二之六
十兵衛は木々の間を縫って、西へと駆ける。
鵜戸は、十兵衛を追いながら見えない攻撃を飛ばしてくるが、どうにか、密生する木々が防いでくれている。
突如、視界が開けた。
一面、茫漠たる草原だ。
生い茂る雑草とそこかしこに生える雑木、打ち捨てられて朽ちた材木――。
ここは山中城址であった。
三十年ほども昔、豊臣秀吉が小田原北条氏を攻めた折に落城し、そのまま破却された城の跡である。
――しまった。
十兵衛は悔やんだ。
今はまだ四月である。草木は彩り鮮やかに繁茂しているとは言え、まだ十兵衛を覆い隠すほど丈高くまでは育っていない。
だが立ちどまってなどいられない。
後ろから聞こえるのは、すぐそこまで迫っている敵の足音だ。
十兵衛は、草原にむけて走りだした。
そうして十数間ばかり駆けると、くるりと振りむいた。
ちょうど、森を抜けでた鵜戸が、警戒するように立ちどまったところである。
鵜戸が宿している妖魔は、鎌鼬である。
その能力は、抜き打ちで振った刀身で真空を作りだし、それを飛ばす。その見えない刃は、真空刃と呼ぶ。
鵜戸の刀が鞘走った。
十兵衛は、横っ飛びに飛んで、真空刃を躱す。
そこにむけて、さらに攻撃が飛んでくる。
空気を引き裂く音を鋭く立てながら、真空刃が襲いくる。十兵衛はさらに飛びのいて躱す。
敵の攻撃は正確無比である。
正確に十兵衛を狙ってくるのだから、真空刃の軌道を見極めるのはかえってたやすい。
そうやって攻撃を躱しつつ、十兵衛はじりじりと、後退してゆく。このまま遮蔽物がある場所まで移動するつもりだ。
だが、敵の攻撃を躱しているうちに、あるときは攻撃が大きく外れるが、あるときは十兵衛の体すれすれに飛んでゆくようになってきた。鵜戸は、十兵衛が飛び退く方向を、勘で狙い、放っているのだ。
つまるところ、二度に一度は十兵衛の避ける方向に攻撃が飛んでくる確率になる。
――このままでは、見えない刃に斬り裂かれるのも時間の問題だ。
そうして、二十回ばかりも、敵の攻撃をきわどく避けたとき、十兵衛の足が、虚空を踏んだ。
あっと思ったときには、十兵衛の体は斜面を転がっていた。
曲輪の端の土手に達していたのだ。
十兵衛は二間ばかりも斜面を転がって、地面に体を打ちつけてとまった。
一瞬息がとまるほどの激痛が全身を駆け巡ったが、痛みに耐えて、十兵衛は走りだした。
土塁か何かの名残りであろう、こんもりと盛りあがっている小山を利用して、身を隠す。
土手の端に到達した鵜戸には、もう十兵衛の姿が見えない。
鵜戸は不意打ちを警戒しているのだろう、土手の下にはおりてこない。しかし、威嚇するように、見えない刃を数発、小山にむけて放った。十兵衛は息をひそめて、じっと隠れ続けた。
と、鵜戸の気配がふっと消えた。
小山の陰から様子を窺うと、鵜戸は土手を回って、立っていた曲輪跡から、別の曲輪跡へむけて走ってゆく。
訝しんで観察していると、鵜戸は走りながら刀を抜き打ちに振るっている。
はっと気づいて、十兵衛は鵜戸の後を追った。
仲間たちの誰かが鵜戸に見つかったのだ。
鵜戸が狙いを定めているのは、箏太郎とおさちのふたりであった。
箏太郎はおさちをかばいながら走っているから、速度がどうしても遅くなる。
真空刃の一発が、箏太郎の腕をかすめた。
体の均衡を崩して倒れこんだのは、曲輪の土手である。
箏太郎とおさちは、絡み合うようにして、土手を転がり落ちた。
そこには、奇妙な光景が広がっていた。
地面に、穴が規則正しく並んで開いている。その穴のひとつを箏太郎は目指した。
「おさちさん、あそこまで頑張って!」
箏太郎は励まし、おさちを支えつつ走り、穴のひとつに飛びこんだ。
そこは障子堀と言って、畝を障子の桟のように残す形で穴が掘られた、特殊な空堀の跡であった。現代風に言えば、ワッフル状に穴が穿たれている地形だ。
穴から頭をだして、様子を窺う箏太郎の背に、おさちがぎゅっと抱きついた。おさちの体の温もりと、背に当たる胸の柔らかさに、こんな緊迫した状況にもかかわらず、箏太郎は、心臓が高鳴った。
「箏太郎様、怖い……」
おさちの声が耳元で聞こえ、息が耳朶をくすぐった。
鵜戸は、土手の端に立ち、こちらの様子を窺っている。




