五之七
照潤は武器である樫の棒を拾いあげると、即座に界嶄に詰め寄った。
詰め寄りつつ振りおろした棒を、界嶄は錫杖で弾いた。大地を蹴って間合いを離した界嶄は、触手のような蔦を操って、照潤を絡め取ろうとする。
だが、背後から穂波の巨大十字手裏剣が飛んできて、蔦を次々に刈り取ってしまう。
界嶄は照潤が繰りだす棒の攻撃を受け流しながら、飛んで帰ってきた巨大十字手裏剣を避けた。
「むう」
冷や汗を流しながら、界嶄は唸った。
先ほどまでは余裕で女たちをいたぶっていたのに、たちまち追い詰められてしまった。
そもそも、界嶄の操る古椿は戦闘むきの妖魔ではない。敵を惑わし、仲間が標的を討ちやすい状況を作りだすのが本来の役割だ。
今ここに攻撃を得意とする仲間がおらず、戦闘の経験もほとんどない界嶄がひとりで照潤と穂波に挑んでいることは、すべて、あの多摩の森でおこなった順番決めのくじのせいだ。
しかれども、界嶄にも意地がある。
あの生意気な尾張柳生の剣客たちに吠え面をかかせるためにも、奮起せねばならなかった。ゆえに、得意とする幻術をもって十兵衛一行を分断し、ひとりひとり始末してゆくつもりであったのだ。
しかし、いざ女を好きにできると気づくと、むくむくと頭をもたげる煩悩にあらがいきれず、色欲を満たすまで手籠めにしてやろうという気になってしまった。そこに油断も隙もできてしまうことに気がつかなかったのは、やはり戦士としての資質もなければ修練を積んだわけでもない、一介の僧侶だったからであろう。
照潤の横薙ぎの一閃を錫杖で受けた界嶄は、左の袂から数本の蔦を伸ばして、鞭のように振るう。
とっさに受けた照潤の棒に、蔦を絡みつけた。
このまま棒を奪い取ってしまえば、いくら棒術が得意とはいえ、女であることに変わりはない。素手相手なら、膂力で勝る男の界嶄のほうが有利だ。
だが、棒に絡みついた蔦は、飛んできた巨大十字手裏剣に刈り取られてしまった。
「ちょっと、穂波さん。私もいるんですから、もうちょっと気をつけて手裏剣を投げてください」
文句を言う照潤であったが、穂波はまるで聞こえなかったような顔をしている。
照潤は、このまま押しきれると確信していた。
棒では防ぐのが困難な蔦は、穂波が切ってくれる。
気合いとともに、照潤は飛んだ。肉置き豊かな体とは思えぬ敏捷さであった。
防ぎきれなかった界嶄の脳天に棒が当たる。
剃りあげた頭から血を流しつつも、界嶄は倒れない。
続けざまに照潤は棒を振るう。
脇や肩を棒で打っても、界嶄の体は崩れない。
意外なほどの頑強さであった。
しかし界嶄はよろめいた。
そうしてくるりと身を翻すと、走った。
照潤に背を見せるのもかまわず、恥も外聞もないといった格好で走った。
横合いから、巨大十字手裏剣が襲ってきても、まろぶように避ける。
走りついた先は、あの椿の巨大花である。
界嶄は跳躍し、花弁のなかに身を沈めた。
「ふふふ。拙僧は負けた。されども、これで終わりではないぞ。捲土重来を期し、必ずや、お主らを御仏のもとへと送ってくれるわ」
花弁が閉じてゆき、界嶄はそのなかへと没していった。
走り寄った照潤が花弁の上から棒で叩きつけるが、弾力のある花弁に阻まれ、まるで界嶄には痛撃をあたえられない。
しかも、攻撃をあたえるたびに、ますます椿は霧を放出する。
「逃がしはしませんッ!」
照潤の焦慮をあざ笑うように、界嶄を包みこんだ椿が霧のなかへと溶けていく。
「く、無念」
なかば諦めかけた照潤であったが、
「オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バザラ・ウン・ハッタ!」
真言が聞こえ、視界の端に一条の稲妻が閃いた。
いや稲妻にあらず、穂波の巨大十字手裏剣である。
降三世明王の真言によって、法力を得た巨大十字手裏剣は、妖魔古椿の根元を斬り裂いて飛び去る。
とたん、凄まじい悲鳴があがった。
界嶄のものであるか、古椿のものであるかはわからぬ。
閉じていた花弁が弾けるように広がり、なかから界嶄が飛びだした。
「えいッ!」
照潤が棒を突きだした。
みぞおちをしたたかに突かれ、弾き飛ばされた界嶄は、地面に転がる。
だが、気力を振り絞るようにして、立ちあがった。
しかし、立ちあがりきることはできなかった。
虚空を戻ってきた巨大十字手裏剣が、その首をすっぱりと切断したのだ。
断末魔の叫びをあげる暇もなく、界嶄の頭は地に転がり、斬られた首の断面からは噴水のように血が噴きだした。
血煙のなかで、倒れた体は川に落ち、流されて、やがて滝壺へと飲みこまれていった。
黒い靄となって消えてゆく古椿を見ながら、照潤は吐息をついた。
穂波を見ると、白い肌をあらわに、ひと仕事終えた満足げな顔で立っている。
照潤は、穂波の裸を見、自分も裸であることにようやく気づき、頬を赤らめたのだった。




