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下等勇者のはかりごと~泥啜る不断の努力とゲーム知識で、魔王を凌駕する~  作者: 笠鳴小雨


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第8話:魔王討伐1ー①

「みなさん、武器これを受け取ってください! 錆びてはいますけど、無いよりはマシだと思います!」


 魔王討伐クエストの玄関口、そこへ大量の武器を抱えた小神おがみがやってきた。

 すでに部屋で集まっていた五名へと声をかけ、それぞれに相応しい武器を渡していく。


淀口よどぐちさんは身長が高いので槍……っぽい、ピッチフォークでいいですか?」

「……こんな老いぼれにも、いいのかい?」

「もちろんです! 折れた爪が、かえって凶悪な返しになっているので使えるはずです」


枯木こらぎくんは若いのでこの盾と短剣セットを選んできました!」

「あざっす! ありがたく使わせていただきます!」


鈍田のろたさんは女性なので扱いやすそうななたを!」

「あ、ありがとうございます……。(これ、ゴミじゃないのかしら……)」


 鉈を受け取った主婦の女性は、訝しげな顔をして武器を受け取った。

 その他の二名にもツルハシやロープの先に重りをつけた武器が渡された。


 不意に、盾を持った枯木こらぎが訊ねてきた。


「お姉さん、質問いいっすか? こんなのどこにあったんっすか? オレが探したときはここに武器になりそうなものなんてなかったと思うんだけど。錆びてはいるけど――これはちゃんと使える代物だ」


「これは……先輩――神々廻文楽さんのおかげで、手に入れることができた武器ものです。彼が寝ずに頑張ったおかげです。なのでお礼は彼に――って、あれ? まだ先輩来てない……」


 小神は慌てて、部屋にあるアナログ時計を確認する。

 指定された開始時間の十時まで、あと十五分しか猶予がない。


 小神は自分の手元に残った二本の短い剣を握りしめ、出入口の方を心配そうに見つめる。

 そんな小神の背後から、元気な枯木が声をかける。


「大丈夫っすよ! 足音聞こえたんで、たぶんもう来ます」


「え? ……足音ですか? 私にはなにも――」


「オレの家……昔から債鬼さいきが毎日のように来るんで、耳がいいんっすよ」


 彼がそう言った矢先、文楽と迅が話し込みながら部屋に入ってきた。

 それぞれの武器を携え、使い方をレクチャーしているように見えた。


 文楽は錆びた黒い長剣を、片手で。

 迅は小学生の丈に合わない戦斧を両手で、それぞれ手に持っている。


「――迅、全て理解できたか?」


「はい。僕、やってみます!」


 文楽の言葉に対し、迅は何度も力強く首を縦に振っていた。

 その瞳は出会ったときと比べ、純粋な子供の輝きのように見える。


 これで、八人全員が無事揃った。


「神々廻先輩は凄いですね……怖くないんですか?」


「俺が凄い?」


「はい。だって、三日前には勇貝ゆうがいさんと萬獄まんごくさんが……私の目の前で死にました。それに鬼子おにごに、遅れたら死刑って言われたじゃないですか……。私は怖いです」


「そうだな。ここは死が身近な場所だ」


「私はまだ、悪い夢でも見ているんじゃないかって時々思うんです。でも違う、そうでしょ? 何度も現実とは思えない光景を目の当たりにしました。ここが普通ではないってわかってます。だからこそ……私は今日死ぬんじゃないかって――」


 短剣を握る小神の指先は、小刻みに震えていた。


 皆の前では明るく振舞っていたし、訓練中は文楽や迅を励ますような言葉も発していた。

 だけど、内心は怖くてたまらなかったのだろう。だからこそ明るく振舞い、現実逃避をしていた。


 彼女が現実逃避をしていることに、文楽は前から気づいていた。

 昔からそういう奴だった。言葉や態度では平静を装うが、部長が帰宅し、一人になったときには泣いている姿を見たこともある。だけど、彼女はパワハラ地獄にも耐え、社会人として立派に成長している。自分なんかよりもずっと。


 そんな彼女に、なんと言葉をかければ良いか文楽はわからなかった。


 大丈夫だ。

 安心しろ。

 俺が守ってやる。

 みんな無事に生きて帰れる。


 ――などと、甘い言葉でも期待しているのかもしれない。

 だけど、ここはそんなに優しい世界じゃない。命のやり取りに慣れていくしかない。

 特に、ここにいる全員が下等勇者だ。一歩踏み間違えれば即死の、捨て駒。


 死なない保証など、文楽はできなかった。

 そもそも、人として優れているのは小神の方だ。

 自分は一度社会から脱落したダメな人間だ。


「神々廻先輩は昔からそうですよね。皆の愚痴は聞くのに、先輩が愚痴を吐いているところを一度も見たことがありません。ズルいです、私はそんなに強くない」


 涙が溢れてきて、それでも流さないように小神は上を向いた。

 そんな小神を可哀そうと思ったのか、迅はポケットからハンカチを取り出して、小神の手のひらにそっと握らせた。


「小神、よく聞け」


「なんですか。また優しく愚痴でも聞いてくれるんですか」


「ああ、そうだな。お前は愚痴を吐き出せば、次の瞬間にはケロッとしているような奴だ」


「……本当によく見てますね。で、何か言いたかったんですよね?」


 鼻をすすりながら、小神は前を向いた。

 文楽の言葉を待つように、じっと瞳を覗き込んできた。


魔王討伐クエストが始まったら、俺の言った通りに動け。そのタスクにだけ集中しろ」


「はい」


「そうすれば――恐怖を考える暇など無くなるはずだ。いつか慣れる」


 文楽はそう伝えると、小神の肩を軽く叩き激励をした。

 時計を見ると、開始まで一分もない。


 そこで、文楽は大きく深呼吸をした。


(ズルい、か)


