第4話:『朝食の出汁巻き卵と、年上男子の朝の隙』
翌朝。私はお屋敷の立派な厨房の真ん中で、腕まくりをしていた。
「マドカ様、本当に我々がお作りしなくてよろしいのですか?」
心配そうに私を見つめるのは、料理番のふくよかなメイドさんだ。
昨日のお茶の一件以来、私はこの屋敷で『旦那様を救った謎の聖女様』として、VIP待遇を受けている。
だけど、至れり尽くせりの生活はブラック企業に慣れきった私の性分に合わない。お礼を兼ねて、朝食くらいは自分で作りたかったのだ。
「大丈夫です! 故郷の簡単な家庭料理ですから。厨房と、あとお裾分けしてもらったお野菜を少し使わせてくださいね」
私は『魔法収納』をそっと発動させた。
取り出したのは、転移した時に持っていた非常食の『フリーズドライの和風出汁』。これをお湯で溶かし、異世界の卵と、細かく刻んだ地元のシャキシャキしたネギを合わせる。
カンカン、と小気味よい音を立てて卵を溶き、熱したフライパンで手際よく巻き上げていく。
じゅわぁ、と厨房に広がるのは、醤油と出汁の香ばしく、どこかホッとする香りだ。
「あら……? なんだか、嗅いだことのない、とても優しい香りがしますね……」
メイドさんがお腹を鳴らしながら目を輝かせる。ふふん、これぞ日本の誇る『ウマミ』の香りですよ。
出汁巻き卵、ふっくら炊いたお粥、そしてお出汁ベースの温かいスープ。
お盆に乗せてダイニングへ運ぶと、そこにはすでにギルバート様が座っていた。
「あ……」
パチリ、と碧い瞳と視線が合う。
その瞬間、私の心臓が小さく跳ね上がった。
そこにいたのは、昨日の漆黒の鎧を纏った威風堂々たる騎士長様ではなかった。
仕立ての良い薄手のシャツに、ゆったりとした部屋着のズボン。いつもきっちり整えられている黒髪が、少しだけ無造作に額に落ちている。
(ま、待って……。オフモードのギルバート様、大人の色気が凄すぎて直視できない……!)
「おはよう、マドカ。……良い香りがするな。お前が作ってくれたのか?」
「は、はい! おはようございます。お口に合うか分かりませんが、朝食です!」
顔が赤くなるのを隠すように、大急ぎでお盆をテーブルに並べる。
28歳のアラサーのくせに、中学生みたいな童顔のせいで、照れるとすぐに顔に出てしまうのが本当に恨めしい。
ギルバート様は、黄金色に焼けた出汁巻き卵を箸(昨日バルトさんが木を削って作ってくれた特製箸だ)で器用に挟み、口へと運んだ。
モグ、と彼が咀嚼する。
「っ……ふ、ぅ……」
ギルバート様が短く息を漏らし、ゆっくりと目を閉じた。
その端正な顔が、じわぁ……と、信じられないほど優しく、蕩けるような笑顔に変わっていく。
「美味い……。昨日のおにぎりも凄かったが、この料理は、なんだ……。驚くほど優しくて、身体の芯から緊張が解けていくのが分かる」
マドカの聖女の魔力が乗った出汁の旨味は、彼の疲れた胃腸を一瞬で包み込み、癒やしていく。
「お前の料理を食べると、本当に心が安らぐ。……マドカ、やはりお前は、俺を救うために現れた女神だな」
「大袈裟ですよ! ただの出汁巻き卵です!」
ぶんぶんと首を振る私を見て、ギルバート様はふっと低く笑うと、椅子から立ち上がり、私のすぐ目の前まで歩み寄ってきた。
190cm近い彼に見下ろされると、小柄な私はすっぽりと彼の影に隠れてしまう。
「大袈裟ではない。現に、俺はお前を誰にも渡したくないと思っている」
ギルバート様はそう言うと、大きな手を私の頭に乗せ、子供をあやすように優しく、けれど愛おしそうに何度も撫でた。
彼の大きな手の温もりと、ほんのりと香る大人の香りに、私の心臓のメーターは早くも限界を迎えそうだった。
「今日から、お前の好きな食材を揃えさせよう。何が欲しい? 遠慮なく俺にねだるといい」
「あ、えっと……じゃあ、裏庭で、お野菜とか、和食の素材を育てる畑を作ってもいいですか……?」
「畑? ああ、お前の望むままに。……よし、ならば、俺も手伝おう」
「えっ、ギルバート様がですか!?」
「当然だ。マドカのすることだ、俺が一番近くで見守っていなくてはな」
強面イケメン騎士長様からの、あまりにも距離が近くて甘すぎる過保護な提案に、私は朝から嬉しい悲鳴をあげることしかできなかったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次回は【6月30日(火) 18時】に更新予定です。お楽しみに!
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