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下等勇者のはかりごと~泥啜る不断の努力とゲーム知識で、魔王を凌駕する~  作者: 笠鳴小雨


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第7話:才能と劣等体質


「どう頑張っても……開きませんね、扉」


 子部屋の前で、小神おがみが腕を組みながら仁王立ちしていた。

 扉の傍には掌の形を縁取った白線が描かれており、それが生体掌紋(しょうもん)のようなシステムに見えたが、何度手の平を押し付けても一向に開く気配がなかった。


 これは拠点で共通している事象で、この空間にある扉はすべて電子的な管理をされている。

 開かないところは何をやっても開かない、物理的な衝撃を与えても凹み一つつかない、強固な造りとなっているのだ。


 小神と矛凪ほこなぎじんの二人は、うーんと唸りながら開錠の手がかりを探していた。


「あ! 小神さん、ここ……ここに十秒以上押し当てると、何か出てきましたよ」


「ん? あ、本当だね。『0:09:02:55』ね……何かを表していそうだけど」


 迅は、生体掌紋を十秒以上使用することで、小さな数字が表示されることを発見した。

 しかしそれ以外に開けるヒントはなく、途方に暮れていると――。


「お前らは訓練時間が足りてないから、入れないぞ」


 どこかへ行っていた文楽ぶんらくが、物騒な武器をたくさん抱えて戻ってきたのだ。

 柄がささくれた木製で、刃先が錆びて実践で使用された感満載の長槍。柄に麻紐が巻かれただけの刃先が綻んでいる剣など、美術館でしか見たことないような凶器を、どこからともなく持ってきた。


 集中していた二人は、非現実的な格好の文楽に少し驚く。


「し、神々廻(ししば)先輩……その物騒なものはどこから持ってきたとか、入れない理由とかいろいろ聞きたいことがあるんですけど……まずは私たちが入れない理由を教えてください」


「最初に言っただろ――寝る暇もないと思え、と。それが理由だ」


「もちろん覚えていますよ。ただ……あれは皆さんへの激励だと思っていたのですが」


 文楽は抱えていた武器をひとつひとつ丁寧に床へと置いていく。

 それを見た迅は、急いで駆け寄っていくとその作業を手伝い始めた。


 作業中に、文楽は彼女を見ずに答える。


「言葉のとおりだ。武器庫は難易度問わず累計四十時間、その子部屋はヘルモードで累計四十五時間は訓練をしなければ、施錠が解放されない。それに、施錠の権利は達成者にしか与えられない。だから達成者ではない小神と迅は部屋には入れない。表示された数字は、その時間だけ訓練が足りないってことだ」


「そうなんですね。確か――私が拠点ここに連れてこられたとき、時計は朝の八時頃だった記憶があります。今は三日後の朝六時……つまり、逆算するとあのときから四十六時間が経過していますよね。トイレや補給の時間を多少考慮するとして……神々廻先輩、もしかしてこの三日間一睡もしていないんですか?」


「そういうことだな」


 その言葉を聞いて、小神は目をまん丸と見開き驚愕していた。

 目の前にいる元先輩は、何事もなかったようにあっけらかんと振舞っているのだ。


 異常――その言葉が不意に、脳裏をよぎった。


 魔法のような回復機能が備わっている空間だとしても、精神的な疲れや睡眠欲まで全て綺麗さっぱりになくなるわけではない。その状況下で四十五時間も休みなく走り続けたなど、常人の範疇を超えている。

