第8話:『騎士様の夜なべと、深夜のほうじ茶ラテ』
お味噌汁と肉じゃがで、お屋敷の全員と胃袋の底から仲良くなった翌日のこと 。
深夜、ふと目が覚めた私は、喉の渇きを覚えて部屋を出た 。
(あれ……、まだ明かりがついている部屋がある?) [
静まり返った廊下の奥、執務室の扉の隙間から、かすかに魔導具の光が漏れている 。
そっと覗いてみると、そこにはデスクに山積みにされた書類と格闘しているギルバート様の姿があった 。
昼間の凛々しい団長服のボタンをいくつか外し、少し気怠げにペンを動かす姿 。
眼鏡をかけ、真剣な碧眼で書類を見つめるその横顔は、いつも見せる優しい笑顔とは違って、ゾッとするほど格好いい『大人の男』の雰囲気を纏っていた 。
(……うわ、ドキッとしちゃった。いつも過保護で距離が近いけど、仕事中の姿は反則でしょ……)
バクバクと鳴り出した心臓を落ち着かせながら、私はふと思う 。
こめかみを押さえる彼の指先は、また酷い疲れを溜め込んでいるように見えた 。
「……よし、お疲れ様のお茶を差し入れしよう」
私は給湯室を借り、魔法収納から大好きな『ほうじ茶の茶葉』を取り出した 。
さらにお中元セットに入っていた現代の『特製ミルクと砂糖』を解禁する 。
濃いめに淹れたほうじ茶に、温めたミルクと甘い砂糖をたっぷりと混ぜ合わせる 。香ばしさと優しい甘さが合わさった、特製のほうじ茶ラテの完成だ 。
コンコン、と小さく扉を叩く 。
「ギルバート様、夜遅くまでお疲れ様です 。少し休憩しませんか?」
「マドカ……? こんな夜更けにどうした、眠れなかったのか?」
ギルバート様は眼鏡を外し、驚いたように碧眼を瞬かせた 。
「いえ、喉が渇いて起きたら、ギルバート様が頑張っていたので 。これ、故郷の甘いお茶です 。脳の疲れが取れますよ」
お盆に乗せたカップを差し出すと、ギルバート様は「ありがとう」と不器用そうに微笑み、ゆっくりと口をつけた 。
「……っ、温かくて、すごく甘いな 。だが、茶の香ばしさが引き立っていて……驚くほど心が解けていく」
私の聖女の魔力が乗った甘いラテは、彼の脳の疲労を一瞬で消し去っていく 。
ギルバート様はふぅ、と深い息を吐くと、カップを置いて椅子の背もたれに身体を預けた 。
そして、じっと私を見つめてくる 。
「マドカ。お前はいつも、俺が一番欲しいものを、一番欲しいタイミングで差し出してくれるな」
「えっ、あ、ただの事務員の習性というか、気配りというか……」
照れ隠しに変な言い訳をする私を見て、ギルバート様はクスクスと低く笑った 。
その笑い声が、深夜の静かな部屋に心地よく響く 。
彼は椅子から立ち上がると、私の目の前まで歩み寄り、そっと私の前に屈んで目線を合わせた 。
「習性でも何でも構わない 。お前が俺の体調を気遣い、こうして側にいてくれることが、今の俺にとって最大の救いだ 。……いつも、ありがとうな、マドカ」
そう言って、ギルバート様は私の小さな手をそっと取り、大人の大きな手のひらで優しく包み込んだ 。
彼の碧眼に宿る、言葉よりも雄弁な、深くて温かい愛おしさ 。
それを受け止めた瞬間、私の胸の奥で、何かがトクン、と決定的な音を立てて跳ねた 。
(あ、ダメだ……。私、この格好よくて過保護な人のこと、本当に好きになっちゃいそう……)
静まり返った深夜の執務室で、私はほうじ茶の甘い香りに包まれながら、初めて明確に彼を『一人の異性』として意識し、激しく動揺してしまうのだった 。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次回は【7月4日(土) 18時】に更新予定です。お楽しみに!
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