながら、アクマは黙々と言われた通りの掃除を行った。


「これハ……」


 その途中でアクマが不意に動きを止め、床からある物を拾い上げる。男性と小さな男の子が手を繋いで立っている、一枚の写真だった。


「このひト、あなタ?」


 アクマが男性を指さす。紫色の袴を着た彼は、柔和な笑顔でこちらを見ていた。


「あ、ここにあったんだ」


 見つかって良かった、と言いながら誠は写真を見る。


「父だよ。隣に立ってる子供が僕だね」


 確か七五三祝いで撮った写真かな、と誠は懐かしそうに微笑む。


「母はその時にはもう亡くなっていて、僕は一人っ子だったんだ」


 そう言って目を細める。写真の中の誠の父は、最期に見た頃よりふくよかな姿でこちらを見つめていた。


「この人ハ、もういないノ?」

「……」


 誠は暫く黙り込んだ後、悲しそうに微笑みながら頷いた。それに対してアクマは「そうカ、」と一言だけ返した。 

 しばらく沈黙が流れる。換気のために開けていた蔵の窓から風が吹き込み、まだ掃き切っていない埃がふわりと舞った。


「申し訳ない、湿っぽくなってしまったね」


 写真、見つけてくれてありがとう、と言いながら誠は懐に写真を仕舞う。


「そろそろ掃除に戻ろうか。このままじゃ日が暮れてしまう」


 誠の言葉に、アクマは無言で頷いた。


 引き続き、蔵の掃除を進めていく。すると誠は一つの冊子を見つけた。他の書物に比べて明らかに色褪せた表紙で、端がよれたり皺になっている。


「……そういえばこれに僕の名前を書かないと」

「これハ?」

「歴代の宮司の名前を記録する台帳。父が亡くなった今、僕が宮司だからね」


 台帳を持ち上げながら答える誠に対し、アクマは首を傾げる。


()()()ハ、名前じゃないのカ?」

「宮司は役職名だね。簡単に言うと、神社で一番偉い人のことだよ」


 まぁ僕しかいなかったから自動的に宮司になっただけなんだけどね、と苦笑する。


「実は去年宮司になったばかりでね。突然の引き継ぎだった事もあって、色々手が回ってなかったんだ」

「それまでハ、グウジの()()ガ?」

「……そうだよ」


 台帳を段ボールの上に乗せ、その段ボールを持ち上げながら誠は答える。薄暗い蔵の中にいたことと顔を下に向けていたことが重なり、アクマには彼の表情が見えなかった。


「……聞いてごめン」

「い、いやいや! アクマは何も悪くないよ」


 僕がちょっとセンチメンタルになっただけだから、と誠は笑いながら蔵の外へ出る。


「チチ、帰ってきて欲しイ?」

「そうは思わないね。……いや、」


 思わないようにしているのかもしれない、と呟いて段ボールを蔵の外へ置く。これで全ての荷物を外に出した。


「……アナタの欲望ハ、そレ?」

「欲望? 違うかな。これはどちらかというと後悔。もっと父の助けになりたかったなーっていう」


 するとアクマは暫く黙り込んだ後、誠の顔をジッと見ながら話しかけてくる。


「じゃア、アナタの欲望ハ?」

「そうだなぁ……」


 唐突な質問に、誠は考え込む。そしてハッと何かを思いつくとアクマの方を見て微笑みながら言った。


「君と仲良くなることが今一番の欲望かな」

「ナカヨク? どうすれバ、ナカヨクなれル?」


 アクマの問いに、誠は顎に手を置いて考え込む。


「うーん……まずは君のことを教えてよ。どこから来たとか、さ」

「それは出来なイ」


 アクマはここに来てから、ずっと無表情だった。だがこの瞬間だけ、表情が曇ったように、誠には見えた。


「……そっか」


 何か事情があるのだろうか。何にしても、これ以上は追求するつもりは無かった。

 ただ。


「とにかく、どこにも行く所が無いなら、好きなだけここにいて良いからね」

「……」

「そして出来れば神社ここの手伝いをしてよ、今日の掃除みたいに。僕一人だと大変な仕事が山積みだからさ」

「……分かっタ」


 そうして二人は蔵の掃除を再開する。掃除は滞りなく終わり、台帳を含めたいくつかの書物と写真を持って、誠はアクマと別れた。


 その日以来、アクマの手助けが増えたように誠は感じた。

 具体的には神社にマナーの悪い人がやってきたら姿を見せて注意したり(大体は姿を見せただけで逃げていったが)、迷子の子供が神社に来た際は探すのを手伝ったりしてくれた。


「アクマが来てくれてから助かってるよ」


 手助けに対してお礼を伝えると、普段下がっているアクマの口角がニコッと上がったように、誠には見えた。


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