三之二
三島の宿に一行が到着したものの、すでに景色は赤く染まり、街道は旅人でごったがえしていて、宿をあたってみても、まるで部屋は空いていないのだった。
まさか高熱で倒れた柳生十兵衛に野宿をさせるわけにはいかない。十兵衛を背負った萩野箏太郎は、焦燥ばかりがつのって、つのればつのるほど、背中の十兵衛の重みが、ずっしりとのしかかってくる。
宿場はずれに古びた一軒の宿を見つけ、最後の頼みとばかりに敷居をまたいだ。
ちょうど到着したところなのだろう、式台で、夫婦と見える武家が足を濯いでいるところだった。
「ごめんください、部屋は空いていますでしょうか?」
照潤が訊くと、宿のおかみが、
「へえ、ひと部屋空いております」
と答えた。
「ひと部屋だけですか。困りましたねえ」
箏太郎が眉根を寄せた。女四人に男ひとりの一行である。女ばかりの部屋では、ひと晩ゆっくりと眠れない。
「このさい、いたしかたないんじゃないの」
さらりと言ってのけたのは、新しく仲間に加わったばかりのくノ一の穂波である。
「ひと晩くらいなら、あんたの隣でも我慢してあげるわよ」
いや、我慢するのはこちらなのだが、と思いつつ、箏太郎は、
「私は、布団部屋でも納戸でもかまいませんので」
なぜか申し訳なさそうに言うのだった。
そこへ、足を洗い終わった侍が、あのう、と声をかけてきた。
「男のかたは私の部屋で過ごされてはいかがだろうか。交代で妻をそちらの部屋に泊めていただけばよろしかろう。見れば、ご病人がおられるご様子。女手はいくらあっても足りますまい」
夫婦は見たところ四十なかばくらいで、牢人者と見える。着物はふたりともつぎはぎだらけだし、頬はこけて、髪はほつれっぱなしで、全体がくたびれた印象である。
一行は顔を見合わせて、すぐに頷きあった。
「では、お言葉に甘えることにいたしましょう」
照潤が侍に頭をさげるのだった。
部屋は六畳が隣り合っていて、間は襖があるばかりであった。
「ひと部屋に五人寝るのは、いささか窮屈ですね。よろしければ、私が殿方のお部屋で休ませてもらいましょうか?」
おさちが気をつかってそんなことを言うのだった。
箏太郎はおさちと隣り合わせで眠るのなら大歓迎だ。ぽっと顔を赤らめた。が、侍が、
「いや、それだと、私がどうも困るのだが」
苦笑して言うのだった。
熱にうなされている十兵衛を布団に寝かせると、宿が用意してくれた盥の湯で皆が体を拭いて、後は襖を開けっぱなしにして、ふた組は一緒に食事をとった。
侍は西村作左衛門、妻はお絹と名乗った。
「生まれは越前敦賀、大谷刑部様に仕えておりましたが、ご存じの通り、関ケ原で惨敗し、それ以来の牢人暮らし。江戸にでて日雇い仕事や内職でどうにか糊口をしのいでおりましたが、どうにも先の見通しが立たず、思い切って、上方で暮らしを立て直そうと考えた次第」
関ケ原、大坂での戦と、さらには公儀(幕府)の藩取り潰し政策のため、当今、巷は牢人で溢れかえっている。江戸は特に酷く、牢人たちは皆、食うや食わずの生活を送っていた。剣術の腕前に覚えがあるとか、算勘の才があるとか、儒学に精通しているとか、得意な分野があれば、それを頼りに仕官の口も見つかろうが、でなければ、一生涯、貧乏牢人で終わることも珍しくはないのだ。
お絹というお内儀は、大変気のきく人で、食事中も、十兵衛の額の濡れ手拭いがずれれば直しにいくし、夫だけでなく、皆の給仕もてきぱきとこなすのであった。性格もきさくで、照潤たちともすぐに打ち解け、夫の愚痴を、夫の目の前で堂々と言ったり、生活の苦労話も、まったく屈託なく笑いながら話すのだった。
「皆さんはどちらまでおいでになるのですか?」
作左衛門に訊かれ、ふと一行は目と目を見交わした。
「ええまあ、尾張まで知人に会いに」
歯切れ悪く箏太郎が答えると、作左衛門が、
「尾張ですか。職を探すなら、尾張くらいがいいのかもしれませんが、あまり良い評判も聞きませんし」
「評判ですか?」照潤が訊いた。
「ええ、尾張ほど大藩になりますと、ひとつの国だけですべてがことたりてしまう。何ごとも他国に頼る必要がないわけです。藩の方針として、よその藩士との交流を禁じているとも耳にします。自然、よそ者は疎外されるでしょうし、尾張へいっても、私のような無芸の牢人者では、職にありつける余地があるとは思えないのです」
「ご牢人のかたがたは艱難辛苦のなかで生きておられるのですね」照潤は心底気の毒そうな顔をする。
「いえ、さほどのことはありません。が、貧苦というのは慣れてしまうものなのです。飯は腹一杯食えないのが当たり前、朝から晩まで働いてわずかな賃金しかもらえなくても当たり前。そんな慣れが恐ろしいのです」作左衛門はそう言って、粗末な膳の物をうまそうに食べるのだった。




