二之七
土手を登るのに手間どった十兵衛が、なんとか台地に立つと、同時に、曲輪のむこうに鵜戸が飛びおりた。
十兵衛が走ってその場所までゆき、端から下を覗くと、下から真空刃が飛んできた。身を捻って躱しつつ伏せて、慎重に下の様子を窺った。
鵜戸は障子堀の真ん中の畝を、箏太郎とおさちにむかっている。ふたりの隠れる畝にむけて、威嚇の真空刃を放ちつつ悠然と歩く。
飛びおりて助けにいきたいところではあるが、畝の上におりてしまえば、敵の攻撃を避ける広い足場がなくなる。かといって穴に入ってしまえば這いあがる隙を狙われるだろう。どうにも地の利のない地形だ。鵜戸はそういう算段で箏太郎たちを人質にし、十兵衛を誘っているに違いない。
だがしかし、箏太郎たちを見捨てるわけにもいかない。
と、障子堀の穴の草むらから、ぬっと一本の棒が突き出て、鵜戸の脇を激しく突いた。
穴の陰でひっそりと息をひそめ、ひたすら機を窺っていた照潤であった。
不意を突かれた鵜戸が驚愕してよろけたところへ、草むらから飛びだした照潤がさらに一撃をあたえんと、得物の棒を振りあげる。が、さすが尾張柳生四天王のひとりだ、もうすでに鵜戸は体勢を立てなおしている。飛びかかる照潤に間近から真空刃を放った。見えない刃が唸りをあげて走り、照潤を引き裂いた。
かに見えた。
だが、真空刃はまったくあらぬ方向へと飛んで、生い茂る雑草を刈りつつ消滅していく。照潤は均衡を崩して転がって、穴のなかへと落ちた。
何が起きたのか、と十兵衛が目を凝らすと、鵜戸の右肩に十字手裏剣が突き刺さっていた。
――あのくノ一か?
辺りを見回せば、障子堀を挟んだ反対側の曲輪の端に片膝立ちになり、次の手裏剣を振りかぶる、山吹色の装束をまとった姿があった。
――なぜ助勢してくれたのか?
わからぬままに、十兵衛は土手を滑りおりた。障子堀の畝の上におり立ち、一気に駆けた。
それに気づいた鵜戸が真空刃を放とうとするが、手裏剣が間断なく飛んでくる。こうなると、形勢が逆転し、畝に陣取った鵜戸に利がなくなった。細い畝の上で、鵜戸は刀で手裏剣を弾くしか手段がない。納刀する間もないから、得意の真空刃も放てない。
そこへ、畝へと這いあがった箏太郎が、鵜戸の背中から襲撃する。
が、鵜戸は気配を察し、振り向きざまに斬りさげる。箏太郎は、それを刀で受けるが、鵜戸に腹を蹴られて、もといた穴へと落とされた。
その間に、鵜戸の背に手裏剣が突き刺さる。
振りむいたところに、十兵衛が聖剣三池典太を八双に構えて立っている。
が、間合いは三間(五メートル半)。まだ遠い。
鵜戸は刀を納めて腰を落とす。今度こそ十兵衛を仕留めんと、必殺の一撃を放つ機を狙っている。
手裏剣の投擲はやんでいた。手元が狂って十兵衛に手裏剣が当たらないように用心してのことだろう。
十兵衛は突如、刀を眼前にかざし、左目を覆っている鍔の眼帯をずらした。
するとどうであろう。
閉ざされていると皆に思われていた目が見開かれ、爛々とした輝きを放っているではないか。
しかも、その瞳は右目とは違い、燃え盛る炎のように真っ赤である。
「オン・アミリテイ・ウン・ハッタ!」
十兵衛が真言を唱える。
すると、真っ赤な瞳に、軍荼利明王を表す、ウンの梵字が浮きでてきた。
「軍荼利明王よ、浄化の炎で障礙を滅したまえッ!」
真っ赤な左目が、激しく輝いた。放射されたその光は、眼前の刀を照らし、刀身が真っ赤に染まってゆく。
ふたたび八双に構えを戻し、十兵衛は鵜戸にむかって、黒合羽を翻し走った。
鵜戸の必中の間合いにはいった十兵衛にむけ、剣が閃く。
空気を引き裂き、真空刃が十兵衛を襲う。
十兵衛は大地を蹴って、人の背丈ほども飛びあがり、真空刃を躱す。
降下しつつ、裂帛の気合いとともに、刀を振りおろす。
肉を斬り骨を断つ音とともに、祓魔の一撃が、鵜戸の左肩から右脇まで断ち裂いた。
ずずっと胸から上が滑って地に落ち、ふたつに分かたれた鵜戸の体から、血煙が噴きあがり虚空を赤黒く染めた。
同時に怪しげな黒い妖気が体中から噴出する。
妖気は鼬の顔を描き、断末魔の悲鳴をあげ霧散していく。
血と妖気を体内から吐き出し尽くした鵜戸は、抜け殻のように力なく膝から崩れて倒れ、障子堀の穴へと転がり落ちていった。




