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下等勇者のはかりごと~泥啜る不断の努力とゲーム知識で、魔王を凌駕する~  作者: 笠鳴小雨


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第9話:魔王討伐1ー②

「――神々廻さん!?」


 突然の出来事だった。

 地面が揺れたと思った矢先に突き飛ばされ、気がついたときには目の前に天へ登る黒い柱が聳え立っていた。


 じんは服に着いた土汚れを落とさずに慌てて立ち上がると、黒い柱に向かって戦斧を構える。


「神々廻さんを返せ! スキル――」


「何してるんっすか! 逃げますよ」


 迅は背後から何者かに体を持ち上げられ、戦闘態勢を強制的に解除させられていた。

 あまり強い力で軽々と持ち上げられた迅は、気がついたときにはみるみるとその場から遠ざかっていった。


 じたばたと反抗してみるが、枯木こらぎはよっぽど体が強いのかびくともしない。


「離してください! 神々廻さんを助けなきゃ――」


「気がついてないのか!? あれは――魔王【王蛇ダ・オヌ】だ!」


 脇に抱えられていた迅は、魔王という言葉を聞いて大人しくなっていく。

 ゆっくりと天に上る黒い柱をいまいちど見上げて、血の気が体から引いていくのが自分でも理解できた。あれは、人間が到底かなうはずのない怪物だ。


 雲に突き刺さる勢いの柱の先端には、巨大な蛇の頭が見える。

 その頭上には赤い文字で『魔王【王蛇ダ・オヌ】』と表示されていた。


「……あれが魔王」


 その大きさは水族館で見たジンベイザメなんて比較にならないほどだった。

 図鑑でみた史上最大の蛇の古生物――ティタノボアが、不意に脳裏によぎる。だがティタノボアは十五メートルクラスだと図鑑に書いてあった。大きさだけで言えば、全長四十メートルのスーパーサウルスすら凌駕しているかもしれない。


 あれが地球を滅ぼす可能性のある――魔王という存在。

 あんな怪物が99体もいると考えるだけで、絶望がどこからともなく押し寄せてくる。


「ぼ、僕たちは……あんな怪物とこれからずっと戦わなくてはいけないんですか? 何か月……何年戦えば帰れるんですか?」


「オレもわからない! 一つだけわかるのは、今ここにいたら死ぬってことだけだ!」


 枯木の言葉通りだと、迅は思った。


 あれほどの質量が上から攻撃でもしてくれば、人間などあっさりと死んでしまうだろう。

 大きさゆえにゆっくりとした動きに見えるが、実際に近くで見れば車などとは比較にならない速度で動いているのだろう。その速度で、鋼のように硬そうな鱗に触れでもしたら、人など木っ端みじんになるかもしれない。


 あんなのと真正面から戦うなど、正気ではない。


 枯木は運動神経がいいのか、あっという間に山の中に入っていく。

 振り返ると、魔王【王蛇ダ・オヌ】はシュルシュルと地中へと戻っていき、再び穴の中へと完全に姿を隠したタイミングだった。


 魔王は、迅と枯木を気に掛ける様子もない。

 その様子を見て「ここまで来たら大丈夫だろうか』と不安を抱えつつ、すっかり静かになった少年を地面に下した。


「えっと……迅くんと言ったか?」


「……はい」


「魔王の襲撃で、みんなはバラバラになっちまった。オレは咄嗟に迅くんを助けたが、気がついたときには、みんなは別々の方角へ逃げていた」


「……はい」


「皆も探したいが、ひとまずオレたちはここから逃げることを優先しよう。魔王は地中に潜って目視での確認はできない。だけど、いつどこから襲ってくるかもわからない。だからいまのうちに少しでも遠くに逃げて、オレたちに何ができるのか一緒に考えよう」


 枯木のその言葉を聞いて、迅は見上げるように彼の目をじっと見つめる。

 何かを言いたいようだが何も言わない。というか、言えないといった雰囲気だ。


 少年は、あまり面識のない大人に怯えている。

 枯木は見覚えのある子供の怯えた表情に気がつき、咄嗟に迅を目線に合わせるために躊躇せず膝をついていた。小さな手を包み込むように握りしめ、力強く、優しく、言う。


「オレ……大人なのに言葉がきつくてごめんな。だけど、オレは馬鹿だから敬語とかできないし、ここで何をすればいいのかもわからない。迅くんを助けたのも、体が勝手に動いたからだ。慕っていた兄さんがいなくなって不安だろうけど、今は兄ちゃんと一緒にいよう。さあ、立って――」


