第11話:『王宮からの不穏な足音と、お兄さんの冷徹な碧眼』
ギルバート様とみたらし団子で無事に仲直りを果たし、お互いの本音を少しだけ打ち明け合ってからの数日間。
お屋敷の空気は、これまで以上にのんびりとした、甘いお砂糖のような空気に包まれていた。
「マドカ、口元にきな粉がついているぞ」
「ふぇっ!? ど、どこですか?」
「ここだ。……ふっ、お前は本当に、目が離せないな」
朝食の席、ギルバート様が大きな指先で私の唇の端をそっと拭う。
ただそれだけなのに、夕暮れの菜園での口づけを思い出して、私の童顔は一瞬でゆでダコのように真っ赤になってしまう。
漆黒の鎧を纏った帝国最強の騎士団長様は、赤くなる私を見て、大人の色気が駄々漏れな極上の笑みを浮かべていた。
ブラック企業のサービス残業(サビ残)に追われていた日々が、本当に遠い昔のことのようだ。
今日ものんびり菜園の手入れでもしよう――そう思っていた、その時だった。
ガンガンガン!!! と、お屋敷の重厚な正門が、信じられないほど乱暴に叩かれる音が静かな庭園に響き渡った。
「――旦那様。王宮より、使者が参っております」
普段は冷静な老執事バルトさんの声が、珍しく不気味そうに低く響く。
ギルバート様の美しい碧眼が、一瞬で『氷の狂犬』と恐れられる冷徹な光を取り戻した。
「王宮の使者だと? 事前の通達もなしに、我が私邸の門を叩くとは……不躾な。マドカ、お前はここで待っていなさい」
「い、いえ、私も行きます! なんだか、嫌な予感がするので……」
止めるギルバート様のシャツの袖をきゅっと掴むと、彼は一瞬だけ目元を緩め、「俺の背から離れるなよ」と、過保護な低音で囁いた。
正門を開けると、そこに立っていたのは、きらびやかだけど酷く成金趣味な服を着た、一人の細目の文官だった。
その後ろには、数人の王宮兵を従えている。
その文官の顔を見た瞬間、私の記憶の底から、あの不愉快な記憶が蘇った。
(あ……。私がこの世界に召喚されたあの夜に、私を現役女子大生の美少女の『おまけ』扱いして、無能だって森に放り投げた役人だ……!)
文官は、ギルバート様の背後ろからちんまりと顔を出した私を見つけると、これ以上ないほど不躾に鼻で笑った。
「いやはや、ギルバート騎士団長。噂通り、王宮で不要となったゴミを拾って、こんな寂れた私邸で飼っておられたのですな。魔物の餌にすらならぬ無能を匿うとは、物好きなことで」
文官の傲慢な言葉が、静かな庭園に響き渡る。
風の噂で聞いた話では、王宮はいま大パニックに陥っているらしい。
私と一緒に召喚されてチヤホヤされていたあの女子大生の『光の聖女』は、魔力こそ無限なものの、中身はただの我が儘な子供だった。
贅沢三昧を繰り返して前線に出るのを嫌がり、おまけに騎士たちの体調を労る気すらないせいで、王宮の騎士団はみんな疲弊しきって前線が崩壊しかけているという。
だから、彼らは「一度は捨てた無能の私」を、都合の良い奴隷のように使い潰すために連れ戻しにやってきたのだ。
「甘利マドカ。王命である、今すぐ王宮に戻り、我が国の盾となって働け。無能なりに、少しは役に立つ機会を与えてやろうという温情だ」
偉そうに顎を突き出す文官。
(ちょっと待って。都合よくポイ捨てしといて『温情』とか、前世のブラック企業のクソ上司でもそこまで厚顔無恥じゃなかったわよ!?)
私が憤りと恐怖に身を震わせた――その、次の瞬間だった。
ドオォォォォン――ッ!!!
大気が自重でひび割れるかのような、凄まじい密度の『漆黒の魔力』が、ギルバート様の身体から爆発的に吹き荒れた。
「ひえっ……!?」
「が、はっ……、な、なんだこの圧は……っ!?」
あまりの風圧と恐怖に、王宮の兵士たちがその場にバタバタと膝をつく。文官は顔面を紙のように真っ白にさせ、ガタガタと歯を鳴らして震え出した。
マドカの和食とお茶で、限界を超えて魔力が『超回復』している今のギルバート様は、全盛期すら超えた文字通りの帝国最強だ。
ギルバート様は、冷酷極まりない、すべてを凍りつかせる碧い瞳で文官を見下ろすと、地獄の底から響くような低い声で言い放った。
「我が私邸に無断で押し入り、俺のマドカを侮辱した。……その首、胴体と泣き別れになりたいと見えるな、王宮の犬ども」
(ギ、ギルバート様、怒るポイントが『私を侮辱されたこと』になってます! あとセリフが物凄く物騒ですーー!!)
帝国最強の騎士団長様の、怒りと過保護が完全に臨界点を突破した瞬間だった――。
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次回は【7月7日(火) 18時】に更新予定です。お楽しみに!
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