二之一
月が高尾山のむこうに隠れ、一寸先も見えぬほど暗黒の帳が垂れこめた多摩の森のなかで、不気味な抑揚の音色が聞こえる。
それは、幾人もの女の呻き声であった。
その声は、かすれて耳障りで、聞く者があったら、怖気とともに一目散に逃げだすに違いない。
女たちは、森のなかの少し開けた広場にいて、皆、一糸纏わぬ姿に剥かれ、髪は乱れ、力なく落ち葉の積もる地面に座り、あるいは伏せ、あるいは仰臥している。女たちは、娘のような若い者から、乳の垂れ始めた中年の女まで、齢は様々であったが、一様に心が抜けたようになって、呆けた顔をしていた。
さらに不気味なことに、彼女らの額には、漢字の一文字が墨で書かれていた。
女たちを取り囲んで六人の男、六道冥衆が見おろしている。
「普賢丸よ」
なかのひとり、坊主の界嶄が口を開いた。
「お主が、ひとりにつきひとりの女を攫ってこい、と言うで、言われるままに集めてきたが、いったい何をするつもりじゃ」
くつくつと芦津普賢丸が笑った。
美麗な顔に似合わぬ気味の悪い笑みだ。
「夕方、私が十兵衛との闘いをとめたのは、このためだ」
言われて、他の五人の男たちは、各々の眉間に皺を刻んだ。
「あの女十兵衛を倒すのに、よってたかってでは面白くない。ひとりひとり、順番に挑んでいこうではないか。そうして、勝利した者が、あの小生意気な女を好きにする」
「まてまて」痩身の美倉董之進が話をとめた。「それでは、最初に挑んだ者が得に決まっておろうが。あのような小娘、いくら腕が立つとはいえ、我ら剣の達人からしてみれば、赤子の手を捻るようなもの」
「そうじゃ」背の高い城咲弼真が口を挟んだ。「よい思いをするのが順番次第では、不公平というもの」
「だからよ」普賢丸が答えた。「不公平を無くすための、くじ引きをこれからしようと言うのだ」
「くじ引きじゃと?」鵜戸李介がむっつりと言った。
「さよう。ここにおる女どもの額には攫ってきた者の名の頭文字を書いた。書かれた文字の者が女の主としよう。この女どもを、これから解き放つ。それを、今から私が呼ぶ妖魔に追わせる。最初に妖魔に捕まった女の主が最後に十兵衛に挑む。次に捕まった者が、ひとつ前に挑む。そうして順番を決めてゆき、最後に捕まった女の主が最初に十兵衛に挑める、という具合だ」
「なんだ」と筋骨隆々の石鎚弾右衛門が舌打ちした。「それなら、好みで女を選ばず、もっと活きのいい若い女を攫ってきたものを」
凄まじく残酷な案を普賢丸がだしたにもかかわらず、誰ひとり異を唱える者はいない。それよりも、皆、これから始まる見世物が楽しみでたまらないといった表情をしている。
こう残忍でいられるのは、彼らの身に妖魔が取りついているからか、生来の性分なのか。いや、そのふたつが結びつき残忍さを増大させているからであろう。
しかも、本来、彼らにあたえられた使命は銅鏡奪取であるにもかかわらず、今はもう、十兵衛を我がものとすることに執着しているのだから、思考が倒錯しているとしか思えない。
「では、妖魔を呼ぶぞ」
普賢丸が指を立て、虚空に何かの文字を書く。
「来れ、我が僕どもよ。来りて我の命に従え」
すると、森のいたるところから、六匹の狼が現れた。
いや、そんな可愛い生き物ではない。
頭は確かに狼であったが、首から下は、裸の人間の男であった。
「さあ、女どもよ、野狗子の餌になりたくなくば、起きて逃げろ。気力を振り絞って、懸命に逃げるのだッ!」
狼人間野狗子の唸り声を聞き、女たちは一斉に、はっと我を取り戻した。
そして、普賢丸の声に促されるように、訳もわからず、立ちあがって走り始める。
「ゆけ、野狗子どもッ!」
普賢丸の号令とともに、野狗子が走り始める。
体を曲げ、手を地につけ、足で大地を蹴り、まさに狼のような格好で、獲物を追い始めた。
すぐさま、一番後ろを走っていた女が野狗子に捕まる。捕まった直後には、頭にかじりつかれ、悲鳴の途中にして頭蓋を噛み砕かれてしまった。
さらに次の女、次の女と、野狗子の餌食になって、叫喚と骨を噛み砕かれる音をあげてゆく。
しかし、六人の男たちは、この凄惨な光景を見ても眉ひとつ動かさない。どころか、笑みを浮かべ、誰の女が食われたのか、誰の女がまだ逃げているのか、蚤取りま眼で見定めている。野狗子に捕まった女の主は舌打ちし、地団駄を踏み、鉤爪から逃れた女の主は安堵し、声援を送る。
ほんの十か十五か息を吸う間に、陰惨極まるくじ引きは幕を閉じた。
誰ひとり、妖魔の爪牙から逃れられた女はいなかった。
暗黒の森のなか、野狗子が女の脳を啜る音と、六人の男たちの低い笑声が響き渡った。




