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下等勇者のはかりごと~泥啜る不断の努力とゲーム知識で、魔王を凌駕する~  作者: 笠鳴小雨


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第2話:錆びた剣の意味

Hero's(ヒーローズ) Ring(リング)』の代名詞、下等勇者殺しのチュートリアル部屋。

 ここは中学校の体育館くらいの広さだ。円柱状の石造りの空間で、天井までは十メートルほどの高さがある。見渡す限り出入口は一つしかなく、他には窓も吹き抜けもない。

 部屋の周囲には無数の錆びた剣が無造作に落ちている。


 十万回以上見てきた部屋に、文楽は生身で立っていた。


「この剣に何度心折られたことか……懐かしいな」


 びた剣の刃はざらついていて、ずっしりとした重さがあった。

 やはりここはゲームではないようだ。

 正常にリズムを刻む心臓、意図せず滲む冷や汗、恐怖で小刻みに震える手足。


 今から――この場にいる半数は死ぬことになるだろう。


 文楽は円柱状に広がる大部屋の中央へ、視線を向けた。

 そこには文楽と同じように、訳も分からずゲームの世界へ巻き込まれた人たちがいた。


下等かとう勇者? 証明だ? 何言ってんだてめぇ」

「そうよ! 何の冗談? もう子供を迎えにいく時間なの、帰してよ!」

「ここはどこだ!? さっきまで会社で煙草を吸っていたのに……」


 現実を理解できていない九人が、不気味な声の主へしきりに抗議をしているようだ。

 柄の悪い壮年の男性や、化粧の崩れた若妻、黒いスーツ姿の男性、寝間着姿のまま佇む若い女性など――統一性のない、様々な人たちがここに召喚されたようだ。

 彼らは姿を見せない不気味な声の主に向けて、訴えかけ続けている。


 その中にいた一人の女性が、輪へと加わらずに剣を物色する文楽に気がつく。


「あ――神々廻(ししば)先輩?」


 突然声を掛けられて、文楽も驚いていた。

 まさか、こんな場所で知り合いと出会うことになるなんて――。


「久しぶりだな、小神おがみ


 小神おがみ狐子ここ――会社の元後輩だ。

 退職してから二年以上が経つので、最後に会ったのは文楽が倒れたときだ。

 あの日から比べると彼女は少し大人びたようで、エリートコースをしっかりと歩むバリキャリの雰囲気を纏う女性に成長していた。


 嬉しいようで、悲しさも同時に感じた。


 なぜ、彼女のような優秀な人間を「下等勇者」として召喚したのか。

 一体、下等勇者として召喚される人間に共通点はあるのだろうか。

 なぜ、自分はここに呼ばれたのか。


「やっぱり神々廻先輩でしたか! 知り合いがいて良かったです。それよりも――」


 小神が言いかけた矢先、扉を破城槌でぶち破ったような大きな音が響き渡った。

 音のする方向には、異形の怪物が優雅に佇んでいた。



「ユルルガァァァァァァアアァァ…………」



 下等勇者の白い処刑人――クラッツォ。


 白くて太い毛並みをした、二足歩行型の怪物だ。雪男に近い風貌を持つ。

 顔すら白い毛で覆われており、その瞳がどこを映しているのかは読めない。

 体長は四メートルに届こうかとするほどの体躯で、その体格に相応しい巌のような左手にはガントレットが装着されている。


 白い処刑人は部屋にやってくると、ぴたりと止まって動かなくなった。


「なに!?」

「ば、ばけもの……」

「デカい……なんだよ、あれ」


 皆が怪物の登場にこぞって、死を身近に感じた。

 ある者は尻もちをつき、ある者は足をガクガク震わせている。言葉を失った者もいれば、涙を流して現実を拒もうとする者もいた。


 ここが現実であると理解するのに、十分な現象だった。


 事前に知っていた文楽でさえ、思わず唾を呑み込む。

 平和な社会ではほとんど感じることのない、死の恐怖、生存本能――警鐘を鳴らす第六感。

 頭ではどうすればよいのか、わかっている。だというのに、体が鉛のように重く感じてしまう。これが死に直面した真の恐怖なのだろう。


 ゲームだと認識する自分と、現実だと認識する自分の、どちらも存在している。

 これが()()()()()()()()()()()()鹿()だったら、どれだけ楽だっただろうか。


 ――そう思った矢先だった。


「みんな安心してくれ! 僕はクラッツォの倒し方を熟知している!」


 一人の小太りな青年が、錆びた剣を掲げて叫んだ。


「まずは武器を手に取れ! 僕の指示に従えば生きて帰れる!」


 自信に満ちた声だった。

 瞳が英雄のように輝きに満ち、カリスマ性を感じるほどだ。


「あんちゃん、何か知ってるのか?」


「もちろんだ。ここは『Hero's Ring』というゲームの設定にそっくりなんだ。攻略wikiにもクラッツォの倒し方は書かれていて、僕は何度もそのやり方でクラッツォを倒したことがある」


「ゲームだと? と……とりあえず、ここから帰れるんだな?」


「もちろんだ。だから皆、武器を取れ!」


「あ、ああ……俺は戦うぞ!」

「わ、わたしも!」

「オレもだ!」


 勇敢な青年の声掛けで、ここにいた全員が武器を手に取った。

 それに倣い小神も武器を拾おうとする。


「武器は持つな、死ぬぞ」


「え?」


「あいつは攻略法なんて話していない。あれは()だ」


 そう告げた文楽の声は、底冷えするような冷たさを纏っていた。

 小神が顔を上げると、そこには怒りの眼でリーダーとなった青年を見つめる文楽の姿があった。


 文楽の怒りに満ちた瞳には、勝ち誇ったように口角上げている小太りな青年の姿があった。

 一瞬、視線が交差した。青年は文楽の制止するやり取りをみて、にやりと笑みを浮かべる。


 青年は声を出さずに、文楽に向けてこ言う。


(――分け前はやる。邪魔するなよ「廃人」さん)


