4.推し育成計画
『推し育成計画』開始から、1週間。
「ろ、ロズさん! さすがに休憩のお恵みを〜!」
「……水飲みくらいならば、どうぞ」
本来魔法適正が高い彼にとって、剣術を極めることなど不可能。でも、ノーベルの成長幅は誰よりもすごいことは分かっている。
身体も、心も。
だから私は推しを信じ、剣を打ち込むだけだ。
「ちょっと、手を貸してくださぁい」
芝生の上に座り込んだ推しが、目を潤ませながらそんなことを言ってきた。
「ぐっ……」
成人済み男子のくせに甘えん坊なんて、元の世界じゃ痛いだけ。
でも、推しならすべて許される。
ただ――こういうのは全部、ガイアスとやってもらわなければ!
「私に甘えないでください!」
「……はぁい。ロズさんみたいな“強い剣士”を目指すなら、こんなんじゃいけませんよね」
私は知っている。
悪漢に襲われることが日常茶飯事の彼が、自衛できるくらいに強くなりたがっていることを。
「……ほら、起きてください」
前世の記憶を思い出した時のように、推しへ手を差し出し、「焦らないで」と呟けば。
ノーベルは笑って、私の手をそっと掴んだ。
(推しの手の感触を味わうのは、もうこれきりにしないと……)
「この感じ、鍛錬場の先生を思い出しました〜」
「……!」
気づかれてはいない。
でも、指南役としてのローゼリアを出し過ぎれば気づかれる――。
(ここでは別人を演じないと……)
水を飲みに行った推しを待つ間。ベンチに腰掛け、『ロズ』という男の設定を考えることにしたのだが――。
「ロズ様!」
壁の向こうから聞こえる女子の声に、脳内会議は一瞬で終了した。
今のは――正規ヒロイン・ユリシアの声だ。
「……はい?」
「ああ、やっぱりそこですね!」
(どうして分かったんだろう……?)
ふたつの学校の広場を隔てているのが、壁一枚だとしても。私が今ここにいるかなんて、分かるはずがないのに――訊ねる間もなく、彼女は「隙間から見てください」と声を張った。
そこには、どこかの不届き者が開けた古い穴がある。
誰かに見られたら、やばい絵面だけど――女学園側を覗くと。彼女は、私が父経由で届けさせた制服を着こなしていた。
「夢みたいです……鍛冶屋の娘の私が、貴族の方々と同じ制服に袖を通せるなんて!」
泣きそうになりながら頭を下げる彼女に、つい頬が緩んだ。
ユリシア、尊いな――『バラ剣』の楽しみ方が「ブロマンス」に寄っていたせいで、あんまり感情移入してなかったとはいえ。
純粋で素直なところが、なんとなく推しと似ている。
でも――死亡フラグが立っていないかだけは、常に意識していないと。
(私がユリシアに惚れて、ヤンデレ化しなければいい話なんだけど……)
「お礼は必ずさせてくださいね」
「えっ、別に構いません!」
「本当に好きでしたこと」と繰り返せば、ユリシアは寂しげに瞼を伏せた。
「イケメ――ロズ様との接点、失いたくないのですが……」
「え?」
こんなにあざとい表情――スチルでも見たことがない。
「では、そろそろ授業が始まりますからっ!」
(さっきの、幻……?)
小さな背中が駆けていくのを見送り、壁から離れた。
私がイメージするユリシアとは少し違うが、彼女は良い子だ――それでも、推しかガイアスとくっつく事態だけは阻止しなければ。
“推しとガイアスの友情エンドを見届けること”
それが、私がこの世界に生を受けた理由なのだから。
「だれと話してたんですか〜?」
「ひゃっ!?」
振り返ると。
今度は、宝石のような輝きを放つ推しの瞳が迫っていた。
近い、輝きが強すぎる――!
定期的に命狙われるくせに、人との距離がバグっているところも可愛い――でも。
今はダメだ。その可愛いを向ける対象は私じゃない。
「ノーベル先輩、近っ! というか、遅かったです――」
彼が身を引いたことで、背後に立つ黒髪の不愛想な大男に気づいた。
こちらを警戒心たっぷりに見つめる顔色の悪い彼は、「今もっとも探したいけれど顔を合わせたくない男」。
「こちら、ガイアス先生です〜」
「学校で先生はやめろ」
そうか――。
私と同じく、ガイアスも指南役として鍛錬場で奉仕活動しているのだ。門下生のノーベルと顔見知りになった可能性は十分ある。
「え、私が知らないところで始まってた……?」
脳内で薔薇色に輝く、「ブロマンス」の文字に影がさした。
これから絆を育み、「心の友」として永遠のマブダチとなる二人の出会いの瞬間を、まさか見逃すなんて――。
悔し涙で前が見えない。
「……おい、こいつどこか悪いのか?」
「ロズさんはしっかりものですけど、たまーに固まるんですよねぇ〜」
しかも、すでに仲良くなりつつあるみたいだ。
なんで?
