五之六
照潤は、白い肌を界嶄の蔦の鞭に打たれながら、思わず漏れでそうになる呻き声を喉の奥でこらえて、穂波の様子をうかがっていた。
――いったい穂波さんは何をしているの?
照潤は穂波への不信感を募らせた。
先日、三保の松原で牢人西村の妻お絹に羽交い絞めにされたときは、蛇のようにするりと抜けだしたではないか。なぜそれをやらないのか。蔦の緊縛から抜けだすなら、界嶄の意識がこちらにむいている今こそ、絶好の機会ではないのか――。
しかれども、穂波は穂波で考えを巡らせていたのだ。
先にお絹に捕まったときは、後ろから両脇を抱えられていたにすぎなかった。お絹がまるで戦闘の経験がなかったこともあり、両肩の関節をはずしただけで、するりと抜けだせたのだ。
だが、今回はわけがちがう。
両手首、両足首、腹の五カ所を縛られている。
手首足首は、関節をはずせばいいだけの話だが、腹はそうはいかない。いくら関節を自在にはずす忍術の修練を積んできた穂波であっても、さすがに、肋の骨までははずせない。
しかも、蔦を伸ばしている巨大椿は、おそらく界嶄とも妖気でつながってもいるのだ。穂波が脱出したとなれば、すぐに気づいてしまうだろう。
――しかたがない。
穂波は唇を噛んだ。
やりたくはないが、あの技を使うしかなさそうだ。あれは、気力と妖力を大量に消耗するから、使ったあと疲労困憊になるのだ。まさか、敵がいるというのに、十兵衛のように倒れてしまうわけにはいかない。体がもってくれればよいのだが――。
心を落ち着け、術へと己の体を導くため、穂波は目を瞑り、小さく真言を唱える。
「オン・キリク・ギャク・ウン・ソワカ。オン・キリク・ギャク・ウン・ソワカ。オン・キリク・ギャク・ウン・ソワカ……」
象頭人身の神、歓喜天の真言である。
照潤の意識が混濁してゆく。素肌を打たれる痛みと、男に裸体を見られている羞恥によって。
が、ふいに我に返った。
視線の先に見える穂波の白い裸体が、ますます白さを増してゆくのだ。まるで表皮が固まってゆくようにさえ見える。
――あれは……?なんと面妖な。
怪訝な顔で摩訶不思議な光景に目を凝らした。
やがて、穂波の白く固まった皮の背中がぴしりと破れる。
その裂け目から、新たな白い体がぬるりと生まれてくる。
――あれは脱皮に見える。
まるで、蛇や蟹が古い皮を脱ぎ捨てるように……。
まるで、蝉や蝶が羽化するように……。
照潤は、鞭で打たれる苦痛も裸でいることの羞恥も、一時忘れるほど驚愕した。
――忍者は不思議な術を使うと言いますが……。
今目の前で繰り広げられている光景は、人間業とはまったく思えない。まるで、妖か何か、人知を超えた現象だ。
――穂波さん、あなたはいったい?あなたにも妖魔が取りついているのではないの?
蔦に縛られた人型の殻を残し、穂波は、抜けだした。以前よりも白い、透き通るような肌となって、音もなく、するりと地上に飛びおりる。抜け殻のおかげで、蔦は穂波を捕らえたままだと錯覚しており、界嶄が気づくこともない。腹を縛る蔦から抜けられたのは、脱皮直後の生物の体が柔らかいのと同じで、穂波の体も柔らかくなっていたからだ。
――けれども、穂波さんは何をしているの?
照潤に背をむけて、脱がされた着物が落ちている地面にかがんだまま、まるで動かない。
だが、照潤が不信感を募らせたのは、数回呼吸する程度の短い時間だった。
振り向き、立ちあがった穂波の手には、十字の奇妙な武器が握られていた。
それは、穂波が常から持ち歩いていた四本の短刀の柄頭を組み合わせたものであった。刃渡り九寸五分で柄の長さが三寸あまりの短刀四本で作られた、幅二尺五寸(七十五センチ)ほどの巨大十字手裏剣である。
穂波の体がしなるように仰け反り、仰け反った反動を使って巨大十字手裏剣を投げた。
巨大十字手裏剣は、ぶんぶんと唸りながら、界嶄の頭を目がけて飛ぶ。
界嶄が異様な風切り音に気づくとともに、しゃがみこむ。瞬前まで頭のあった空間を、巨大十字手裏剣が飛び過ぎる。手裏剣はそのまま照潤の脚を縛っていた蔦を切断し、照潤は体を地面にしたたかにうちつけた。
巨大椿の蔦と栗の木の枝を斬り裂き、飛び去っていった巨大十字手裏剣は、ブーメランのごとく弧を描いて、主のもとへと戻ってゆく。
手元まで戻ってきた巨大十字手裏剣を、穂波は大きな乳房を揺らしながらつかんだ。もちろん、修練を積んでいるから、刃を握るようなことはしない。回転を見極めて、柄の部分をうまくつかんだのだ。




