3.どうして私がブロマンス……?
今日からしばらくの間、私は士官学校新入生の『ロズ』。
「推したちも、入学式来てるのかな……?」
重要なのは、「目立たないこと」、「カプ対象に認知されないこと」。
『推しブロマンス計画』の鉄則を胸に刻みながら、石造りの渡り廊下を急いだ。
早くいかなければ――初日から遅刻しては、悪目立ちしてしまう。
(よし、誰にも気づかれずに講堂へ……)
「あの赤髪、新入生?」
「えっ、女子……なわけないか」
(なにっ……!?)
すれ違う生徒たちの視線が、明らかにこちらを向いている。
男装、完璧なはずなのに――どの辺から「女子」がにじみでているというのか。
(いや、これはきっと気のせい……私は空気、空気なんだ……)
ヒロインと同じように、悪役令嬢には隠せない華があるのだろう。
できるだけ眉根を寄せ、俯きながら廊下を早歩きしていると。
「うわぁあああ!」
裏庭の方から、尋常ではない悲鳴が聞こえてきた。
「今度はなに!?」
誰かがふざけているのか。
だとしたら、私には関係ないが――。
「……あっ、そうか!」
これはゲームでもあった「イベント」だ。
気づくやいなや、入学式が行われる講堂ではなく、裏庭へと足を向けた。
『推しブロマンス計画』の鉄則?
彼の命の方が大事に決まっている。
迷路のような生け垣を抜けた先には、やっぱり思った通り――黒服の男3人が、銀髪の生徒を取り囲んでいた。
「やっぱり……」
ならず者に襲われているのは、推し。
彼は外交官の息子で、どこにいても襲われやすい設定がある。
(ゲームの設定、この世界でも発動するんだ……)
まだ、推しと賊はこちらに気づいていない。
「やるしかないか……」
腰の剣に手をかけようとしたが――手は空を切った。
「あっ……」
入学式は帯刀が許されない。
学校の武器庫に置いてきてしまったんだった。
(うわっ、どうしよ……!)
生垣に囲まれた庭を見回し、何か武器になるものがないか探していると。
巨大な赤薔薇が目に留まった。
(そういや私、魔法使えるじゃんか……!)
薔薇の生け垣から、太めの一本を引き抜いた。
鋭い棘が刺さり、手のひらが血まみれになったけど――むしろ今は好都合。
【血を喰みて刃となれ】
小声で唱えた瞬間。荊に血が吸い込まれ、赤く脈打った。
花弁は真紅の刀身へ、荊の茎は深緑の柄へ変化し、やがて植物のレイピアができあがる。
「やった……できた!」
植物を武器に変えられるローゼの魔法、まさかここで役に立つなんて――!
でも、長くはもたない。
魔法が解ける前に、早く推しを助けないと。
「お前は……ヴッ!」
とりあえず賊1人の背後に回り込み、みねうちを食らわせた。
もう不意打ちはできない。
「早くこい!」
「あ、あなたは……?」
転んでいた推しの手を引き、自分の背後に隠した。
「わぁ、助けてくださるのですか? ありがとうございます~」
「……はぁ」
しかし緊張感がない。
賊の方は痛いほどの殺気を放っているというのに、推しは困ったように笑っていた。
「僕ってば父の仕事柄、命を狙われることが多いんですよ~」
鈍感なのか、呑気なのか。
でも、さすが推し――天然なところも大好きだ。
(死んでも守る……!)
緩んだ頬を締め直し、こちらを舐めた目で見る賊を睨みつけた。
「なんだぁ、お前は?」
「それはこちらのセリフだ、侵入者め!」
深く息を吸い、緊張を集中に変える。
そして。
一気に踏み込んだ。
「くっ……こいつ強い!」
「学生じゃないのか!?」
相手の刀を目でとらえなくても、身体が勝手に動く。
1歳から剣を握っていたというローゼの経験と勘が、元の世界で運動神経ゼロだった私を導いてくれる。
「ふっ……!」
薔薇の剣の柄でひとりの鳩尾を突き、もうひとりの胸を蹴ったところで。
「ノーベル様!! 遅れて申し訳ございません」
屋根の上から、スーツ姿の護衛男性2人が飛び降りてきた。
立ち方を見た感じ、襲ってきた連中よりも強そうだが――護衛対象から離れるなんて、なっていない。
「僕が快適な学生生活を送れるようにって、ふだんは距離を置いてくれているんです〜」
「……護衛がいるから落ち着いていたのですか」
剣からただの花へと元に戻った薔薇を軽く握り、「いらぬ世話だったようですね」と呟いた。
つい流れで推しと接触してしまったが―― 「目立たないこと」、「カプ対象に認知されないこと」、計画の鉄則を速攻で破ってしまった!
