EP5 後悔
「これより適合者テストを始める。役立たずは外で待ってろ」
そう言って宵は桃愛を指さした。
「承知、しました。」
桃愛は膝の震えを悟られぬよう、絞り出すような声で応じた。退出際、彼女はすれ違いざまに零の耳元へ唇を寄せる。熱を帯びた吐息とともに、呪いのような切実さが鼓動に混じった。
「――絶対に、死ぬなよ」
「ああ、わかってる」
零は口角を吊り上げ、不敵な笑みを刻んでみせた。その強がりが今の桃愛には、あまりに危うく、そして眩しかった。
「失礼しました」
その人ことを残し桃愛は退室したのであった。
王宮の廊下を廃人のように渡る桃愛。
宵の言葉が、古傷をえぐり、奥底に沈めていた泥をかき乱す。
桃愛は亡霊のように廊下を歩いた。視界が滲み、豪華な王宮の装飾が醜く歪む。
静かな廊下には桃愛の足音だけが響いている。
「思い出さないように…してたの、にっ…っ」
涙のせいで視界が大きく歪む。
いつまでも死者を想っていても仕方がない。
それは己を弱くするだけだ。死と隣り合わせ、それが死霊術師である。皆それをわかっている。
―「僕を一生忘れないでね」
その言葉を残して、この世を去った御崎響。
2週間前に行われた第壱戦闘隊vs|暗黒殺団との戦いは苛烈であった。
暗黒殺団とは、桜蘭家が作った死霊術師の組織を破壊し、世界を滅ぼそうとする霊の組織である。暗黒殺団の霊達は、恐怖で人間を支配し、人間を暗黒殺団の駒として使っている最悪な組織だ。
その中で第壱戦闘隊が命じられたのは、暗黒殺団にいる支配された人間達の救出であった。
第壱戦闘隊は構成員が7人しかいない少数精鋭のチームであった。暗黒殺団の予想を上回る量による圧倒でにより、第壱戦闘隊、隊長『浅見秋夜』が撤退を命じた。
総員、契約霊の最大限の力を活用し戦闘場から離れ、各々の力を利用し転移する。
だが、桃愛は撤退を命じた瞬間、霊による数十秒効果の毒により体が動かなくなり、さらに毒の影響で契約霊も使えないという状態に陥った桃愛に、暗黒殺団の攻撃がとてつもない速さで何もない上空から降ってきた。
頭上が暗転した。死が降ってくる、と直感したときにはもう、体は鉛のように動かなかった。
転移に失敗した。通常転移には10秒かかる。転移まであと3秒というところで桃愛の様子に気づいた第壱戦闘部隊の皆が叫ぶ。
「「「桃愛ぁッッ!!」」」
「桃愛ぁぁぁああーーー!!」
「桃愛逃げろ!!!!!」
(終わった…)
短い人生の終焉を肌で感じた桃愛に人影が近寄る。
桃愛に覆い被さり、庇うように転移を中止してこちらにやってきた御崎響が現る。
ドスッ、という鈍い衝撃、肉を貫く嫌な音。
背中に攻撃を受けた御崎響は倒れる。
「お前ら逃げろ!撤退しろ!僕に構うなっっ!!!」
響は顔面蒼白で、口や目、鼻などから血を出している。声を出すのもやっとなのだろう。それでも仲間を守る為必死に叫ぶ。
「いやああああぁぁぁぁぁ!!!響ぃ!響!も、も、もものせいでどうしよぉ、いや、…っうっ、…うっ…ご、ごめ…ごめ……っさ」
声にならない声。
「桃愛早くにげろ」
「いや!」
「逃げろっつってんだろ!今は敵が離れているが数分もしないで…ごふっ」
血を吐く響に桃愛は抱きつく。
「転移しろ。僕がここで死ぬことは気にするな。僕がしたくてしたことだからね」
汗を垂らしながら、血まみれになった口や鼻を裾で拭った。
転移は体内にいる契約霊の能力である。転移は契約霊に対し主人である人間のみしか対応されない。この場合、桃愛が転移しても響は転移できない。
そして今響が転移できない理由は、出血過多の為、契約霊が現れてくれないのである。響が契約している悪魔は転移の使い勝手が悪いのである。
「僕の命を無駄にするな、繋げてくれ」
響は桃愛の手を優しく握りしめる。
「う…んん…ごめんなさい本当にごめんなさ…い、」
そう言って転移をした。
転移の魔法陣が発動し始め、体が透けていく中で、響は、無理やり言葉を紡いだ。
僕を一生忘れないでねと。
なぜありがとうと言わなかったのか。
なぜ生きる希望をくれた彼にあの日伝えるはずだった言葉を伝えなかったのか。
あの日から桃愛はずっと悔いている。




