5.薔薇のデジャヴ
大会前日。
私は剣を磨きながら、真剣に考えていた。
(どうすれば、違和感なく負けられるか……)
“剣聖令嬢”と呼ばれるまでに剣の腕を磨いたローゼの身体は、「負け」を経験したことがない。
「でも、やらなきゃなんだよなぁ……」
『推しブロマンス計画』のために、私は華麗に散る必要があるのだ。
「ローゼちゃん、学校はどう?」
「ひゅっ……!」
相変わらずノックをしない父・アーノルドが部屋に滑り込んできた。
でも、あまり文句は言えない。
無理を言って男子校に通わせてもらっているのだから――。
「女の子だってこと、バレてない?」
「え……ええ、なんとか」
アーノルドパパは、私が剣の道を極めるために士官学校へ入ったと思っている。
魔術メインの女学校では、それが叶わないかもと説得したところ、納得してくれたのだ。
ごめんなさい、パパ――でも。
私には、推しのブロマンスを見届けるという夢がある。
剣に映った曇り顔を眺めながら、再び磨く手を動かすと。
帰るかと思いきや、パパはまだ何か聞きたそうに留まっていた。
「ところでさ、縁談の件だけど。ガイアス君は何か言ってた?」
「え……?」
(どうしてガイアスの名前が……?)
「いや、聞いてないなら良いんだ」
「何でもない」と残して出て行ったパパに、首を傾げた。
私の縁談とガイアス――まるで共通点が思いつかない。
ガイアスは私が剣にしか興味のないやばい女だと思ってるはず。
お互い様だが。
それに、お淑やかなヒロインタイプの女性が好みだと、小さい頃に聞いたことがあるし――。
とにかく今は、負け方を考えないと。
頭の中でガイアスとの戦いをシミュレーションしながら、いつの間にか瞼が下りていた。
新入生歓迎会剣術大会、当日。
見物に来た女学園の生徒や、それぞれの学校の支援者や親たち――あらゆるゲストが、士官学校の闘技場に集っている。
VIP席には、学校理事のひとりであるパパの姿もあるが、どこか落ち着きがない。ハラハラしつつ、男子生徒に紛れる私を見守っていた。
「ええと、対戦表は……」
なんと――巨大な掲示板のトーナメント、下段左隅、1回戦で推しとガイアスが当たっている。
「……だ、大丈夫だよね」
手は尽くした。
ノーベルは何度転んでも自力で立ち上がるようになったし、すぐに「休憩を……」とも言わなくなった。
ただ、剣技の腕が上がったかと言われれば――いや。もう彼にすべて委ねよう。
“強さ”とは技術ではなく、『立ち向かうこと』――大会前夜の推しに、ローゼの信条であるこの言葉を贈っている。
(でも、せめて一太刀くらい……)
淡い期待を抱きつつ、観覧席へ移動したところ。
「勝者、ガイアス〜!!」
はじめの合図から推しが膝をつくまで、本当に瞬きの間の出来事だった。
でも――汗ひとつかいていないガイアスは、ステージを降りようとしない。
「えっ……ガイアス先生?」
構えていただけで汗だくのノーベルに、手を差し伸べたのだ。それも、「なかなかやるようになったな」と、言葉を添えて。
「以前は軟弱だった構えが、一瞬でも真っ直ぐだった。それに――」
何より闘志を感じた――。
ガイアスの曇りない声に、推しの瞳へ光が灯った。
「……先生っ!」
ガイアスの無骨な手を、推しのツヤツヤな手が握り返した――会場からは拍手が起こっている。
「っっっっっっっ」
涙が止まらない。
息が、できない――。
隣の見知らぬ生徒に「大丈夫か?」と、ガチ心配されたが。「問題ない」と答える声が震えてしまう。
「リアルな供給が、身体に染みすぎただけですからっ!」
でも、まだ足りない。
推しが手を取り合った瞬間を、永遠に再生したいのに。
どうしてこの世界は動画が撮れないの――!?
ともかく、呼吸を落ち着けたところで。
指導の成果が出たという達成感を、遅れて感じた。
推しは弱々だけれど、それは最初だけ。
だれよりも強い心を持った彼は、ヒロインが惚れるほどに強くなるんだから――!
ただ、問題はこの後だ。
不本意にも2人のブロマンスの邪魔者になってしまった“私”を排除するために、「目立たず、でも、あっさり」負けなければ。
「できれば、次の対戦で……」
名前も知らない生徒に負けるのは、剣聖のプライドが許さない。
(せめて、ガイアスと当たるまでは勝ち進めないと!)