全然タイプ違うじゃん!
何があったの?
教えて!
口からあふれ出そうな疑問を手で塞ぎ、泣きそうになっていると。「気持ち悪いのか?」と、ガイアスが無駄な優しさを発揮してきた。
こいつ――ゲーム初期ではヒロインに、ツンな態度ばかり見せていたくせに。
初見の男に優しいなんて、一体どういうことか。
「……お前、どこかで会ったことあるか?」
「え!?」
そうだ、落ち込んでいる場合じゃない――顔の原型が無くなるほどの勢いで力を入れ、ガイアスに向き直った。
「おっ、お会いしたことぉ、ないですよっ!」
「……そのようだな」
こんなふざけたやつ、初めてだ――そう言って、ガイアスは眉間の皺を濃くした。
よし。
名誉は失ったけれど、秘密は守られた。
ガイアスは家柄が近く、幼なじみと言えるほど、ローゼと一緒にいた時間が長い。正面から顔を合わせたらバレる可能性がある。
これも全部、ブロマンスのため――。
「……信じたくないが、お前なのか? 腕の立つ新入生というのは」
まさか、ノーベルからそれを聞いてきたのか。
(そういえば剣術バカだったな……)
強い相手と聞けば飛んできて、とりあえず勝負を挑むほどの。
「あ、ええと……! ディアストラ先輩は授業に出られないのですか?」
ここは逃げるが勝ち。
「次は自分、座学ですから」と、去ろうとしたところ。
「待て」
行手を阻んだのは、冷たく光る銀の刀身――。
剣を抜く音がしなかった。
切れ長の目から放たれる威圧に、全身から汗が噴き出る。
「……なんの真似ですか?」
「抜け」
ゲーム画面越しとは比べ物にならない、鋭い殺気。
でも、怯むわけにはいかない。
推しが心配そうに様子をうかがっている――このまま怖がっている素振りを見せれば、彼の中の、ガイアスの株を下げてしまうかもしれない。
(ガイアス頼むから、推しに好かれるムーブをしてくれ……!)
良い意味で誇り高い、悪い意味で高慢な男は、ふんわり天然な推しのカプ相手としては至高――個人的には好きになれないが、推しの相手はガイアスしか許せない。
「おい、聞いているのか?」
おまけに、低音が無駄にいいところもムカつく――。
腰の剣に伸ばしかけた腕を下ろし、睨むようにガイアスを見上げた。
「……いいですよ。でも」
抜くのは、1週間後の剣術大会。
ガイアスをこてんぱんにして、その自信を潰してやろう。
国の剣術大会3連覇――「剣聖」の称号を賜った私に、こんな目を向けるのはガイアスだけだ。
今の私はローゼではなく、「ロズ」だけれど。
「勝ってみせますよ、先輩に」
「面白い。楽しみにしている」
珍しく微笑むガイアスと、傍らでハラハラしながらこちらを見つめる推しを見た瞬間。
(あれ……?)
これで良かったのだったか――心の隅に影が射した。
私が剣術大会でするべきことって、ガイアスを“わからせる”ことだったんだっけ――?
「違うだろ!!」
部屋に戻って制服を脱いだことで、ようやく正気に戻った。
枕に向かって叫んでも、まだ足りない。
私が推しの師匠で、ガイアスのライバルになるとか――。
「それ! ぜんぶ! あの人たちに求めるかんけいっ!」
推しの師匠となったガイアスが、強くなった推しに、「これからは弟子ではなくライバルだな」――と、肩ポンする。
それこそが、私の考えていた『推しブロマンス計画』の筋書き。
私さえ入っていなければ完璧なのに――!
もはやヒロインの“ロマンス”ではなく、推しの“ブロマンス”を邪魔する悪役令嬢になっている気がする。
「はぁ……でも」
全校生徒出場しなければならないのだから仕方ない。出ることは決定事項だ。
「そういえば私、ガイアスに勝てるのかな」
お家柄、学生とはいえすでに騎士の称号を持っているガイアスは、国の剣術大会には参加できない。つまり、私とはガチな場で試合ったことがないのだ。
(いやいや、また目的違ってるし……)
私の目的は、推しとガイアスの絆を深めること――ガイアスに勝つことではない。
「あ……そうか!」
何でこんなに簡単なことに気づかなかったのか。
推しとガイアスの関係から私を排除するには、私が負ければいい――。
「そうすれば……」
『ガイアス先生強ぉい! ミラクルです〜!』
瞳を輝かせた推しが、ガイアスを拍手で称える映像が脳内再生された。
これは、いける――!
「よし……“華麗に”負けてやろう!」
でも、負け方は慎重に考えておかなければ。
あのガイアスを欺くには、半端な方法ではいけないのだから。




