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鬼神町唯一の神社、鬼神神社は町外れの山の麓にある。普段人はあまり訪れないが、昨日は年に一度の神社主催の祭りがあったため、神社の敷地外では朝早くにも関わらず、人の声や屋台の片付け音が聞こえていた。
一方で神社の中は静まり返っている。宮司である門宮誠が人払いしたからだった。
人一人いない神社の敷地の隅には、こじんまりとした社務所がある。屋内にはちゃぶ台が置かれただけの質素な客間があり、誠とセキはちゃぶ台を挟んで顔を合わせて睨みあっていた。
「……マジで、なんでアイツ神社に入れたんだよ」
「だって鬼だから」
「鬼じゃねーだろどう見ても!」
セキがちゃぶ台をバンと叩いて立ち上がる。セキが怒りっぽいことを知っている誠は、彼の癇癪に眉一つ動かさなかった。
二人が窓を見ると『アイツ』は夜明けの薄暗い境内を、一人で掃除している。セキがここを訪れた際、席を外してもらうために誠が掃除を頼んだのだ。
彼は先ほど教えた方法を忠実に守っているように見える。箒を掃き、ちり取りでゴミを集める所作は丁寧だ。
今日は晴天で風もないから、掃除は早めに終わるかもしれないと誠は思った。同時に、この話も早めに終わらせた方が良いかもしれない、とも。
「アイツから境内に入ってきたワケじゃねーんだろ?」
「そうだね」
「いいか? 人間などの生き物以外で鬼神神社に入れるのは、鬼しかいねーんだ」
「知ってる」
毅然とした態度を続ける誠に、セキは顔を顰める。
「アイツは絶対ェ、鬼以外のナニかだ」
セキは声を荒げながら続ける。
「近いうち揉め事が起きるぞ!」
「そうなるとは限らないよ」
セキの怒号を真正面から受け止めながらも、誠ははっきりと言い切る。
しばらくそのまま無言で睨み合ってると、玄関からガラガラガラと、ゆっくりと扉を動かす音が聞こえた。
誠が急いで玄関へ向かうと、掃除を任せていたアイツ――アクマが立っている。体が大きいからか、彼は玄関の外にいた。彼は屈んで猫背になりながら、ゴミ袋を玄関の中へ入れる。
「掃除、終わっタ」
「おかえり! 掃除ありがとう。助かったよ」
誠が早足で下駄を履きつつ、アクマからゴミ袋を受け取る。パンパンに詰まった袋を見て、誠は密かに心を痛めた。
「その人ハ?」
「ああ、そういえばセキとは初対面だったね」
誠の後ろに着いてきていたセキと立ち位置を変えて、彼をアクマの前に立たせる。舌打ちが聞こえたような気がしたが、誠は聞かなかったふりをした。
「彼はセキ。今年の鬼神神社の守り神だよ。今日から、というか昨日から1年間、鬼神神社に暮らすんだ」
「守り神?」
「そう。鬼神神社とこの町は鬼が人々を守ってくれると信じていてね。昔から鬼を敬い奉る、つまり大事にしてるんだ。そして鬼はそのお礼に、人間に降りかかる悪い事を退治したりして助けてくれるんだよ」
場を和ませる意図も込めて誠は拳を前後に動かす素振りを見せる。セキは誠の言葉に多少気分を良くしたようで、険しい顔のまま相槌を打った。
「昨日君が来た時に行っていたお祭りは、鬼を大事にするお祭りだったんだ。そしてそのお祭りで、すぐに困った人間の元へ駆けつけられるように、毎年神社に来てくれる鬼が選ばれる。それが彼、赤鬼のセキだよ」
誠の言葉を聞いてアクマは目線をセキへと移す。セキは「なんだよ、」とアクマを睨みつけた。
「初めましテ、よろしくお願いしまス。セキ」
「お、おう、よろしくな」
するとアクマはそう言って、深々と頭を下げた。つられてセキも頭を下げる。
「セキはすごいナ、良いコトをしていテ」
「へ、へへ、そうか?」
その言葉にどうやら機嫌が良くなったようで、セキはニヤリとアクマに笑いかけた。
「人間と変わらないのニ」
もっとも、次の言葉で機嫌を損ねたらしく。
「変わってはいるだろ!? 肌は赤いし、角が二本あるし……まぁ確かに、昔の鬼よりは小さくなって人と同じぐらいの大きさだけどよ」
セキはやれやれとした表情で居間の方へ戻って行った。
「……ワタシ、気に障ることを言ったカ?」
「いや、大丈夫だよ。気にしないで」
誠は苦笑しながら「それより掃除ありがとう」と言ってアクマから掃除道具を受け取る。
「次にやることハ?」
「今は無いけど……ちょっとセキと二人で話すことがあるから、外にいててくれるかな」
誠の言葉にアクマは首を傾げたが、すぐに「分かっタ」と頷き、社務所から離れていった。
