一之二
十兵衛は三池典太二尺二寸の切っ先を天にむけ、右肩に柄を引き寄せた。八双の構えである。
と、背後から声が聞こえた。
「こ、これはいったい?」
起きあがって十兵衛と背中合わせになって刀を構えた男の声が震えている。いや男というにはまだ若い声をしている。声変わり途中のがらがらとした声だ。
「あなた、名は?」訊く十兵衛に、
「萩野箏太郎」
「箏太郎殿、落ち着いて。このくらいの低級の妖魔ならあなたでも倒せるから。剣術は?」
「五年」
「充分よ」
そう話している間にも、骸骨兵たちはひたひたと押し寄せてくる。
十兵衛が気合声とともに刀を振りおろし、正面の骸骨兵を真っ向から斬りさげた。骸骨兵は脳天から背骨を裂かれ腰骨まで真っぷたつに割られ、ばらばらになって崩れ落ちてゆく。
箏太郎も刀を振るったが、踏みこみが甘く、骸骨兵の左手をかすめた程度であった。
左右の骸骨兵が、十兵衛に迫りつつ、錆びた刀を振り回す。右から横薙ぎに振られる刀を十兵衛は弾きあげ、返す刀で左の骸骨兵の首を切り落とし、さらに回転して先の敵を粉砕した。
そのむこうにいる普賢丸にむけて十兵衛は踏みこんだが、背後で悲鳴が聞こえた。悲鳴に意識を削がれつつ振るった刀を、普賢丸は後方に跳ねて躱した。軽く跳ねたように見えたのに、三間(五メートル半)も間合いを離された。
後ろの悲鳴は、実際は箏太郎があげた気合声であったが、声が上擦っていたのだ。箏太郎はすでに型が乱れている。敵の動きを見定めず、闇雲に刀を振っている。
初めての実戦なのだろう。しかも相手がこの世のものではない妖魔の群れだ。平常心を失ったとて無理もない。
十兵衛はさらに迫りくる骸骨兵に警戒しつつ、数歩さがって、箏太郎に身を寄せ、背と背をぴたりと合わせた。十兵衛の温もりを感じたせいか、箏太郎は冷静さを取り戻した様子だ。
骸骨兵がふたりに押し寄せる。
正面の骸骨兵が振る刀を受けとめようとせず、十兵衛は刀を振るった。刃と刃が打ち合い、敵の錆びた刀は簡単になかほどで折れ、刃先が暗い虚空へと跳ね飛んでゆく。刃先が地面に落ちるよりも早く、十兵衛はその骸骨兵を肩口から反対側の脇まで斬り裂いた。そうして身を翻し、別の骸骨兵を斬りさげる。さらに体を回して、後ろの一匹を上下に二分する。
背後から振りおろされた刀を、後ろに目がついてでもいるかのように、十兵衛はひらりと躱し、振りむきざまにそいつの頭蓋骨を割った。
十兵衛の右目に、箏太郎が一匹を切り倒した姿が映った。ひと息ついた箏太郎の背後から、骸骨兵が襲いかかる。襲いかかった骸骨兵を十兵衛は背中から両断し、大地を蹴って飛びあがると、最後の一匹を袈裟懸けに斬り倒した。
乾いた音を立てて崩れる骸骨を見つめ、はっと吐息をついた十兵衛の耳を甲高い哄笑が打った。
振りむけば、普賢丸が燃える家を背に、美しい顔をいやらしい笑みで歪めている。
「まさか、女十兵衛が現れようとはな」普賢丸は言った。「凡俗相手と侮って、我ひとりできたのが失敗であった。されど、次はこうはいかぬぞ。近いうちにまた会おう。油断するな、柳生十兵衛」
言い終わると同時に、普賢丸が跳ねた。普賢丸の体は、燃え盛る炎より高く飛びあがり、夜空に吸いこまれるように消えていった。
「いかなる手合いか?」
数々の妖魔を打ち倒してきた十兵衛でさえも、背筋が寒くなるような嫌な妖気を纏った少年であった。
――あれはおそらく、強力な妖魔が憑依している。
そう思えた。
信州諏訪へ妖退治にいった帰り道に、またこんな騒動に出会うとは。妖魔に魅入られている自分の運命に、つくづくうんざりする十兵衛であった。
「箏太郎殿、心当たりはある?」
箏太郎はうなだれて、ただ首を左右に振るだけであった。
「いったい何があったのか、教えて」
そう十兵衛が訊いたとき、周辺の家の者たちが田畑を突っ切るようにして集まってきた。
一番早くに着いた中年の侍が、
「箏太郎、大丈夫だったか。仙之助殿はご無事か?」
その問いかけにも、箏太郎は首を横に振るだけであった。
家は一晩中燃え続けた。
土地の家々は間隔が離れていたので、無理に消すことはせず、裏の森にだけは延焼せぬよう、燃え尽きるまで皆で見守っただけであった。
そうして、朝になって、まだそこかしこに燠が燻る家の焼け跡に箏太郎ははいってゆき、居間の辺りだろうか、広い部屋の跡で、炭になった柱や板をどかして、何かを見つけると拾いあげた。
日のもとで見る箏太郎は、顔丸く、目は優しげで、丸い鼻にふっくらとした唇、頬には赤い面皰がいくつかあった。心優しげな少年に十兵衛には見えた。
「これが、ことの発端です」
そう言って十兵衛に見せたのは、手のひらほどの丸い板状のものだった。
青銅の鏡であった。
箏太郎はそれをぎゅっと握りしめ、騒動のいきさつを語るのだった。




