三之七
読心術という特異な技能をもちながら、それでも罪のない人間を従属させ、十兵衛一行に潜入させ、今こうして人質を取る。目論見を思い通りに成就せんとする、下劣で悪辣なこの城咲という男が、今、体を固まらせている。
素っ裸の十兵衛の腹の上に腰を落とし、膝で腕を押さえながら、視線はお絹に後ろから抱きつかれている穂波に釘づけになっているようだ。
「おいよせ、小娘」城咲の声はうわずっている。「そっちの尼僧の命がどうなってもいいのか?」
城咲はさらに穂波の心を読み続ける。その眉根に深い皺がきざまれた。
「なんということを……。お前、正気か。それでも人間かッ!?」
穂波が何を考えていたのかは、まるで見当がつかない十兵衛であったが、城咲が十兵衛の心を読んでいないことは見て取れた。どうやら、城咲は一度にひとりの心しか読むことができないらしい。
「十兵衛」と城咲は十兵衛に顔をむけた。「余計なことは考えるなよ。おとなしくしていろ」
穂波から十兵衛に意識を戻してそう言った、次の瞬間――。
「あっ!?」と城咲が甲高く驚愕の声をあげた。
自由になる首を捻って、穂波のほうを見た十兵衛も、いささか驚いた。
穂波が、まるで軟体動物にでもなったかのように、お絹の腕のなかから、ぬるりと抜け落ちたのだ。不意を突かれたお絹は何もできない。穂波は、砂浜に崩れ落ちたかと見えると、さらにぬるりとお絹の後ろに回りつつ、蛇が獲物に絡みつくようにして立ちあがった。そのまま、お絹を後ろから押し倒し、腕を後ろに捻りあげ、懐剣を奪い取った。
ほんの瞬きを二、三度するばかりの出来事である。
その数瞬を、絶好の機会とみた照潤は、唖然とする作左衛門の脾腹に肘を打ちいれると、刀を握る手を捻りあげて、砂浜に組み敷いた。
計略が破綻したと知った城咲は、たちまち動揺した。動揺して、十兵衛の手を押さえていた膝が浮きあがった。
十兵衛はさっと腕を伸ばし、自分の刀を掴む。
それに気づいた城咲は、十兵衛の心が読みきれなかったようだ、反射的に直上に飛びあがった。心を読んでいれば、いますこし別の方向に飛んで躱していただろう。
十兵衛は寝転んだ姿勢のまま体を捻って刀を振った。
悲鳴をあげて、城咲が十兵衛の足先の砂浜に落下した。
十兵衛は、腹を狙い弧を描いて薙いだのだ。だが、刀を振ると同時に城咲が飛びあがったものだから、切れたのは腹ではなく、脛であった。
それも、左右両方である。
城咲の膝元に、斬り落とされた二本の脚が転がる。
耳をつんざくような叫声を発して、城咲がのたうち回る。
十兵衛がゆらりと立ちあがった。
裸の、白い背中から尻にかけて、みっしりとへばりついていた砂が、ぱらぱらと落ちてゆく。
眼帯を跳ねあげ、隠れていた左目を、真っ赤に光らせる。
手にもつ三池典太を顔の前にかざす。
「オン・アミリテイ・ウン・ハッタ」
真言を唱えると、瞳に梵字が浮きあがり、赤い光が放射され、刀身を真っ赤に染める。
「よせぇ!」城咲が叫んだ。「赦してくれ。俺はもう駄目だ。この不自由な脚でいっしょう生きていかねばならぬ。もういいだろう、勘弁してっ、赦してくれっ」
十兵衛の唇が、にやりとゆがんだ。
顔に影を纏った、悪魔のような微笑みだ。
「わざわざ訊く必要があるのか?心が読めるのだろう?」
十兵衛の心を読んだ城咲が、顔を引きつらせて、じたばたともがき、
「ひいいっ」
喉の奥から、鳶が鳴くような悲鳴をあげる。
悲鳴が海岸に響き渡ったときには、十兵衛の刀の切っ先は、城咲の胸を突き抜け、砂浜に突き刺さっていた。
十兵衛が刀を引き抜くと、城咲の胸から鮮血がほとばしった。と同時に、どす黒い猿のような影が城咲の体から湧きあがり、断末魔の叫びとともに霧散していった。真っ青な天蓋へむけて霧のように血が噴きあがり、富士山を、不気味な赤富士に染めあげるようだった。