 意図を汲み取った文楽は、小神に「あっちで話そう」と言って彼らから離れていく。


 あの青年は、効率的に自分が生き残るために他者をリソースとしか思っていないクズだ。

 かつて、文楽も持っていたユーザーの傲慢だが――あの方法は悪手だ。いつか地獄を見ることになる。下等勇者にとって、ここでそれを選択することは毒でしかない。


 青年は、握っていた剣を怪物とは真逆の方向へと矛先を向けた。

 青年の言葉を聞くように、他の七人が集まって聞く。


「あそこにある時計の針が12時になった瞬間に、あいつ……クラッツォは僕たちを殺しに動き出す! 針が一周すれば、チュートリアルはクリアできる」


「あ、あと二分しか……」


「そうだ! クラッツォが動き出す前に、皆で部屋の方々に散るんだ。クラッツォは目ではなく、音で敵を判断している。最初に俺がこの剣で地面を叩き音を鳴らす、そうしたらヘイト……つまりクラッツォは僕を標的にして襲い掛かってくる。この習性を逆手に取るんだ――」


 残り少ない時間で、小太りな青年は耳を傾ける七人へ説明を続けた。

 ひと通り説明を終えると、八人が部屋の四方八方に散り散りになる。


 その間にあぶれた文楽と小神は、部屋の隅にやってきていた。

 文楽は悠々と壁に寄りかかるように座り込んで、じっと作戦会議をする連中を見つめていた。


「神々廻先輩……さっきの嘘ってなんですか?」


 訳が分からない、そんな表情を隠さない小神だった。

 彼女は自分がどうすればよいか判断しかねているのか、立ったまま文楽に尋ねる。


「クラッツォは十五分程度で殺せるよう元から設計されていない」


「え、でもあの人は倒すって――」


「それにクラッツォは音だけじゃない、鉄錆びの血生臭い匂いにも反応して攻撃をしかけてくる」


「それって…………」


 小神は、自分以外の全員が持つ錆びた剣の存在に気がつく。

 文楽の言う通りであるならば、皆に錆びた武器を持たせた小太りの青年は、そもそも全員を助ける気がないのかもしれない――と、そう思った。


 何か、あの青年には別の明確な目的がある。


「あの人は、何でそんな嘘をついたんですか?」


「スキルの獲得……と死者合成だろうな」


「……ゲームのことはよくわりませんが、先輩の言うことが本当なら、みんなを止めなきゃいけません。音と錆びに反応するなら、今のうちに錆びた剣を一か所に集めて、みんなで息を殺せば――」


「この数の剣を、一分足らずで回収しきれるのか?」


 少し、呆れたように文楽は部屋の全方位に散らばっている、無数の錆びた剣に目線を向ける。

 ざっと数えただけでも二百は超えていそうだ。残りの時間で、捌き切るのはまず不可能。


「神々廻先輩は何か知っているんですよね? この状況を打開できる方法はあるんですか? 知っているなら教えてください!」


 あまりに正義の光に満ちた小神の瞳に、文楽は眩しすぎると思った。


 確かに、ここを全員が無事で乗り切る方法は一つだけある――が代償が大きすぎる。

 スキルを獲得しないように振舞いつつ、十五分間だけ白い処刑人を抑え込むよう、文楽が先頭で戦い続ければできるだろう。


 一歩間違えれば自分が死ぬ、諸刃の剣だ。メリットもない。


 誰とも知らない連中のために、自分の人生を懸ける必要性を感じられない。

 もう文楽は、搾取される人生を繰り返したくはなかった。

 自分と、手の届く範囲の知り合いだけが幸せならそれでいい。


 俺はもう……人を信じることは辞めた。

 自分だけを信じて生きていくと、そう決めていた。


「元同僚として最後の忠告だ。ここで大人しくしておけば、生きて――」


「私のこと、まだ新卒のガキとでも思ってるんですか?」


「…………そうかもな」


「見くびらないでください。私はみんなが知らない情報を握りつぶすような、あのクソ上司みたいになりたくありません。誰かを見捨ててのし上がるような真似は絶対にしません……だから私は行きます!」


 声高らかに、胸を張って、小神は言い放った。

 近くにあった錆びた剣を手に取って、皆の元へと駆け寄っていく。


「クソ上司、か」


 自嘲するように文楽は小さく笑っていた。


 あまりに眩しい後ろ姿だった。

 高級そうなスーツを身に纏い、言動一つとっても社会の手本となるような人だ。


 文楽はもう、そっち側にはいけない。


 この世界を攻略するには、ここで何かを成し遂げてはいけないんだ。

 ここで得るスキルは後々邪魔になるものばかり、もう一度攻略するには戦ってはいけない。

 白い処刑人のヘイトを買わないように逃げ続ける、これがチュートリアルの正解なのだ。


 そう考えていたとき、鐘の音がゴーンと鳴り響いた。

 同時にクラッツォの雄たけびが木霊し、肌を衝撃波で包み込んだ。


 その非日常的な感覚に包まれた瞬間、文楽はひらめいた。


 映画館の震えるような低重音。

 二次元の音が、物理的な衝撃として三次元に干渉してくる――あの感覚。


 そうだ。ここは二次元ゲームじゃない。三次元リアルじゃないか。


「なんだ、あるじゃないか……白い処刑人を殺す方法」


 システムも想定していない方法で、下等勇者だけの特権がここには眠っている。

 これがあれば、前回の攻略とはまた違ったルートを選択できる。



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