五之五
照潤は、草をかきわけかきわけ、森のなかを、人の気配のするほうへとむかっていった。
気持ちを落ち着けるために唱えた般若心経だったが、意外な効果があった。
十兵衛や穂波のような討魔剣士、討魔忍者が唱える真言ほどの威力はなかったが、魔力で作られた霧と幻の迷路を取り払うくらいはできた。
気配に近づくとともに、照潤は足音を忍ばせる。
落ち葉の積もった樹々の間を、足音をたてずに歩くのは難儀であったが、慎重に歩を進めた。
幸い、近くを流れる川の音が足音を消してくれている。川音というよりももっと大きい、おそらくどこかに滝があるのだろう。
その瀑声に紛れて、人声が聞こえてきた。
花が青臭い匂いを発している栗の木に身を寄せて、花咲く躑躅の陰に隠れて様子をうかがうと、そこは、川のほとりの少し開けた場所で、両手を縛られて吊るされた穂波の姿があった。
穂波は、一糸まとわぬ白い体を木漏れ日のなかに曝していた。ぬがされた着物はすぐ側に短刀とともに落ちている。
裸の穂波を前に錫杖をもって立つのは、六道冥衆のひとりである僧侶だ。
そして、数間離れた場所には、人の体ほどもある真っ赤な椿の花が咲いていた。通常の椿とは明らかに違う。数枚の巨大な葉が地面から生え、その葉を座布団のようにして花が咲いているのだ。椿というよりも、東南アジアに咲くラフレシアのようだ。
巨大椿はまるで息をするように動いている。花弁を開いて息を吸い、花弁を狭めて息を吐く。息とともに、花粉のように吐きだされるのは、真っ白な霧であった。迷路の幻を見せていた霧はここから発せられていたのだ。
葉の下からは血管のように蔦が地面に這っていて、その蔦が穂波の手足や体を縛り、吊るしあげられ、脚を広げられて、恥部を僧侶に開帳しているのだ。
この花は椿に見えてはいるが、照潤が知っている椿とは明らかに別の植物であった。いや、植物であるかどうかも疑わしい。
「なんというけしからん肉体をしているのか」
そう言って僧侶は手にもつ錫杖で穂波の乳房を小突いた。幼さの残る顔に似合わぬ豊満な乳房が、ふるりと揺れる。
「仲間を見捨て、ひとりで拙僧に挑んできたのは、手柄欲しさの抜け駆けか?」
「ふん。あんたなんか、私ひとりで充分だからよ」
「強がりを言いおってからに。しかし、網の目のように張り巡らせておいた蔦に捕まるとは、みじめなものよのう。お前のようなけしからん肉体をもつ娘は、折檻するにかぎる」僧侶は、錫杖を振り、力いっぱい穂波の桃のような尻を叩く。「ふうむ、悲鳴さえもあげぬとは、見上げた根性である。されど、古椿の力を操る、この界嶄に挑んでくるとは、笑止千万よな」
たくましい体をしてはいるが、腹の出た中年の青入道は笑った。
話を聞きながら、穂波を助ける機会をうかがっていた照潤であったが、
――網の目のように張り巡らせておいた蔦……。まさか?
と気づいたときには、足に何かが絡みつき、そのまま吊りあげられてしまっていた。
はっとして振りむいた界嶄、
「やや、これはまた大きな鼠が網にかかりおったぞ」
と照潤のほうに足をむけた。
照潤は逆さの状態で栗の木の枝に、両足をV字に広げられて縛られ、なんともあられもない格好だ。
「くノ一の次は尼僧であるか」
界嶄が照潤の前までくると、蔦がまるで人の手のように動いて、照潤の僧衣を脱がしてゆく。たちまちゆで卵の殻をむくように着物を剥ぎとられ、肉づきのよい体を界嶄に披露することになってしまった。
界嶄は太い眉の下の丸い目をぎょろりと動かして、値踏みするように照潤を見た。いやらしく、白い肢体を舐めるように視線を這わせる。なにか本当に舌で舐められている気さえするほどの視線の強さであった。
「この女も、尼のくせにけしからん肉体をしておる。お前のような滅法界な肉体の女は、拙僧が御仏に代わって仏罰をあたえてくれるわ。この煩悩魔めがッ!」
界嶄は錫杖を地に突き立てる。すると、僧衣の両の袂から、幾本もの蔦がにょきにょきと伸び出てきた。
「それッ、そうれえッ!」
界嶄が腕を振ると、蔦が鞭のようにしなり、照潤の体を打った。
鞭に打たれるたび、照潤はもがく。もがけばもがくほど、乳房が揺れ、それが界嶄の快感と嗜虐性を刺激し、なお一層、蔦の鞭を振るう力が増してゆくのだった。




