第10話:『ガチ凹みの騎士団長と、仲直りのみたらし団子』
「……旦那様。そうやっていつまでも執務室の隅で膝を抱えておられても、何も解決いたしませんぞ」
翌朝、お屋敷の廊下には、老執事バルトさんの深いため息が響き渡っていた。
チラリと開いた扉の隙間から中を覗くと、帝国最強の騎士団長様が、机の影で信じられないほど小さくなってガチ凹みしている。
「……バルト。俺は、取り返しのつかない過ちを犯した」
「突然、口づけをして逃げられたくらいで、この世の終わりのような顔をなされますな」
「嫌われた。マドカに、拒絶されたのだ。……俺の不躾な真似に、怯えてしまったに違いない。やはり俺の顔が、怖すぎたんだ……」
いつも冷徹なサファイアの碧眼をシパシパと揺らし、完全に自分の殻に引きこもっている。
そのあまりの弱気っぷりに、お屋敷のメイドさんたちも「旦那様、かわいそうに……」と遠巻きにハラハラしていた。
一方の私は、厨房で顔を真っ赤にしながら、すり鉢で米粉をこねていた。
(いや、嫌うわけないじゃん! 単に心の準備ができてなくて、心臓が爆発しそうだっただけなのに……あんなに凹まれると、こっちが悪者みたいじゃないの!)
誤解を解かなきゃいけないけれど、普通に謝るだけじゃ気まずい。
そこで私は、菜園で大収穫した大豆から作った醤油と、魔法収納から取り出した現代のお砂糖を使い、とろりとした黄金色のタレを作った。丸めたお団子を茹でて串に刺し、直火で少し焦げ目をつけ、タレをたっぷりと絡める。
日本が誇る甘じょっぱいの王様、特製『みたらし団子』の完成だ。
コンコン、と緊張で震える手で、ギルバート様の部屋の扉を叩く。
「ギルバート様、マドカです。……入っても、いいですか?」
中からガタゴトと派手な音が響いた後、ゆっくりと扉が開いた。
現れたギルバート様は、徹夜3日目のデバッグチームの先輩よりもさらにやつれた顔をしている。
「マドカ……。俺の顔を見て、怖くはないか……?」
「怖くないです! ほら、これ、仲直りのためにお菓子作ってきたので、食べてください!」
私はお盆を押し付けるようにして部屋に入り、みたらし団子をテーブルに置いた。
ギルバート様はおずおずと椅子に座り、ツヤツヤと輝くお団子を一口、ぱくりと口に含んだ。
モグ、と彼が咀嚼した、その瞬間――。
「っ……!?」
彼の身体から、シュウゥ……と、溜まりに溜まっていた負のオーラが一瞬で消え去り、優しくて温かい魔力が部屋を満たした。お米のモチモチとした食感と、醤油と砂糖の完璧な甘じょっぱさが、彼の傷ついたメンタルを一瞬で完全回復させていく。
「美味い……。この甘さと塩気の絶妙な味わいは、なんだ。……だがマドカ、俺にこんなに優しくして、本当に怒っていないのか?」
ギルバート様は不安そうに、大きな体もちんまりと縮めて私を見つめてくる。
その不器用な優しさと必死な目線に、私の理性が限界を迎えた。
「怒ってないです! 嫌うわけないじゃないですか! 初めてギルバート様を格好いいお兄さんだって意識しちゃって、恥ずかしすぎて頭が真っ白になって逃げただけです!!」
(あ、勢いでとんでもないこと口走っちゃった……! 恥ずかしすぎてみたらし団子の木串をへし折りそう…!)
静まり返る部屋。
ギルバート様は一瞬、きょとんと碧眼を見開いた後、フッと、今までで一番優しくて熱い笑みを浮かべた。
ガタッ、と彼が椅子から立ち上がる。
気づいた時には、私は彼の大きくて逞しい腕の中に、昨日よりもずっと力強く抱きしめられていた。
「な、ギルバート様、また距離が近――」
「マドカ。お前が俺を拒絶していないと分かって、本当に救われた。……もう二度と、逃がすつもりはないからな」
耳元で響く、低くて色気のある大人の声。
みたらし団子の甘い香りに包まれた執務室で、私は彼の独占欲がさらにパワーアップしてしまったことを確信し、どうしたら良いのか分からず、ただただ耳まで赤くなった顔を隠すようにその場で蹲るしかないのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次回は【7月6日(月) 18時】に更新予定です。お楽しみに!
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