三之五
走りくる敵にむかって、十兵衛も走りだした。
黒い砂浜に砂塵が舞う。
十兵衛は八双に構え、敵は刀をもつ右手をだらりとさげている。
互いの距離がたちまちのうちに縮まってゆく。
十間、五間、三間――。
間合いに入った、と見るや、十兵衛と男が同時に踏ん張って足をとめる。
渾身の力を込め、十兵衛は三池典太を振りおろした。
勢いの乗った一閃であったが、男は難なく刀を振りあげてはじいた。
続けざまに十兵衛は小手を狙って刀を振る。男はそれも、軽く受け流してしまう。
さらに十兵衛は下段から斬りあげる。男はつっと後ろにさがって躱す。
十兵衛も数歩さがって間合いをとった。
――これは……。
数合打ち合っただけで、十兵衛は相手の力量を見抜いていた。
この男はそうとうな剣の使い手だ。ひょっとしたら、尾張柳生でも屈指の腕かもしれない。気を引き締めてかからねばならぬ――。
十兵衛はふたたび八双に構える。
対して男は、刀を右手にもってさげたままだ。
――これはどうにも読みにくい構えだ。
男の次の動きが、まったく見当つかない。
「どうした柳生十兵衛」男が嘲笑を浮かべて言った。「この程度剣を交えたくらいで、たちまち当惑するとは。いささか、おぬしをかいかぶっていたかな」
十兵衛は答えず、相手の目をじっと見つめた。男は三十くらいに見えるが、細面で色は白く、実際の年齢よりも若く見えているかもしれない。
男は続けた。
「私は城咲弼真と言う。幼少より神童と巷間に噂され、師の兵庫助殿すらも一目置く、剣の逸材よ」
――いちいち気に障る男だ。
十兵衛は思った。絶えず浮かべている、人を嘲るような笑みも気に障るが、自分のことを神童だの逸材だの自慢げに語るのも気に障る。
「尾張柳生四天王随一と謳われる我が剣技を、とくと味わえ」
城咲の手がぴくりと動いた。
瞬間、機先を制するように、十兵衛は刀を振りおろした。
だが、城咲は軽く身を捻って躱してしまう。
十兵衛は刃を翻し、斬りあげる。
城咲は、何気ない調子で受け、いなしてしまう。
一閃、二閃、三閃と、十兵衛は軌道を変え、間合いを変え、狙いを変えて刀を振るうが、城咲はすべてを受け流してしまうのだ。
休むことなく、十兵衛は攻撃を続けた。
ふたりの刀身が陽光にきらめき、空気を斬り裂き、刃を打ち鳴らすが、十兵衛の攻撃はまるで相手に届かない。
「むう」
十兵衛は唸って、後ろに跳ねて距離をとる。
――これは何かがおかしい……。
神童だとか逸材だとかいうばかりの話ではない。
何かもっと、神秘的な力が働いているとさえ思えるほど、十兵衛の剣技が見切られている。動きがことごとく、相手に読まれているようなのだ。
――読まれている……?
まさか、と思ったとき、城咲の微笑む口の端がさらにゆがんだ。
「そう、そのとおり」城咲が十兵衛の心の声に答えるように、静かに言う。
十兵衛の背筋を悪寒が走り抜けた。
「私に憑いている妖魔は、覚という。読心術を使う妖魔だ」
――さあ、どうする。
十兵衛は自分に問う。
やはり相手は心を読んでいる。他ごとを考えるか、心を無にするか、攻撃を続けて隙を見つけるか?
「どれも無駄だ」
城咲が喉の奥で笑う。
「我が読むは心のみにあらず。おぬしの視線や筋骨、眉をかすかに動かしただけでも、次の行動を読みとれるのだ。攻撃を続けて隙を見つけるだと?無駄、無駄。天才の私が隙を見せることなど、けっしてない」
気がつけば、十兵衛の体全体から汗がどっと噴きだしていた。難敵を前に、心は動揺し、筋肉は緊張する。
――こちらの動きを読んで躱すだけでなく、隙を見つけて反撃もできるはずなのに、なぜ何もしてこない。私をからかってでもいるのか?
「まあ、そんなところかな」また城咲が心を読んで返す。
――ならば、私ひとりでなく、複数人で同時に攻撃すれば、どうだ。さすがに読み切れないかもしれない。
十兵衛は城咲に用心しつつも、身を捻って皆のいるほうを見た。
「あっ!?」
とたん、自分でも驚くくらいの声をあげた。
作左衛門が照潤を、お絹が穂波を、後ろから抱きすくめ、刀と懐剣を彼女らの首筋に当てているではないか。
そして、箏太郎は刀を構えながらも、おろおろと切っ先を震わせている。