 手を引いて歩き出そうとした枯木だったが、迅はそれを拒むように動こうとしない。


「で……でも、神々廻さんは言っていました。僕と一緒に魔王を倒すって、僕の力が必要だって…………」


「そうは言っても、どうやってあんな化け物を――」


「僕ならできるって、神々廻さんは言っていたんです! 信じてください!」


 子供の純粋な瞳を、ようやく言えた意見を、枯木は見逃さなかった。

 再び目線を合わせるように膝を着くと、真剣に少年と向き合う。


「わかった。馬鹿なオレにもわかるように話してくれ」



 ◆



「スタート直後に魔王と邂逅か……らしくなってきたな」


 文楽は懐かしい思い出に浸りつつ、すぐに自分の置かれた状況を確認した。


 喰われたときに、牙での攻撃はなんとかボロ剣で防ぐことができたが、そのまま食道を滑り台のように滑り落ちていった。そうしてたどり着いたのは、どこかの内臓の中にぽつぽつとあった柔らかい床の上だった。おそらく胃あたりだろうが、蛇の体内構造なんて知らないし、興味もない。


 ここを抜け出す手段はある。それを実行するだけだ。


 基本的にこのゲームのモンスターはランダムでの配置だが、魔王の出現には一定の法則がある。魔王【王蛇ダ・オヌ】は、魔王討伐クエスト1ないしは4で出現する可能性が高い。


 そう、魔王【王蛇ダ・オヌ】は割と序盤で出やすい。

 そういった理由で、文楽は何度もこの魔王を倒した経験があった。

 むしろ回数をこなしてきた分、攻略方法など無限に思いつく。


「――とはいえ、今の俺は最弱の傭兵適性に加えて下等勇者。攻略方法はそう多くないか」


 着地の衝撃で手放してしまった錆びた剣を拾い、状態を確認する。

 すでにそれは剣としての機能は無く、呪いの影響で刃はボロボロになっていた。


 これは【王蛇ダ・オヌ】の体内に充満している、呪い(デバフ)の影響だ。

 この呪いには多種多様な効果があり、その一つに「弱きを溶かす」という極悪な概念効果がある。弱き――つまり錆びた剣もそれの対象になる。魔王らしい、殺意高めの特殊能力だ。


 その呪いは、勇者にも毒である。

 下等勇者であれば、魔王の発する瘴気に触れただけで即死だ。


 だが文楽は【異人拒絶体質】という、強力な呪い(デバフ)がすでにかかっている。

 今の彼に【王蛇ダ・オヌ】の呪い(デバフ)は通用しない。


 デメリットは、環境が揃えばメリットになる。


「まずは装備を整えるか」


 弱きを溶かす、ということは、強い物体は溶けないと言い換えられる。


 何年も前にそう仮説を立て、ゲームで何度か【王蛇ダ・オヌ】の体にダイブして散策したことがあった。結果として、ここでは優秀な武器や防具が手に入ることを知った。とはいえ、初期から呪い(デバフ)無効の体質を持つ下等勇者でなければ、この収集方法は使えない。


 だからこそ、今は絶好のチャンスだ。


「ゲームと違って……明らかに体液っぽいが、手探りで探してみるしかないか」


 文楽は躊躇せず内臓の九割以上を満たす体液の浅瀬へ入り、手探りでアイテムを探し始めた。


 収集を始めて八時間ほどが経過した。

 再び陸に戻っていた文楽は、手に入れた武器や防具を並べて物色していた。


「いい収穫だが、全部持ち帰れないのが惜しいな」


 うーん、と腕を組みながら考えこむ。


 武器はリーチのある長剣を使いたいところだが、今の自分では剣を振り回すというより、剣に振り回されているという表現が近いので却下だ。今は別の扱いやすい武器の方が良いだろう。


 防具もいくつか発見した。

 だが、金属製の防具も同様の理由で、ひ弱な下等勇者の文楽では扱えないので却下だ。


 実質、今の文楽に扱える武器は二つに絞られた。


「――【シシバ】様? こんな臭い場所で何をしているんですか?」


 不意に、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 転移の予兆に気がついていた文楽は、冷静に声のした方向へ向く。

