一之四
葬儀の翌日、寝泊まりに借りていた寺の庫裡をでようとすると、箏太郎が十兵衛を呼びとめた。袱紗に包まれた、手のひら大のものを差しだして言う。
「柳生様、この銅鏡は、あなた様にお預かりいただきたいのです」
「かまわないけど、何故かな?」
「また敵に襲われたら、命欲しさに、これを渡してしまいそうなのです」
「うん、ただの金目のものを狙った強奪ならそれでいいけど、敵には何か違う意図がありそうだからね。わかった、私が預かっておくよ」
「ご迷惑でしょうが、よろしくお願いいたします」
「いや、迷惑なんてことはない。私は喜んで箏太郎殿の手助けをしているんだから。いや、お節介かな」
「お節介などとんでもない。ありがたくて申し訳ないほどです」
「ああ、それと」と十兵衛は話を変えた。「私のことは十兵衛と呼んでくれ。柳生様などこそばゆくてかなわないよ」
箏太郎はにっこり微笑んで頷くのだった。
信松院は、箏太郎の家から東へ、ちょうど一里の距離にあった。
寺は、かつて大久保長安の支援もあってか、ずいぶん立派な造りであった。
十兵衛と箏太郎のふたりが、本堂で住持の老僧に話を訊くと、
「さて」と首を捻るのだった。「信松尼様が亡くなられてもう七年になりますか。思い起こしても銅鏡の話など聞いたこともございませんなあ。そうじゃ、あの者なら何か聞いておるやもしれん。おおい、照潤、照潤や、おるかな?」
奥へと声をかけると、ほどなくして、剃髪した頭が青々とした尼僧が庫裡のほうから本堂へとはいってきた。
十兵衛も女にしては背が高いが、尼僧はさらにひとまわり大きい。背丈だけでなく、体つきも豊満で、粗食が常の寺で修行中とは思えぬ体躯であった。年は十九か二十歳くらいだろうか、血色のいい肌をして、丸い顔で大きな目と厚い唇が目を引いた。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、こっちへおいで」
うながされて照潤は住持の側にきて座ると、十兵衛たちに頭をさげた。
「お前は、ずいぶん信松尼様に可愛がっていただいておったの」
「はい、お亡くなりになるまでの五年ほどですが。それがいかがいたしました?」
「こちらのかたがたが」と住持は十兵衛の前に置かれた銅鏡を指して、「この銅鏡の由来をお尋ねでの。信松尼様からのくだされものだそうだが、お前、何か聞いてはおらぬか」
「さて。聞いていたとしても、もう七年以上も前のことですから」
「覚えてはおらぬか。さてさて」
「何か手がかかりになるようなものもありませんか?」十兵衛が訊いた。「例えば、日記のようなものなどございましたら、拝見したい」
「たしかに、信松尼様は日記をつけてはいらっしゃいましたが……。こう申しあげては何ですが、見ず知らずのかたに、お見せするのは憚られます」きっぱりとした言い様で照潤は答えた。
「そこをなんとか」
「さあ、困りました」
困惑する照潤に、住持が、
「されど、こちらは柳生のかたでの、将軍家兵法御指南役のお家柄。決して卑しい身分のかたでもなし、困ってもおられる。信松尼様もお許しくだされよう」
「はあ、和尚様がそうおっしゃるのでしたら」
しぶしぶといった態で、照潤は信松尼の住まいしていた草庵へと案内してくれた。草庵は寺の片隅にあって、藁葺きの小さな、住んでいた人の質朴な人柄を映したような建物であった。
照潤が奥からだしてきたのは、六冊の手記だった。
「日記のようなものはこれくらいですね。手分けして銅鏡について書かれている部分を探しましょう」
照潤の言葉に頷いて、十兵衛と箏太郎は丁を繰り始めた。照潤も手伝ってくれたのは、半分は見張りのためかもしれない。
記述を探しながら、十兵衛はこれまでの経緯を(魔物のことは伏せて)話し、照潤の生い立ちも聞いた。
照潤の本名は栗と言って、小山内という上野の歴とした侍の家の娘で、年齢は十九なのだそうな。
幼少の頃、両親が相次いで他界してしまい、途方に暮れていたところ、父の知己であった、神道夢想流杖術の始祖夢想権之助がたまたま訪ねてき、彼に連れられてしばらく一緒に旅をし、やがて縁あって信松尼に養われることになった。
夢想権之助はまた武者修行の旅にでてしまったが、時々草庵にやってきて稽古をつけてもらっていたので、
「棒の腕前ならその辺りの侍の剣術にも引けは取りません」
と照潤はちょっと得意げに語るのだった。
寺での暮らしが性に合っていたのだろう、やがて出家して今に至るという。
ちなみに、照潤はまだ見習い尼僧であるので、正式には沙弥尼というのだそうだ。十兵衛は、尼僧といえば誰でも彼でも比丘尼と呼ぶものと思いこんでいたので、なるほどと手を打ったのだった。
そうして箏太郎が頓狂な声をあげたのは、日も暮れかけた頃であった。