 彼女の言葉を思い出し、自嘲するように鼻で笑った。

 いつから彼女は、文楽が恐怖を感じていないと錯覚していたのだろうか。


(馬鹿か……俺だって怖い)


 生死を懸けたやり取りを怖くないと思えるほど強くはない。

 その証拠に、止まらないこの冷や汗はどう説明すればいい。

 ただ、恐怖を覚える時間が惜しいと思って、常に行動をしていただけだ。

 アドレナリンが恐怖を和らげ、感覚を自主的に麻痺させていただけだ。


 アクセルを踏み続けるのは得意だが、昔からブレーキを忘れがちだ。


 どこかで一度立ち止まって、自分に向き合わなければならないときが、そのうちくる。

 それまでは、自分の感覚を麻痺させ続け、まずは死なないための基礎を築かなければ、明日には死んでいるだろう。下等勇者は捨て駒だ、だからこそ捨てられないように頑張るしかない。


 思考に耽っていたそのとき――空間がねじ曲がった。

 ひときわ大きな扉の手前にある空間が歪み、黒と紫の渦が生み出された。


 渦から、見覚えのある鬼子が顔を出した。

 軍帽を被り、頬に勲章の傷跡がある鬼子だった。



「皆さまお待たせいたしました――約束の時間になりました」



 全身が露わになると、鬼子は鬼面の口角を上げた。



「下等勇者、以下八名――処刑執行対象者はいないようですね。手間が省けてありがたい」



 皆が、ごくりと唾を呑み込んだ。

 鬼子が現れると、肌にちくちくとささる黒い何かを感じるのだ。

 何かはわからないが、とにかく嫌な棘が皮膚を弄んでいるような感覚だ。



「それでは『魔王討伐クエスト1』を開始します」

「一体目の魔王――【王蛇ダ・オヌ】を討伐してきてください」

「勇者の皆様のご武運をお祈りいたします」



 言葉を最後まで聞き終える前に、幕が下りていくように視界が暗転した。




 ◆




 黒い幕があがり、視界が戻る。

 文楽は目を慣らすために瞬きを一度して、周囲を見渡す。


「……ローグライク設定は健在か」


 やはりか、と文楽は内心で言った。


 時間は夜中。

 見覚えのないマップ。

 五十メートル先には、小さな異形の影が蠢いている。姿かたちからチュートリアル前提のモンスターでないことがわかった。あれが三体も一斉に襲い掛かってくれば、全滅だ。



「お……おい。ここ――()()じゃないか?」



 誰かが、空を指さしてそう言った。

 指さす方向へ視線を向けると、月明かりに照らされた紫色に輝く夜の富士山が座していた。


「本当っすね。暗くてはっきりは見えないっすけど、あそこに道路標識が見えるっす」

「え? てことは、私たち家に帰れるんですか?」

「どうなってんだ? 勇貝くんが前にここはゲームだって……」


 皆が動揺しているなか、文楽は後輩の小神へと目配せをする。

 小神はすぐに頷くと、皆の前に立って口を開いた。


「私たちは勇者として選ばれて、地球に密かに住む魔王を倒す……というゲームの世界観らしいです。なので、ここは紛れもなく――日本です」


 皆が驚愕したように、目を瞠っていた。

 そんな中で、体格のいい大学生である枯木が冷静に発言する。


「勇者だ、魔王だ、ゲームだって言ってたけど……思い返せば、ゲームでも現実を舞台にした作品ってたくさんあるっすからね。思い込みしてたのは、オレたちの方ですね。小神姉さんあざっす、その説明腑に落ちました」


「ね、姉さん……ですか?」


 小神はきょとんと、目を丸めていた。

 それでもすぐに現実に意識を戻し、今朝文楽から聞かされた話を皆へと続けていく。


 そこで文楽は一人、輪から離れていく。


「僕は神々廻さんについていきます」


「好きにしろ」



 仲良しこよしの輪から離れること三十メートルほど。



「迅、まずは魔王の形跡を探――」



 咄嗟に文楽は言葉を止め、反射的に体を動かしていた。

 隣にいた迅を思いっきり突き飛ばし、剣を構える。


 足元の地面が、爆発したように跳ね上がった。

 土埃の中から現れたのは、鯨と見間違うほどの巨大な頭部。

 圧倒的な質量の肉の塊が、文楽目掛けて襲い掛かってきた。


 咄嗟に逃げようと地面を蹴りだすが、ときすでに遅かった。

 気がついたときには、十人は余裕で呑み込めそうなほど巨大な口腔が視界に入ってきた。


「迅、逃げ――――」


 その正体を見て、文楽はから笑いを浮かべた。

 そして、逃げるのを諦めた。


 文楽を飲み込もうと地面から現れたのは――王蛇ダ・オヌだった。


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