 神々廻先輩が、パワハラで悪名高い茄子子なすこ部長の元で三年間も耐えられた理由が、少しわかった気がする。彼の普通はネジが一本飛んでいるのだ。


「ありがとうございます。神々廻先輩がいなければ、私たちは丸腰で魔王討伐クエストとやらに出向かなければならなかったんですね」


「感謝など不要だ。この世界では一銭にもならないことは気にするな。それよりも――」


 ひと通りの武器を床に並べ終えると、文楽は子部屋の前に立った。

 生体掌紋へと、手を置く。



『生体掌紋――勇者ID:神々廻(ししば)文楽ぶんらく。アクセスを許可します』



 扉の上部にある埋め込み式のスピーカーから、機械的な声が響いた。

 次の瞬間、扉の中心から紫と黒色の渦が全体に広がっていき、扉自体が歪んだ空間へと変わったのだった。


 それを見届けた文楽は、続けて何かを操作した。



『勇者ID:神々廻文楽より、ステータス参照の許諾きょだく依頼が届いています』

『許諾いたしますか? YES / NO』



 急に、小神と迅の前に不思議な画面が現れた。

 ホログラムに近いと言えばいいのか――ARゴーグルで画面を見ているような感覚が近いだろう。画面は半透明に近い状態で、奥が透けて見える。


「許諾してくれ。そうしたら小神と迅の才能ステータスを、俺が確認できるようになる」


 文楽の言葉に、二人は疑問を投げることなくすぐに許諾を出していた。

 信頼なのか、恩義なのか、小神は前に歩み出て文楽の手を強く握った。


「感謝は、人と人を繋ぐ大事な言葉なんです。とっても感謝を言いたいのですが、今はこう言っておきます。いつか文楽さんの恩に報いる私になります。なので、あとはお願いします」

「ぼ、僕も……お願いします!」


 二人の眩しい瞳から思わず目を逸らし、文楽は手を振り切っていた。


 恥ずかしくて――という訳ではない。

 これ以上、踏み込みすぎるわけにはいかない……と直感が訴えかけてきたのだ。


 Hero's Ringで、勇者は使い捨て前提のキャラだ。

 いつ死ぬかもわからない人へ、感情移入をしてはいけない。


 会社員だったときと同じ要領でやればいい。

 どうせいつかいなくなる同僚に気を遣わず、自分のやるべきことに集中しよう。

 その過程で彼らが順調に育ってくれるならば、そのときは有効に活用すればいい。


「行ってくる」


 彼らから逃げるように、文楽は子部屋の渦へと入っていった。




 ◆




 境界線のない、真っ黒な部屋。

 ここにあるのは直径五メートルの石床と、中央にある円柱型のコンソールだけだ。


 そのコンソール上部にある生体掌紋に、文楽は手を当てていた。


「これは……悲報だらけだな」


 コンソールのすぐ上、文楽の目の前に表示された自分の才能ステータスを見て、思わず嘆いていた。



 ==========

 名前 * 神々廻文楽

 適正 * 傭兵

 等級 * 下等勇者

 体質 * 魔力不全体質 / 異人拒絶体質/■■■■■

 Lv * 2

 ==========



 文楽の適性は、不遇な戦闘職と言われる【傭兵】だった。


 自分や仲間を犠牲にすることで、窮地を乗り越える力を手に入れるピーキーな特徴を持つ。

 他の適正と比較すると器用貧乏と思われがちだが、傭兵の良いところは環境適応能力にある。

 どんな地形、どんな戦場、どんな敵でも、環境を駆使して最後まで戦い抜ける強さがある。


 だが、傭兵適性での攻略は――至難の業だ。


 文楽の推測では、攻略が絶対に不可能な適正ではない。

 もっと細かいことを言うと、戦闘職であればおそらく、完全攻略は全ての適性で可能だ。

 だが、傭兵適性は【騎士適正】や【各種魔法適性】などの花形適性と比較すると、特化した戦闘スタイルがない。ゆえに器用貧乏や不遇適性と罵られるキャラでもあった。


「まあ……戦闘職というだけで、ありがたいと思うことにするか」


 攻略するための最低限のカードは得ることはできた。

 だが、ここからが本命だ。これが確認をしたくて、ここまで頑張ったのだ。


 文楽は下等勇者として、Hero's Ringに召喚させられた。

 下等勇者には等しく、大きなデメリット――悪い体質が備わっている。


 そのデメリットが、ようやく判明した。


「【魔力不全体質】と【異人拒絶体質】、それと謎の文字化け――か。最悪だな……ジョーカーを引かされた気分だ」


 文楽は不安を体から押し出すように、ふぅっと大きく息を吐き出した。


『魔力不全体質』――言葉通り、魔力を貯める器を持たない劣等体質のことを指す。

 傭兵は器用貧乏という名のとおり、剣も、魔法も、なんでも使える万能キャラだ。しかし、魔法が使えないということは、基本的に物理での戦闘で成長をしていく必要がある。


「魔力不全体質はいずれ克服できるから、いいとして……」


 最も厄介なのが『異人拒絶体質』だ。

 傭兵適正以外からの戦闘支援をすべて拒絶するという、厄介なデメリット。神聖適性の回復も、強力なバフなも受け付けない。傭兵は傭兵同士で仲良くしろというメッセージを含んだ、なんとも皮肉めいた不吉な体質だ。とはいえ、拠点の回復機能は拒絶しないなど例外が一部ある。


