一之六
縁側から西日が差しこみ、部屋を赤く染めるなかで、十兵衛は最後の日記を閉じ、深く溜め息をついた。
信松院の草庵にきて、もう丸三日経つ。丹念に信松尼の日記を読み調べたが、結局、箏太郎の見つけたくだりだけで、銅鏡に触れられた箇所は他に見つからなかった。
目を閉じ、腕を組み、もう一度溜め息をついた十兵衛は、
「どうも手詰まりだわ」
「そうですねえ」と箏太郎が十兵衛の呟きに応じた。「信松尼様も銅鏡の秘密などはご存じなかったのかもしれませんね」
「つくづく思っていたのですが」照潤が話す。「いくら箏太郎殿のお祖父様が目覚ましい働きをされたとはいえ、大切な秘密が隠されていると信松尼様ご自身がご存じだったのなら、銅鏡をご褒美としてくださるはずはなかったでしょう」
ううむと唸りながら、十兵衛は足を崩して行儀悪く胡坐をかいた。着流しのままだったから、裾が割れて太ももがちらりと見える。
箏太郎が顔を赤らめて、目を逸らした。
十兵衛の行儀の悪い姿に眉を顰めて照潤が、
「何か妙案はございませんか、十兵衛殿」
「いや、ないねえ」にべもなく十兵衛が答えた。「いっそのこと、敵がもう一度現れてくれたらと思うよ」
「それは不穏当なお言葉」
「あの怪しげな少年は、ひとりできたのが失敗だった、そう言っていたんだ。もっと大勢の仲間がいるような口ぶりだと思わない?あれから数日経って、いい加減襲ってきても良さそうなのに襲ってこないのは、仲間を呼び寄せているからじゃないかな」
「されど、このままここでご厄介になっているわけにもいきません」箏太郎が困惑げに言う。「敵が襲ってくるのならなおさら」
「いえ、ご遠慮なさらず。焼けたお家を建てなおすまで、ご逗留くださってよろしいのですよ」照潤は憐れむような顔だ。
十兵衛は箏太郎の不安などよそに大欠伸だ。
そうして大の字に寝っ転がる。
「ああ、果報は寝てまてだ。彼奴らがくるのを今しばらくまつとしよう」
「まあ、襲ってくる敵を果報などと。仏教では、果報とは運のよいことではなく、前世のおこないの報いなのですよ」
「ははは、私の因果な生まれも、案外そっちの果報なのかもしれないね」
と、十兵衛が半身を起こした。
照潤と箏太郎が怪訝に思うと、縁側の障子がかたかたと鳴り始めた。やがて、板戸や天井、草庵全体が震えだす。
「地震?」
照潤が立ちあがろうとするのを、先に起きあがった十兵衛が制した。
「いや、噂をしていたら影が差したようだぞ」
十兵衛は刀を掴むと、縁側に走りでた。
庭のむこう、境内を横切って、西日を背に浴びて濃い影を落としながら、数人がこちらに近づいてくる。
ゆらり、ゆらり。
一歩一歩、足を踏みしめるように、その六つの人影が歩み寄る。
家鳴りのする草庵から庭へと飛びおりた十兵衛は、刀を抜き放ち、足を踏みしめる。
凄まじい妖気であった。
彼らひとりひとりから発せられた妖気が合わさり、草庵を、いや寺全体を揺るがしている。
十兵衛は足を踏ん張り、震動に耐える。
妖気は空気も震わせて、十兵衛の肌を苛む。
男たちは、生垣を割るようにして庭に踏み入ってきた。
――これは……。
十兵衛は敵を右目で睨みつつも、内心、戦々恐々であった。
先日の美童を中心に、侍の男が合わせて五人。僧形の男がひとり。
ひとりだけならまだしも、これほどの凄まじい妖気を放つ敵を、六人も同時に相手にして、はたして太刀打ちできるのか。
彼我の距離、すでに三間。
敵は、ぴたりと足をとめた。
はっと息を整え、心に兆した動揺と怯臆とを振り払い、十兵衛が跳ねた。
すっと一歩前にでた背の高い男、城咲弼真が、鞘走らせた白刃で、十兵衛の振りおろした刀を受けとめる。
横にいた、中背の男、鵜戸李介が抜き打ちに斬りこんでくる。
十兵衛はそれを後ろに飛んで躱す。
ところへ、筋骨隆々の巨体の石鎚弾右衛門が、背中に背負った長刀を振りおろした。
体を捻って躱した十兵衛に、空高く躍りあがった痩身の美倉董之進が襲ってくる。
十兵衛は体を回転させて、急降下してくる刃を弾いた。
さっと退いて、十兵衛は間合いをとる。
「ううむ」十兵衛は唸った。「お主らの太刀筋。まさに柳生新陰流」
見抜いた十兵衛を、男たちが口を歪めて見詰めてくる。
「されど、江戸ではない……。尾張だな」
なかのひとりが答えるように喉で笑った。
笑いつつ進みでてきたのは、あの少年である。
「我ら六道冥衆、先日の約定通り参上いたした」芦津普賢丸が赤い唇をわずかに動かして言った。
「りくどうみょうしゅ……」十兵衛は息を凝らした。
「柳生十兵衛。お主ひとりでは、我ら六人に勝つ術もなかろう。家のなかでおののいているふたりが助勢したとしても、かなうはずもなし。助かる術はただひとつ。さあ、おとなしく、銅鏡を渡してもらおう」
「断る。お主らのような、邪気に満ちた者どもに渡す何物ももたず」
「では、お望み通り、一寸刻みに切り刻んでくれよう」
普賢丸が手を振ると、男たちが刀を構えてにじり寄る。




