第3話:『お屋敷の歓迎と、奇跡の「お茶会」』
ギルバート様にお姫様抱っこされたまま、魔の森を抜けてしばらく。
連れてこられたのは、美しい白壁と緑の庭園に囲まれた、隠れ家のような立派な邸宅だった。
「――旦那様! ご無事で……、って、おや?」
玄関の重厚な扉が開くと、白髪を綺麗に整えた老執事が慌てて飛び出してきた。
けれど、主人が見知らぬちんまりとした娘を抱きかかえているのを見て、丸い眼鏡の奥の目をパチクリとさせている。
「バルト、客を連れてきた。彼女は甘利マドカ。我が命の恩人だ。最上の客室を用意しろ」
「お, おお……! 旦那様が女性を連れ帰るなど天変地異の前触れですか……。かしこまりました、マドカ様、心より歓迎いたします」
バルトと呼ばれた老執事は、驚きつつも深く一礼してくれた。
ようやく地面に足を下ろしてもらい、私はほっと息を吐く。
通された応接室のソファに腰掛けると、ギルバート様が対面に座った。
相変わらず周囲が震え上がるほどの強面イケメンだけど、その碧眼は、森にいた時よりもさらに険しく濁っている。
彼はこめかみを押さえ、ひどく苦しそうに顔を歪めていた。
「旦那様、すぐにいつもの頭痛薬を……」
「いや、バルト、あれはもう効かんのだ。魔力の枯渇が深刻すぎる……」
(……やっぱり、この人ボロボロじゃない)
前線での戦闘続きで、脳が焼き切れるような偏頭痛に襲われているらしい。
見ていられなくなった私は、ごそごそと自分の『魔法収納』に意識を向けた。
「あの、ギルバート様。おにぎりの次は、これ、飲んでみてください」
ポン、と手元に取り出したのは、私が深夜の給湯室で淹れたばかりのマイボトル。
蓋を開けた瞬間、香ばしく、どこか懐かしい『ほうじ茶』の香りが、応接室いっぱいにふわっと広がった。
「検分するに、これは……薬草の茶か? 嗅いだことのない、だが、酷く心が落ち着く香りだな」
ギルバート様は不思議そうにボトルを受け取ると、ゆっくりと琥珀色の液体を口に含んだ。
ゴクリ、と喉が鳴る。その、直後だった。
「っ……、あ、ああ……っ!?」
ギルバート様が突然カッと目を見開き、手で顔を覆った。
大柄な身体が小刻みに震えている。
「だ、旦那様!? マドカ様、一体何を――」
「待て、バルト……! 違う、これは……、っ!」
ギルバート様がゆっくりと顔を上げる。
その黒髪の隙間から覗く碧眼は、先ほどまでの濁りが嘘のように、サファイアさながらの澄んだ輝きを取り戻していた。
「頭痛が……消えた。割れるようだった脳の痛みが、跡形もなく……。それに、この温かい魔力の奔流はなんだ。魔力回路の傷が、みるみる塞がっていく……」
彼は驚愕に震える手で、自分の胸元を押さえていた。
異世界のどんな高価な聖水や魔法薬でも治らなかった『慢性的魔力飢餓』が、私が淹れたただのほうじ茶で、綺麗さっぱり癒やされてしまったのだ。
「旦那様の魔力波形が完全に安定している……!? 馬鹿な、そんな奇跡が、たった一杯のお茶で……!」
老執事バルトさんがガタガタと震え、私のことをまるで本物の女神か何かを見るような目で凝視している。
「マドカ……お前は一体、何者なんだ?」
ギルバート様がソファから身を乗り出し、じっと私を見つめてくる。
190cmの巨躯が間近に迫り、彼の良い匂いが鼻先をかすめた。
「え、ええと……ただのお茶好きな事務OL、です……」
童顔な私の顔が、彼の熱い視線のせいで一気に熱くなる。
ギルバート様はフッと、大人の色気が駄々漏れな、ひどく艶やかな笑みを浮かべた。
「やはり、お前をあの国に返すわけにはいかないな。……マドカ、今日からお前は、俺が全力で囲い込む(保護する)。いいな?」
「ひえっ……! ありがたいですけど…(やっぱりこのお兄さん、過保護がすぎるーー!!)。」
こうして、私のお茶が『世界の常識をひっくり返す超チート』だと発覚し、強面騎士団長様の過保護ライフが本格的に始まってしまったのだった。




