七之二
十兵衛は静かに話し始めた。
「ひと月ほど前のことです。ここにいる萩野箏太郎の家が襲われました。襲ってきたのは、名はわかりませんが、妖魔を操る顔立ちの整った少年でした。その者は、箏太郎の家が代々守ってきた銅鏡が狙いでした。それが武田信玄由来の物だとわかりましたので、銅鏡をくださった松姫様由来の信松院を訪ねると、今度は六人の剣客たちに襲われたのです」
それが自分にかかわりがあることだとは、兵庫助にはまだわからない。いささかいらだたしげな様子で眉根を寄せて話を聞いている。
「男たちは六道冥衆と名乗りました。言動から、その者たちが尾張の藩士であるとわかりましたので、首魁を討つべく八王子から東海道にまわって、ここまでのぼってきたしだいです。六道冥衆と名乗った者たちは、ひとりは先の若衆、ひとりは僧侶、残りは、鵜戸李介、城咲弼真、美倉董之進、石鎚弾右衛門。尾張柳生四天王の面々」
聞いているうちに兵庫助の眉尻が吊りあがってきた。そしてたまりかねたように、
「馬鹿を申せっ」金切り声をあげた。「我が道場の高弟がそのような盗賊まがいのまねをするものかっ」
「平生ならば、そうでしょう。されど、彼らには妖魔が取りついておりました。おそらくは、妖魔の魔力に毒され、邪気を増大させ、悪行に走ったのでありましょう」
「で、お前が今ここでこうしておるということは、四人はもう……」
「討ちました」
「六道冥衆、全員を討ち果たしたか?」
「若衆と僧侶のどちらか、または両人が残っております」
「尾張の家臣たちが徒党を組んで、信玄の銅鏡を狙うなど、にわかには信じがたい話ではあるが」
「叔父上にはひと言でよろしいですので、お答えいただきたい」
「なにをじゃ」
「一連の騒動に加担しておられるか、いなか」
「するものか」兵庫助は即答した。「鵜戸たち四人は、殿(徳川義直)の御用を仰せつかり、しばらく顔を見ておらなんだが、まさかそのようなことをしておったとは、思いもせなんだ」
「中納言様から御用を仰せつかったと?」
「黙れ、それ以上申すでない、鞘花」
「中納言様おんみずから六道冥衆を指図しておられたということになりますね」
「申すなと言っておる」
「そのお口ぶり。なにか心当たりがおありですね、叔父上」
兵庫助は腕を組み、目を閉じると深く溜め息をついた。
「ここ最近、殿は芦津普賢丸という美童を絶えずかたわらに置き、時々なにやら密談しておるという。城中ではもっぱらの噂じゃ」と眉間の皺を深くして、「真実、殿がそのような悪業に手を染めておわすなら……」
「お諫めするのが臣下の道でございましょう」
「いや、殿がたとえ魔道に堕ちようとも、地獄の底まで随従するが臣下の道」
「なにをおっしゃいます、叔父上」
「殿には殿のお考えがおありなのだろう」
「はてさて、叔父上は我が父に嫉妬しておいでです」
十兵衛がやにわに話を変えたのを、兵庫助は訝しそうな顔で見た。
「柳生家嫡流にありながら、公儀(幕府)ではなく、御三家とはいえ一藩にすぎぬ尾張に召し抱えられ、父に対する妬心を鬱々と募らせておいでです。そのお心は、右大将様(徳川家光)を妬む中納言様と同じ。中納言様が次の公方様になられた暁には、我が父に取って代わり、叔父上こそが将軍家兵法指南役になられようとの魂胆でございましょう」
「抜かしたなっ」兵庫助は噛みつきそうな目で十兵衛を睨んだ。「その無礼な口を二度ときけなくしてくれようぞっ」
「鞘花の見当違いと仰せならば、是非にでも中納言様にご諫言ください」
「まだ申すか」
「叔父上ができぬと仰せなら、私が説得いたします。どうか、中納言様にお目通りかないますよう、お取りはからいください」
「馬鹿を言え。だいいち、殿は明日から、鷹狩りに出られる」
「ほう」
十兵衛の隻眼がきらりと光り、口辺にやりと笑みを浮かべた。
敵の首魁が尾張権中納言義直だと判明して尻込みする十兵衛ではない。相手が強大な権力をもっていればいるほど、逆らってみたくなる。横溢する反骨精神を押さえきれぬ、不敵な笑みだ。
しまった、口が滑ったと、兵庫助は狼狽した。
「む、ならん、ならんぞ、鞘花」