居間に戻るとセキがあぐらをかいて待っていた。
「やっぱりオレは、アイツを追い出すべきだと思う」
真剣な面持ちできっぱりと言う。身を案じての発言だと誠にはすぐに分かった。だからこそ、と誠は笑顔で返す。
「僕はそう思わないよ。悪者には見えないし」
「まぁ……一見そう見えるけどよ」
と言って、セキは頭を搔く。そしてあぐらから正座に姿勢を変え、話を続けた。
「だが、鬼含めた生き物でない者がこの町に来たのは、四百年生きてるオレでも初めてだ」
「……そうらしいね」
「オレは今年の守り神だ。鬼としてこの神社を、この町を守らなきゃなんねーんだよ」
ダンッ、とセキが両手でちゃぶ台を叩く。彼にしては控えめな叩き方だが、今日一番部屋中に音が響いた。
「……そうだね。君の立場については分かってるつもりだよ。でも、」
誠はセキから目をそらさない。そして一息吸って、彼もまた両手でパンッとちゃぶ台を叩いた。
「鬼と仲良く。僕はそうありたい。お父さんがそうだったように」
「僕はアクマとも、もちろんセキとも仲良くなりたいよ」
窓からもう一度アクマを見る。彼は境内にある木の下に座り、空を眺めていた。
そして視線をセキに戻す。彼の青い目が見定めるように揺れていることに、誠は気付かない振りをして言葉を続けた。
「アクマは神社の中に入って来れたんだ。だから鬼だと、僕は信じてる」
いやアイツが入れたのは、と言いかけてセキは口を閉じた。
生き物と鬼以外が神社へ入る方法が、一つだけある。
それは宮司の許可。定義は様々だが、その一つに『宮司自身が口頭で招き入れる』があるのを、セキは知っている。
同時にセキは見ている。昨日の祭りで宮司である誠が、アクマに声をかけ、その後アクマが境内へ入っていくのを。
「(節分祭の最中だったから仕方ないとはいえ、あの時誠を止めるべきだった)」
しかし今更己を悔やんでも、状況が変わらない。
「セキ?」
「……ああいや、何でもねー」
まぁおめーが鬼と言ったんならそうなんだろーよ。と、セキは頭の後ろで腕を組む。
「(少なくとも今、あの黒い何かが仕掛けてくる素振りは無い。その状態で攻撃を仕掛けるのは悪手だ。最悪誠が、この町が危険にさらされる)」
今は様子見だ。セキはそう結論付け、居間から出る。
出て行った彼を誠が追うと、セキは外にいるアクマに声をかけていた。
「おい、」
座っているアクマを見下ろし、睨みながらセキは言う。
「さっきコイツから話があった通りだ。オレは今、この神社と町の守り神をやってる。だからよそ者のアンタを信じられねー」
「……それは当然ダ」
アクマは抑揚の無い声で言う。無表情のまま、セキから顔をそらさない。その反応がセキにとっては意外だった。
「だから、しばらく見張らせてもらう」
それで良いだろ? と誠に視線を移す。緊張した面持ちがふっと和らぎ、誠は微笑みながら頷いた。
「殺さないのカ」
「今のところは悪さしてないからな」
「……追い払ったりもしないのカ?」
「悪さしてないのに追い払うのも違うからな」
アクマが今度は誠に目を向ける。誠は笑顔で「大丈夫だよ」と声をかけた。
「二人とモ、感謝すル」
するとアクマは立ち上がり、二人に向かって深々と頭を下げる。その行動にセキは目を丸くしたが、すぐに腕を組んでアクマから目をそらした。
「分かってると思うが、何か悪さしたらオレは即お前ェを滅するからな!」
「あア、それで良イ」
一連のやり取りを見て、誠は内心胸を撫で下ろす。この流れなら、暴力沙汰にはならずに済みそうだ。
「じゃあ俺は"上"に戻るぜ」
「うん、よろしく」
そう言ってセキは姿を消す。この町の鬼は身体能力が高い。そのため文字通り『煙のように』移動することが可能だ。
「"上"?」
「本殿の事だよ。守り神を担う鬼はそこで寝泊まりするんだ」
誠が指差す先を、アクマも見る。数十段の階段の上にある建物は古めかしいが威厳があり、アクマは思わず目を細めた。
「あそこは鬼の領域だから、君は僕の許可無く入ったらダメだよ」
サラッと伝えられた禁則事項に、アクマは無言で頷く。アクマの了承を横目で確認すると、「兎にも角にも、」と誠は浅葱色の装束を軽く払い、アクマに向き合った。
「ひとまず僕のことは『宮司』って呼んで。これからよろしく、アクマ」
「分かっタ。よろしク、グウジ」
誠のお辞儀を見て、アクマが遅れてお辞儀する。先ほどのお辞儀とは違い、まるで人の真似をしたような形式的なお辞儀だったが誠は何も言わなかった。




