六之二
十二人の雲水は、土手づたいに十兵衛と箏太郎のほうへと、そろりそろりと歩いてくる。
十兵衛は、腰を落とし、大刀の柄に手をかけている。
その十兵衛に、十間ほどの所まで近づくと、一斉に、地を突いていた錫杖を横にし、左右に引き抜いた。直刀がギラリと五月の陽光を反射する。仕込み杖であった。
雲水たちは、息を合わせて散開し、静かに刀を構えると走りだした。
地を揺らし、足音をそろえて、黒い集団が土石流のように押し寄せる。
十兵衛は刀を抜き、迎え撃つ。
敵のほとんどが十兵衛へとむかうなか、わずかふたりだけが、箏太郎にむかう。
先頭の雲水が、十兵衛へと刀を振るう。
上段からのその一撃を、十兵衛は受けとめる。
そこに、横合いから別の雲水が突きをいれてくる。
後ろに跳ねて躱した十兵衛は、
「箏太郎、自分の身を守ることだけを考えて」
と背後の少年に助言をあたえた。
この敵は、かなりの手練れぞろいのようだが、剣術が未熟な箏太郎でも、防御に徹しさえすれば、時間を稼げる見込みはあった。その間に、周りの敵を排除して、十兵衛が助けるしかない。
いつの間に回り込まれたのだろう、後ろから襲ってきた一撃を、十兵衛は黒合羽を翻しつつ躱し、首元を峰で打って昏倒させた。
――この敵は、尾張の刺客ではない。
十兵衛にはそう思えた。
彼らの体からは、妖気は感じられない。太刀筋は、闘い慣れしたものであったが、至極常識的なものだ。だが、ただの剣術でもない。
――忍……。まずまちがいなく、公儀隠密。
であれば、命を奪ってしまうと、あとあと面倒になる。
十兵衛の父宗矩は、将軍家剣術指南役である。十兵衛は公儀に属しているわけではないが、殺してしまうとあとが面倒ではある。
だが、相手はこちらの命を奪う気で襲ってくる。
前方から、ひとりが刀を振る。と見せかけて、刀を引いた。その背後から、別の雲水が飛びあがり、前の男の肩を蹴って、上空から十兵衛に刀を振りおろす。勢いと体重の乗った凄まじい一撃だ。
だが、十兵衛は躱しも受けもせずに、真上に飛んだ。
間合いを狂わされた雲水は、刀を振りおろしきる前に、十兵衛の峰打ちを腹にくらって、もんどりうって地に落ちた。
着地した十兵衛は、前にいる男の頭を網代笠の上から打つ。ぐらりと体を揺らして、その男は倒れた。
十兵衛の後方からは、刃が打ち合う音が聞こえてくる。とすれば、まだ箏太郎は無事だということだ。
十兵衛は、前方にいる男にむけて走った。
雲水が刀を横に薙いで迎撃するのを、しゃがんで躱し、柄頭をみぞおちに叩きこんだ。
右横にいた、刀を振りあげた男の腹を蹴って突き飛ばし、くるりと独楽のように回って左にいた男の首筋を打つ。
のけぞって倒れる男を確かめもせず、その横にいた男の脇腹を打つ。
蹴り飛ばされた男が体勢を立て直し、走り寄る。
十兵衛は刀で扇のように弧を描いて一閃、相手の肩を打って気絶させた。
即座に振り返った十兵衛であったが、そこにいるはずの敵の姿が見えなかった。
しまったと思ったときには、背後から脳天めがけて刀が振りおろされていた。
だが、その刃が十兵衛の頭に届くことはなかった。
その雲水は呻き、首筋から血煙をあげ、十兵衛の視界を真っ赤に染めた。
なにが起きたのか――。
十兵衛が振りむくと、ふたりの雲水が立て続けに袈裟懸けに切り倒されていた。
倒したのは、侍であった。
返り血を浴びた筋骨隆々の侍が、血をしたたらせた刀をさげて十兵衛を見た。
手にしているのは、異様な長さの大長刀だ。
その男が何者か確かめもせず、十兵衛は箏太郎のほうへと走った。
箏太郎を襲っていたひとりが振りむいた。瞬間には、十兵衛の峰打ちが首元に入っている。
必死な形相で、箏太郎は、雲水の刀を受け、弾いている。その雲水の背後から、十兵衛が首筋に峰打ちをいれると、雲水は膝から崩れ落ちてゆく。
十兵衛が、先の侍に振りむいたときに、ちょうど背後で雲水が地に倒れる音がした。
男は、物干し竿のような大長刀に拭いをかけて、鞘に納めている。
――あれは、六道冥衆のひとりではないのか?
十兵衛は油断せずに、男を睨んだ。
男は口の端を歪めた。
「加勢してやったのに、礼のひと言もなしか?」
「感謝はするが、助けてくれたわけを知りたいな」十兵衛が答えた。
「お前は俺の得物だ。俺が狩る前に、こんなちんけな奴らに狩られてはつまらんからな」
十兵衛は答えずに、じっとりとした目で男を見た。
「ここで勝負してもいいのだが」男は続けた。「果たし合いはもっと風雅な場所でしたいものだ」
男の彫りの深い顔に余裕の笑みが浮かんだ。
「明後日の明け六つ、浜名湖村櫛の浜でまつ。露ほどの油断も命取りになる。覚悟してかかってこい」
十兵衛の返事も聞かずに、男は踵を返した。が、顔だけを振りむけて、
「おっと、忘れていた。俺は石鎚弾右衛門という」
そう名乗って、悠々と歩き去ってゆく。
十兵衛は、柄を握る手にも背にも嫌な汗をかいていた。
石鎚の体から溢れでる気迫が、十兵衛をひしひしと圧していたのであった。