 それでもメリットが一つだけある。

 全てのデバフを拒絶するという、一部のモンスターにはクリティカルな部分もある。


「回復適性は遅咲きがほとんどだ。回復手段は自力で調達しなければ、序盤はすぐに詰むな」


 立ち回りの難易度が災厄レベルで高いな、と文楽は鼻で笑っていた。

 それでも文楽にはどうでもいいと言ってよいデメリットだった。そもそもクリティカルな攻撃を受けなければ、早々死ぬことなどない。


 最期の【■■■■■】は不明だ。

 文楽にはそれをいま知る由は無かった。


 時間がないので諦めて、次にもう一つ目の前にある画面を見る。



 ==========

 <獲得可能スキル>

 * 代償変更

 * 鹵獲ろかく解体

 * 痛覚遅延

 * 自傷回復(微小)

 ===========



 スキルは、キャラが起こした行動や成果に応じて獲得する。

 文楽は今回、どの戦闘職の適性になったとしても、損にならない立ち回りをしたつもりだ。だからこそ今回も必要なスキルばかりが、そこに表示されていた。


『代償変更』は、あきらかに不利な状況で殿へ志願し敵を打ち倒すこと――など、自らが命のかかわる代償を二度以上引き受けることで、獲得可能なスキルとして表示される。

 今回は命を削って、皆のために二徹して走り続けたことも評価されたのだろう。


『鹵獲解体』は、クラッツォ戦で武器を壊しては拾い続ける戦いをしたことで、獲得欄に表示されたのだろう。だが、クラッツォ戦では一歩間違えれば、強制的に不要なスキルを付与されることもあったので、ことが上手く進んで良かった。


『痛覚遅延』、『自動回復(微小)』は、訓練時の自傷行為で簡単に得られる。

 もちろん適正によっては別のスキルとなるが、傭兵ではこの種類でのスキルに代えられる。


 もっと欲しいスキルはたくさんあるが、最低限は確保できた。


「無事上手くいったが……優先するべきは『代償変更』のスキルだな」


<獲得可能スキル>に記載のあるスキルは、まだ条件がすべて満たせずに付与を保留されている状態である。アイテムを駆使すれば獲得条件を知ることができ、無事に獲得できる――という成長のアシスト的側面もある。


 だが、文楽には不要だ。

 十万回以上の試行錯誤で、すべて獲得条件は把握している。


「ふぅ……ひと思いにやるか」


 文楽は腰に隠し持っていた錆びた短剣を、徐に握りしめ、逆手で持つ。


 躊躇せず、短剣を自分の腹に突き刺した。

 内臓をかき回す嫌な熱さと、せりあがってくる嘔吐感。

 かつて画面越しに見ていたダメージログが、今は本物の痛みとして脳裏に焼き付いてくる。


 最初の痛みを耐えしのぐと、文楽は迷うことなく短剣を腹から引き抜く。

 あまりの苦痛に一瞬気を失いかけたが、コンソールに寄りかかって倒れないように踏ん張る。


 ああ、意識が遠のいてきた。




『――自動回復を実行いたします』


「拒否」




 文楽はそう言い返すと、体に集まってきた靄を片手で振り払った。




『――自動回復を実行いたします』


「拒否する……って言ってんだろ」




 再び、靄を振り払う。

 そうすること三度目、体中が寒くなってきた。


 ああ、さすがに苦しいな。

 死ぬ直前ってのは、こんなにも寂しい感情が沸き上がってくるものなんだな。




『条件達成――スキル【代償変更】を獲得しました』




 最初のピースを手に入れ、文楽はにやりと口角を上げていた。




『――自動回復を実行いたします』


「頼む」

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