二之三
平塚で一泊して東海道を西へとむかい、小田原に着いたのは八王子をでて三日目だ。
箱根越えにそなえてここで一泊することにした。
着いたときはまだまだ日が高かったが、照潤が、
「昨日も一昨日も、宿では他の旅人と相部屋で、窮屈でしたね。今日は私たちだけで眠れるとよいのですが」
などと愚痴を零した。
草鞋を脱いだ旅籠は小さかったが、部屋数には余裕があり、照潤の念願通りにふた部屋取れた。
「ふたりずつ泊まろう。今日は足を伸ばして眠れるな」
と言う十兵衛に、
「男女が同じ部屋で寝るなどもってのほか」
と照潤がたしなめ、女は六畳の部屋で三人寝ることになった。
箏太郎はひとりで部屋を使えたが、なんだか申し訳ない心持ちになってしまった。
部屋まで案内してくれた女中が、
「奥にお風呂もありますでえ。湯は今からはいれますけんど、四半刻(三十分)もしたら使ってくだしゃい」とどこのかわからない訛りで言う。
「ほう、風呂があるのか」と十兵衛が喜んだ。「風呂がある旅籠屋も昨今ちらほらでき始めたが、まだまだ珍しいからね」
旅の経験がなかったから箏太郎は知らなかったが、そういうものらしい。
箏太郎は、夕飯の前に風呂にはいることにした。
丸くて大きな、底の深い桶のような湯船で、肩まで浸かると、三日間の旅の疲れが、湯に溶けてゆくようであった。
東海道の旅というものは一日に十里(四十キロ)も歩くこともあるらしいが、旅慣れぬ箏太郎にしてみたら、一日五里歩くだけで、脚が棒になったように感じられた。
お湯の、あまりの心地よさに溜め息をついていると、ふと湯殿の戸が開いた。別の男客がはいってきたのかと見れば、湯気のむこうに白い裸身が見えた。
おさちであった。
「お背中をお流しします」
そんなことを言いながら、おさちは平気な顔ではいってくる。江戸の町なかにある銭湯は混浴が普通らしいが、駿河清水でもそうなのだろうか。それとも男に慣れているのか、箏太郎をまだ女性に興味のない童子と見ているのか……?ともかく、その顔に羞恥の色は微塵も見えないのだ。
豊満な胸の薄茶色の先端と、くびれた腰と、みっしりと毛の生えた股間を、流すように見てしまってから、箏太郎は目を逸らした。
「あ、あの、おさちさん、困るのですが」
「あら、恥ずかしがらなくてもよろしいのに」
「照潤殿に叱られます」
「ほほほ、あのかた、真面目でいらっしゃいますものね。さあさ、こちらにきてください」
「しかし」
「助けていただいたご恩をこんなことで返せるとは思っていませんが、これくらいはさせてくださいませな」
「はあ、そ、そうですか」
とにかく、女の肌に触れたこともない、初心な少年である。どうしていいかわからず、言われるままに、股を手拭いで必死に隠して、洗い場に座った。
手拭いで背中を擦られ、時折触れるおさちの指が肌をくすぐるようで、箏太郎は恥ずかしさ半分、心地よさ半分で、頭がぼうっとしてきた。
後はもう、すっかりのぼせてしまって、何が何だかわからなくなって、体を流すと、箏太郎はふらふらと風呂場から退散した。
後ろでおさちがくすりと笑ったようであった。
その夜、箏太郎は、おさちの裸体と背中を撫でられた感触が忘れられず、ろくに眠れなかった。未明にちょっとまどろんでふと気づけば、もう夜明けのようである。
人がごそごそと動く音がすると思えば、隣の部屋との間の襖が手のひらほどの細さで開いていて、その隙間から人の動く姿が見えた。
それはおさちのようで、十兵衛と照潤はまだ眠っている様子だ。
おさちは、襦袢一枚で眠っていたのだろうか、着崩れた襦袢を脱いで、着なおしている。白い胸乳が窓から差しこむ薄明かりのなかで見えた。昨日の風呂場では羞恥が先立って、じっと見詰めはしなかったが、今は食い入るように見入ってしまっていた。男としての本能をとめられはせず、どうせむこうはこっちが起きているのに気づいてはいないのだという気もあって、箏太郎はおさちの裸から目を離さなかった。
そうしておさちが着物を着終わると、はっと我に返ってぎゅっと目を瞑った。白い肌と、薄茶色の乳輪が、瞼の裏でちらつくのだった。