ただ。ガイアスとはだいぶ対戦組が離れている。
(まさか、決勝まではいかないよね……?)
そんなフラグを立てたが最後。
嫌な予感というものは、当たってしまうもので――。
「決勝戦まで勝ち抜いたのは〜! 3年の聖騎士ガイアス〜!!」
しまった。
決勝は同時進行の試合がない。
こんなの絶対、目立ちすぎる――!
「対するは1年期待の新星、ロズ〜!!」
それに、ここには私を知っている人が多すぎる――とりあえず、顔は鎧で隠すことにしなければ。
いざ、ステージ上でガイアスと向き合うと。
「ロズ様、どうか頑張ってください!」
「ロズさん〜、ガイアス先生〜、どっちもがんばれぇ〜!」
応援してくれるユリシアと、推しの声が聞こえてくる。
「貴様は入学して間もないのに、すでに慕われているな」
初見でふざけた変顔を見せたやつとは思えない――ガイアスの言葉に、胸が痛んだ。
(私だって、あんな顔で『ロズ』の印象悪くしたくなかったわ……!)
できるだけ声を出さないようにしつつ、剣を抜いた。
もう、さっさと始めて負けたいのだが――こいつ、中身が私だとは思いもしないのだろう。
「あれほどノーベルに教えるのが上手い奴は、ただものではない」と、勝手に盛り上がっている。
「あの、そろそろ……」
「ん、ああ、そうだな」
悪い――そう言って、ガイアスが剣を抜いた瞬間。
手が痺れるほどの威圧と、研ぎ澄まされた構えを目の当たりにした。
(これ、負けるフリしなくても勝てないかも……?)
ただ、強敵を前にした時にこそ熱くなるローゼの血が騒いでいる。
これは、簡単に負けるのは難しそうだ。
「いざ」
「尋常に――」
互いの呼吸が消えた途端。
血が沸騰しそうなほどに煮えたぎる身体が、勝手に躍動した。
「……いててっ」
あの男、本気だった――。
大会後。
鎧越しでも傷ついた腕を治すため、医務室に向かった。医務室の先生は会場の救護テントで治療中。
傷薬を勝手に拝借して、夕陽の差し込むカーテンを閉め切った。
「……よし。鍵もかけて、と」
安心したところで鎧を脱ぎ、サラシを取って、お気に入りの薔薇のキャミソール一枚になった。
「はぁ……」
ため息を吐きつつ、疲れた身体をベッドに沈める。
「……やってしまった」
17になるまで、ほぼ毎日鍛錬を積んだローゼの身体は、手加減こそできても負けることを許さなかった。
そんな私が負けるためには――もう、剣を離すしかなかったのだ。
「あー……絶対わざとらしかったよなぁ」
私の剣を、ガイアスの剣が弾いたように見せかけた瞬間――彼は、鋭い黄金の瞳を見開いた。
たぶん、手を抜いたのがバレた――。
(ガイアスの目、怖かったな……)
男性恐怖症とまでは言わなくても、上から見てくる男は苦手だ。
だからこそ、推しのように弱くても優しく、伸び代がある男性に惹かれる。それは多分、ローゼの好みではなく“私”の好みだろうけれど――。
「……ローゼはずっと1人なのかな」
パパがもってきた縁談は、きっともう断っただろう。
でも、嫁の貰い手がないからといって、推しとガイアスのブロマンスを一生そばで見ていることなんてできない。
だからこそ、今だけのきらめきを楽しみたい――。
「そういえば……」
(縁談の相手、誰だったんだろう?)
再びため息を吐きつつ、身体を起こした。
冷えてきた肩をさすりながら、制服に着替えようと、立ち上がった瞬間――。
「貴様、わざと負けるとはどういうことだ!」
あまりの驚きに、声すら出なかった。
鍵、かけたはずなのに――!
もはや扉を破る勢いで乗り込んできたのは、よりにもよってガイアス。
とっさにシーツで身体を隠そうとしたが。
口を半開きにしたまま固まるガイアスの目は、私の胸元に降りていた。
「……その、薔薇の下着」
剣をわざと離した時より、ずっと驚いている。
マズい。
女だとバレることより、もっと悪い事態発生――ガイアスは、この前部屋で見た下着をばっちり覚えていたらしい。
「お前……『ローゼリア』、なのか?」




