第17話:『異世界初のみそ仕込みと、過保護な共同作業』
隣の無能な王族たちが鉱山へ送られてから、お屋敷では穏やかな時間が流れていた。
そんなある日の午後、私は厨房で大きな木樽を前に、うーんと腕を組んでいた。
「マドカ様、お悩みですか? また何か奇跡の料理のアイデアが?」
料理番のメイドさんが、期待に満ちた目で私の顔を覗き込んでくる。
「いえ、実はね……実家からのお中元の『お味噌』が、もう残り少なくなってきちゃって」
「あの、旦那様や私たちが毎日感動している、あの茶色い万能調味料ですか!? それは一大事です!」
お味噌汁の美味さに胃袋を掴まれているお屋敷の面々にとって、味噌の枯渇は死活問題だ。
だけど、元食品メーカー営業事務の私は、ここで不敵にニヤリと笑った。
「ふふん、だからね……ないなら、ここで作っちゃおうと思います!」
私は『魔法収納』から、菜園で一番最初に大収穫して保管していた、ツヤツヤの立派な『日本の大豆』を山ほど取り出した。
これにはメイドさんだけでなく、様子を見にきた老執事のバルトさんまで「おお、あの奇跡の大豆!」と大歓喜だ。
お味噌作りの工程はシンプルだけど力仕事。
まずは大豆を柔らかくなるまでじっくりと茹で上げ、お屋敷の大きなすり鉢に移す。
「よし、これを熱いうちに、形がなくなるまで徹底的に潰すよ!」
「はい、マドカ様! お任せください!」
メイドさんたちと交代で、すりこぎを使って大豆をギトギトと潰していく。小柄な私が一生懸命体重をかけて潰していると、背後からクスッと低くて色気のある笑い声が聞こえた。
「マドカ、そんな小さな身体で無理をするな。力仕事なら、俺の役目だろう」
「あ、ギルバート様!」
振り返ると、公務を早めに切り上げて戻ってきたギルバート様が、すでに上着を脱いでシャツの袖を腕まくりした状態で立っていた。
「旦那様! ぜひお願いします。これは我が家の『ミソ』の未来がかかった最重要任務なのです!」
バルトさんが大真面目な顔で進言すると、ギルバート様は「ふむ、大任だな」と鋭い碧眼をキラリと輝かせ、すりこぎを受け取った。
帝国最強の騎士団長様が、大豆の前に腰を落とす。
そしてザクッ、ザクッ、と彼が軽く腕を動かすだけで、大量の大豆が一瞬で完璧に、滑らかなペースト状へと潰されていく。凄まじいパワーだ。
「凄い……! ギルバート様、やっぱり頼りになります!」
私が目を輝かせて見上げると、ギルバート様はフッと蕩けるような極上スマイルを浮かべ、空いた方の手で私の頭を優しく撫でた。
「お前に褒められると、悪い気はしないな」
そう言って、彼はちんまりとした私の隣に歩み寄り、腰を落として目線を合わせてくれた。
「次は、これにお塩と、魔法収納にあった『米麹』を混ぜて、しっかり丸めて樽にギューギューに詰め込みます!」
潰した大豆に塩と麹を混ぜ、空気を抜きながら味噌玉を作っていく。
ギルバート様は私の手元を真似ながら、楽しそうに、けれど私を他人に触れさせたくないと言わんばかりに、ぴったりと身体を密着させて一緒に味噌玉を樽に敷き詰めてくれた。
彼の大きな体温と大人の香りがすぐ近くにあって、私の顔はまたすぐに熱くなってしまう。
「通常、お味噌はここから半年から1年くらい寝かせて、じっくりと旨味を育てる(熟成させる)んですけど……」
仕上げの段階で、私は樽に向かってそっと両手をかざした。
あの初めて裏庭で畑仕事をした日に覚醒した、あの聖女の『育成魔法』を、今度はお味噌の「寝かせる時間」に対して、時間を進めるイメージで意識してみる。
私の指先から、温かい聖属性の魔力がお水のように樽の中へじわぁ……と染み込んでいく。
「マドカ、今お前の魔力が……」
ギルバート様が驚いて碧眼を見開いた次の瞬間、木樽の中から、ふわりと信じられないほど豊潤で、深く、香ばしい『極上のお味噌の香り』が立ち上った 。
「嘘……! 成功した……!?」
樽の蓋を少し開けて覗くと、そこには数日どころか、1年じっくり寝かせて極限まで旨味を育てたかのような、ツヤツヤと輝く最高の『自家製味噌』が完成していたのだ。
「馬鹿な……。1年かけてじっくりと育てるはずの旨味を一瞬で引き出すなど、どんな高位の魔術師でも不可能な奇跡でございます……!」
バルトさんが腰を抜かしそうになりながら驚愕している。
「ふふ、これで毎日、大盛りのお味噌汁が飲めますよ、ギルバート様!」
私が慢面の笑みで告げると、ギルバート様は愛しさが限界突破したような熱い碧眼で私を見つめ、そのまま私の小さな身体を抱きすくめた。
「マドカ。お前は本当に、我が家に奇跡と幸福ばかりをもたらすな。……もう絶対に、お前をこの腕から離さない。覚悟しておけよ?」
(ひえっ……! 嬉しいですけど、やっぱりこのお兄さん、平和になっても過保護が限界突破してまーーす!!)
異世界初の手作り味噌の香ばしい香りに包まれながら、私は彼の変わらない甘い独占欲に、心地よい幸せを感じるのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次回は【7月13日(月) 18時】に更新予定です。お楽しみに!
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