 おどけた表情で鼻をつまむ鬼子――トトコがやってきた。


 トトコは、文楽の目の前に並ぶアイテムたちに気がつく。


「さ、さすが【シシバ】様ですね。まだ魔王討伐クエスト1だというのに、もうこんなにもアイテムを集めているなんて……。わ! こ、これなんてB級ランクの武器じゃないですか! 通常進行だと、最短でも魔王討伐15以降じゃないと手に入らないのに――」


 ぺらぺらとしゃべり出すトトコに、文楽は驚いていた。


 ゲームの序盤から契約を結んだのは今回が初めてだ。

 だからこそ未知数な部分も多い。

 不確定要素に近い存在だった。

 少し警戒していたのも事実だ。


 だが、想像よりずっとトトコは文楽に肩を入れている。

 想定以上に、この状況は使えそうだ。


 文楽は地面に並べた武器のうち、黒い金属に赤い血管のような筋が入った短剣を手に取る。


「ここで手に入る武器はランダムだから運が良かった。これはB級武器【罪被ざいひの短剣】という名だったか? 何度かこいつを使った経験がある」


「は、はい! その通りです! さすが【シシバ】様ですね、一万以上もある武器の名前まで覚えていらっしゃるなんて! そこら辺の廃人などとは格が違いますね!」


 トトコの瞳がきらきらと輝いている。


「そりゃあ十年、十万回以上も続けていれば、有用なアイテムの名称くらいは覚えるさ。だが、詳細な効果はうろ覚えだ。トトコ、【罪被の短剣】を鑑定したいんだが頼めるか?」


「こ、こっそりですよ? 今回だけですからね」


「もちろん黙っておくさ。俺たちはもう兄弟だからな」


「きょ、兄弟……我に任せてください!」


 口車に乗せられて、トトコは短剣の鑑定結果を見せてくれた。



 ==========

 名称 * 罪被の短剣

 分類 * ショートソード

 等級 * B級

 効果 * 罪の解放(ラ・パージ)

 刻印 * 0/5

 ==========


 ==========

 罪の解放(ラ・パージ)

 装備者の血を剣身に蓄積する鋼で作られた短剣。

 刻印を1つ解放し、蓄積分を攻撃力に変換して解放する固有能力を有して生まれた。

 ==========



「やはりカウンター系統の短剣か。装備者のダメージを記録、蓄積し、カウンターとして一気に解放する……これがあれば傭兵適性でも魔王【王蛇ダ・オヌ】を倒しやすくなるな」


 自傷を伴う傭兵適性だからこそ、戦闘中の蓄積は容易にできる。

 器用貧乏な傭兵にとって、序盤から溜めによるカウンター攻撃ができるのは都合がいい。


 急に、トトコが慌てだす。


「よ……傭兵適性!? 傭兵適性って言いました!? あのハズレ適性の!?」


「それがどうした?」


「終わった……下等勇者と傭兵適性のハズレ組み合わせで、魔王【王蛇ダ・オヌ】を倒した実績など過去に――――あ。あった」


 文楽には見えない無色透明の何かで調べ物をしていたトトコが、素っ頓狂な声を出した。

 そんな相棒のことなど全く気にせずに、文楽は短剣にまとわりつく呪いや体液を、自身の服の切れ端を使って拭っていた。同時に使えそうな防具の選定を続けている。


「ゲーム記録で過去に一〇七回、下等勇者と傭兵適性の最悪な組み合わせで、魔王【王蛇ダ・オヌ】討伐実績がありました。その全部が、たった一人のプレイヤーによる実績です」


 信じられないと言いたげな表情で、トトコは文楽を見上げていた。


 そのたった一人が、目の前にいる。

 普通では達成できない偉業を成した、英雄がそこにいたのだ。


「トトコ。そんなことより――」


「そ、そんなことって!? 完全攻略だけじゃない……誰もできなかったことを【シシバ】様は成し遂げたたった一人の英雄なんですよ!? しかも百回以上」


「そんなの、使い方を知ってるか、知らないかの差だろ。それよりも《《クラッツォの魔核》》を出してくれ。魔王【王蛇ダ・オヌ】の討伐確率を上げるために、必要なスキルがある」


 鬼子の言葉に眉一つ動かさず、淡々と戦闘準備を整えていく下等勇者。


 目の前の下等勇者は、一体何手先まで見えているのだろうか。

 常人では見えていない景色が、彼には見えているのかもしれない。



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