七之三
そこへ権平が茶を盆に乗せて戻ってきた。
湯呑みを十兵衛の前に置きながら、権平がおずおずと言った。
「あの、お連れのかたがおふたり、いらっしゃいましたが」
「ああ、きたか」と十兵衛は茶をすすった。「かまわないから通してください」
まるで自分の部屋に友達を呼ぶように言う十兵衛に、兵庫助は顔をしかめた。
現れた穂波と照潤は、丁寧にお辞儀をして兵庫助に名乗った。
「ふたりとも旅の連れの者です」と十兵衛は兵庫助に紹介して、ふたりに訊いた。「ずいぶんよい頃合いに現れたけど、奇遇というわけではないんだろう?」
「ええ」と穂波が頷いた。「おとといに私たちは城下に到着してたのよ。それで、このお屋敷を見張っていたというわけなの」
「そんなことだろうと思っていた」
「ずいぶんご到着がおそうございましたので、おふたりの身になにかよからぬことがあったのではないかと、気が気ではありませんでした」照潤の声にはちょっと嫌みが含まれている。
「待たせて悪かったね。途中の決闘で妖力を使いすぎて、ふつかばかりも寝込んでしまってね」
「ええ、その敵のことですが」と照潤が言った。「こちらはふたりで界嶄と名乗る僧侶を倒しました」
「小夜の中山峠で幻術を仕掛けてきた者だね。ということは、残っている敵は、芦津普賢丸という若衆ひとりということか」
「では、その普賢丸が現れるのを待つわけね」穂波が訊いた。
「いや、それに関しては、ひとつ手がある」
「ならぬと申しておる、鞘花」兵庫助が厳然とした声でとめた。
「されど、私が名古屋に到着したのに機を合わせるように、中納言様が鷹狩りを催される。これは、私を誘っているように思われるのです」
「なにゆえ。お前が目的ならお城に呼びだせばすむ話ではないか」
「私に銅鏡を差し出せと迫り、拒めば、私を葬ってでも奪い取るおつもりでしょう。しかし、殿中で私を手打ちにするわけにもいきますまい。そのときは、私も手向かいいたします。そうなれば、斬り合いになりますから」
「御殿を血で汚すわけにはいかぬでのう。にしても、鷹狩りなどと大仰な仕掛けをするものだろうか」
「それは私も思うのです。私をおびき寄せるだけなら、野掛でも馬の遠乗りでも充分のはず。はばかりながら中納言様のお考えを推察すれば、大勢で私を囲んで迫るというだけのおつもりなのかもしれません」
「人数をそろえれば、お前の逃げ道もふさぎやすくなるか。なんにせよ、わしは鷹狩りには呼ばれておらぬ。何かあっても助けてはやれぬぞ。覚悟はあるのか?」
「もちろん。叔父上がいないほうが、やりやすうございますから」
十兵衛と親戚というだけで、兵庫助が後に咎めを受けないともかぎらないのだ。十兵衛が乗り込んだその場に兵庫助がいたらなおさらである。
十兵衛は、にやりと笑みを浮かべた。
「この十兵衛、叔父上になりかわって、中納言様に苦言をていしにまいります」
兵庫助は、しかめっ面だ。
「さて」と十兵衛は手を揉み合わせた。「楽しくなってきたぞ。今夜はじっくりと、明日の計画を練るとしよう」
「まさか鞘花、この屋敷に泊まるつもりではあるまいな」
「かまいませんでしょう。ほら、あのように庭の片隅に立派な離れ家も見えますぞ」
「はあ」と溜め息をひとつ。「勝手にせい」
兵庫助はあきれたように言って、額を撫でたのだった。
「さて」
二の丸御殿の書院で、広大な庭を眺めながら、徳川義直が不安そうな声でつぶやいた。
「その柳生の女十兵衛、明日の鷹狩りに姿を見せるものかどうか」
「ご懸念にはおよびませぬ」
背後に控えていた芦津普賢丸が言った。女子のような穏やかな声音である。
「かの者は必ずや現れます。自分をおびき寄せるために仕組まれた鷹狩りであると、重々承知のうえで、です」
「なんとしても、信玄の銅鏡、我が手に入れたいものよ」
「必ずや、中納言様のご期待に沿って御覧にいれます」
「されど六道冥衆、六人のうちすでに五人も倒されてしまっておるではないか」
「まことに無念の極み。しかれども、それがしひとりで必ずや女十兵衛を討ち果たしてみせまする」
「できるのか」
「私は、けっして、負けませぬ」
普賢丸の、ただの自信過剰とも思えぬ、何か含みのある言い様である。
うむと義直は大きく頷いた。
「期待しておるぞ、普賢丸」
「ははっ」




