第2話:『強面騎士様との、おにぎりな出会い』
助けてくれた黒髪碧眼の騎士様は、圧倒的な美形だった。
美形だったけれど――とにかく、顔が怖い。
人を十人くらい斬ってきたような鋭い目つき。戦傷らしき薄い傷痕が残る、隙のない端正な顔立ち。
彼から放たれるピリピリとした威圧感に、私はすっかり縮こまっていた。
中身は立派なアラサーOLの私だが、生まれつき中学生に間違えられるほどのチビで童顔なのがコンプレックスだ。
190cm近い巨躯で漆黒の鎧を纏った騎士様に見下ろされると、まるで大型犬の前に引きずり出された、ちんまりとした子リスのような気分になる。
(あ、圧倒的な強者だ……。下手したら魔物より先に、この怖いお兄さんに消されるんじゃ……)
ガタガタと震える私を、騎士様は冷徹な碧い瞳で見下ろす。
彼は、私の奇妙な衣服と、一般人は一瞬で肉塊になるはずの『黒の森』にポツンと取り残されている異常な状況を、鋭く観察していた。
(騎士様視点:……間違いない。王宮が聖女召喚を行い、無能と判定した『おまけの女』を魔境に放り捨てたという、あの忌々しい噂の被害者か……!)
重苦しい沈黙が森を支配した。彼が地鳴りのような低い声で、ぽつりと口を開く。
「――怪我はないか」
「は、はい! 大丈夫です、助けていただきありがとうございます!」
必死に営業スマイルを浮かべて頭を下げる。
しかし、至近距離で彼を見て、私はあることに気がついた。
彼の美しい碧眼の奥に、激しい苦痛と、限界まで擦り切れた疲労の色があることに。
(この目……知ってる。繁忙期に3日徹夜して、胃薬と頭痛薬を同時に流し込んでたうちの課長と同じ目だわ……)
彼は慢性的な魔力飢餓による重い偏頭痛と胃痛に襲われていた。さらに、お腹の奥底から限界のサインが響き渡る。
ぐぅぅぅぅぅ――――。
静まり返った森に、男らしくて、ものすごく大きな腹の虫の音が鳴り響いた。
「っ……」
彼は気まずそうに顔を歪め、さらに表情を険しくした。
大人が見たら恐怖で平伏するレベルの強面だ。
けれど、元ブラック企業戦士の私は、お腹を空かせた人を見捨てることなんてできなかった。
「あの……騎士様、もしよろしければ、これ召し上がりますか?」
私は先ほど覚醒したばかりの『魔法収納』から、まだ温かい『鮭おにぎり』を取り出し、おそるおそる差し出した。
「それは……なんだ?見たことのない穀物の塊だな。それに、その黒い紙のようなものは……」
「おにぎり、と言います。私の故郷の食べ物で、中にはお魚が入っています。毒は入っていませんので、どうぞ!」
怪訝そうに眉をひそめながらも、私の必死な様子に押されたのか、彼は大きくて無骨な手でおにぎりを受け取った。
私の小さな両手よりもずっと大きな手だ。
そして、意を決したように一口、ガブリと齧る。
「ッ……!??!?!」
次の瞬間、彼の碧眼が、これ以上ないほど丸く見開かれた。
噛み締めるたびに溢れるお米の優しい甘み。絶妙な塩加減と、中から顔を出す鮭の旨味。
「な……んだ、これは……っ。美味い、美味すぎる……!」
周囲の人間が全員逃げ出すと言われる「氷の狂犬」が、おにぎりをモグモグと咀嚼しながら、見たこともないほど蕩けた、幸せそうな顔をしている。
(うわぁ……ギャップ萌えの破壊力が凄まじい……! このお兄さん、ギャップ凶器すぎる……!)
「これほどの美味、王宮の晩餐会でも食べたことがない。それに……不思議と、腹の底から温かい力が湧いてくるようだ」
(騎士様視点:どういう事だ…俺の魔力飢餓の胃痛が無くなっただと?…能無しとの事だったが不思議な魔力を感じる…この娘…聖女か…?)
私の聖女の魔力が乗ったおにぎりは、彼の魔力飢餓の胃痛を瞬時に癒やしていた。
彼は最後の一粒まで愛おしそうに食べ終えると、ひょいと軽々と、私をお姫様抱っこで持ち上げた。
あまりの軽さに、彼の碧眼に猛烈な怒りの炎が灯る。
「……すまない。恐怖を与えたな。俺はギルバート・レオンハート。この国の黒狼騎士団で総長を務めている。お前の名は?」
地鳴りのような低い声だけど、そこには私を気遣うような、不器用な優しさが滲んでいた。ここで初めて、私はこの強面騎士様の名前を知った。
「あ、えっと……マドカ、です。本名は甘利マドカ、ですけど……マドカって呼んでください」
「マドカ、か。良い名だ。……こんなに小さく、折れそうなほど軽い娘を、あの王宮の腐れ外道どもは魔境に捨てたのか。正気ではないな」
ギルバート様は低く唸るように言うと、私の抗議を聞く間もなく、腕の力を強めて私を胸に引き寄せた。
「マドカ、もう安心しろ。俺の命に代えても、お前をあの魔物どもや、王宮の奴らには触れさせん。我が邸へ連れて行く。……異論は認めん」
「え、えええーっ!? ちょっと初対面にしては過保護が限界突破してませんかー!?」
こうして私は、出会ってわずか数分で、強面騎士団長様にお姫様抱っこされたまま、彼のプライベートな邸宅へと連行(保護)されることになったのだった。




