七之六
「ようやっと、手にすることができた」
美しい顔に似合わぬ、おぞましいほどの笑みを浮かべ、普賢丸は振り返った。蜘蛛の巣で捕らえられた義直の姿が映る瞳には、邪悪な光がにじんでいる。
「中納言様、今まで大変お世話になり申した」
義直はわずかに動く目で普賢丸を睨んだ。なぜ自分をも緊縛するのか、疑念と狼狽の入り混じった目つきだった。
「この銅鏡は、信玄の隠し金を納めた蔵の鍵などではござらぬ。これは、盾無への道しるべでござる」
「た、てな、し……?」呻くように義直が言った。
「盾無と申しても、菅田天神社に納められている鎧のことではござらぬ。あれは新羅三郎より伝わる名鎧ではありますが、言ってみれば由緒正しいというだけの物。我が欲するは、武田家がひた隠しに隠し、累代封印し続けてきた、いわば真盾無とも呼ぶべき妖魔の鎧のことでござる。保元の乱で首切られた源為義の、平治の乱で命を落とした源義朝の怨念が宿った、我ら妖魔衆の力を増大させる源氏八領の一領」
「お、のれ。たばか、りおって」
「我らの目論見を成就せんがためには、野心溢るる人間の欲望が必要だったのだよ。お主のようななあ」
口調が変じるとともに、普賢丸のその端正な顔が豹変した。美顔がゆがんだ、背筋が寒くなるほどの悪魔の形相であった。
「十兵衛」と再びむきなおった普賢丸は、「さても目障りな柳生一族。十兵衛、そなただけは命をもらう。ここで討たねば、我らに永劫たたり続けんともかぎらぬからな」
普賢丸は刀を抜き、片手で振りあげた。
十兵衛は隻眼で睨んだ。
そして、
「オン・アミリテイ・ウン・ハッタ……」
気力を振り絞り、軍荼利明王の真言を唱えた。
左目が光り、ふさいだ鍔の眼帯から、赤い光が漏れでる。
刹那、金縛りが解け、十兵衛は片膝立ちになり、刀を振るった。
同時に、普賢丸も刀を振りおろした。
刃と刃がぶつかり、甲高い音をたてて、火花を散らす。
普賢丸が後ろに飛んで、間合いをとった。
十兵衛が跳ねるようにたちあがり、その影を追う。
小袖の袖を翻しつつ、普賢丸は本堂から境内へと階を走りおりる。
そこで蜘蛛の巣に囚われている、照潤、穂波、箏太郎の三人を普賢丸が人質にしなかったのは、剣技に自信があるからか、十兵衛に追われて余裕がなかったからか。
普賢丸は舞うように境内の中ほどまで進むと、くるりと身を回転させて、追ってくる十兵衛にむきなおった。
両腕を広げる奇妙な構えの普賢丸に、左の眼帯をはずした十兵衛は八双の構えでにじり寄る。
間合いにはいった瞬間、十兵衛は三池典太を振りおろす。
普賢丸はひょいと跳ねて鋭い斬撃を躱した。まるで兎が狼から逃げるようだ。
返す刀で斬りあげる十兵衛だが、普賢丸はしなやかに腕を振って、たやすく受け流してしまう。
十兵衛は、斬りさげ、突き、薙ぐが、普賢丸はこともなげに躱し、受け、いなす。
ふたたび八双に構えた十兵衛は、琥珀の右目と真っ赤な左目で普賢丸を睨んだ。
――この少年、尾張柳生四天王に勝るとも劣らぬ剣の使い手。
前髪もまだおろしていない小童と侮っては、痛烈な反撃を喰らう。
十兵衛の戸惑いをよそに、普賢丸が動いた。
ふっと気軽な調子で、身を乗りだす。
それに反応して十兵衛が刀を振るおうとすると、するりと身を引き、十兵衛がはっとして腕をとめると、今度は素早く踏み込んでくる。
十兵衛の反射神経をからかうような動きで、懐に入ってきた。
横に薙いでくる刀を、十兵衛は身を捻りつつ、後ろに飛んで、なんとか躱す。
が、気がつけば、着物の胸元が三寸ばかりも裂けていた。
普賢丸がさらに追ってくる。
片手持ちの刀を、凄まじい速さで突いてくる。残像がいくつも重なり、刀が十数本にも見えるほどの速さだ。
十兵衛も、常人離れした速さで刀を払って応じるが、しだいに押されてきた。
怪鳥のような気合いを発して、普賢丸が渾身の突きを放った。
十兵衛はなんとか受ける。
刃と刃が、ぎりぎりと音をたてて重なり、鍔どうしがぶつかり合ってとまった。
鍔迫り合いの状態で、普賢丸の刀が圧してくる。線の細い体つきの普賢丸の、片手で持っているとは思えぬ力だ。
十兵衛は、奥歯が割れるほど噛みしめて、耐えた。