これ以上、印象を残すわけにはいかない。
さっさとその場を去ろうとしたところ。
「あっ、待って……!」
薔薇を持った手が、温かい何かに包まれた。
これは、まさか――推しの手?
とっさに振り返ると。
同じ目の高さに、眉を下げた麗しい顔面があった。
「かっ……!」
顔が良すぎて息ができない――!
「あ、はな、放し……」
(頼むから離れて! それだけで救える命があるんだ……!)
推しの優しい心を傷つけないように、かつ、さり気なく手を振り解く方法を考えていると。
「僕のために、こんな血だらけに……」
ハンカチで傷ついた手を覆ってくれた推しに、思わず目を見張った。
そうだ。
ノーベルは、こういうことが素でできてしまう、“ヒロインよりもヒロインらしい”男だった。
こんなの好きになってしまう――いや、もう前世から落ちていた。
「見ない顔ですね〜。お名前と所属は?」
「えっ……!」
今更ながら、顔を背けた。
鍛錬場で指南役をする「グライシス嬢」だとは気づいていないようだが――さすがに、ここまで近いとバレる気がする。
「あの、ろ、ロズ……です。私はそろそろ入学式に……」
何かしらのフラグが立つ前に、早く推しから距離を取らなければ。
「待って!」
推しよ、まだ何かあるのか――額に汗がにじむ。
「ロズさんの強さ、憧れますっ!」
真っ直ぐな目。
こんな顔、剣の指導中は見たことなかった。いや、あの時は記憶が戻ったばかりで混乱していたが。
「薔薇を武器に変える魔法ですか? 魔法もすごいのに、剣もすごいって……もう、『ダブル・ミラクル』ですっ!」
天然な推しが、「推し語」で一生懸命に、私の剣さばきや魔法の鮮やかさについて語っている――嬉しさより羞恥が勝つ案件だ、これ。
「突然ですけど、『新入生歓迎剣術大会』のことはご存知ですよねぇ?」
「え……は、はい!」
ウソ。聞いていない。
士官学校、そんな面白そうなことしていたのか。
「魔術師も、志望関係なく全員強制参加でしょう? ですから……」
学校で剣の課外指導をしてほしい――推しの懇願するような瞳に、思わず固まってしまった。
「えっ、私が……ですか?」
「はい、ぜひあなたに!」
もう一度確認しておこう。
私がわざわざ男装して士官学校に入学したのは、剣の道を極めるためではない。ましてや、推しを鍛え上げる“師”になるためでもない。
“推しとガイアスのブロマンスを見届けること”
ただ、それだけのためだったのに。
どうして悪役令嬢が、攻略対象と絆を育む流れになってしまったのか――。
「この軟弱者……じゃなくて、お行儀が良すぎですよ、ノーベル先輩!」
「うわっ、わぁ! 剣に身体が振り回されちゃいます〜」
グライシス鍛錬場の指南役であることを隠しながら、まさか学校でも推しに剣術指導をすることになるなんて――。
「私はただ、推しのブロマンスが見たかっただけなのに……」
「はい? ロズさん、休憩ですかぁ〜?」
せっかく男子学生の『ロズ』として士官学校へ潜入したのに、入学以来1週間もこんな調子だ。
やる気があるのかないのか分からない推しに付き合って、空き時間に広場で剣を振るう日々。
まずは、学校のどこかにいるガイアスと推しを引き会わせないといけないのに。彼がどこのクラスか、まだ探せていない。
結局参加できなかった入学式以外で、全校生徒が集まるタイミングといえば――。
「あ……そうだ!」
推しが剣術大会でガイアスと当たれば――そこがブロマンス・チャンスになるかも!?
でも、実際のガイアスは強い相手にしか興味がない剣術バカ。推しに興味を持たせるには、推しを鍛えるしかない。
そうか、これは――推しとガイアスの出会いのきっかけを作る良い機会ということ。
そのためなら私は、推しに対して鬼にもなれる――!
「休憩まで素振り100回! もっと深く踏み込んで!」
「ひぃ! ロズさん、急に厳しくなってませんか〜?」
2週間後の「新入生歓迎剣術大会」に向けて。
せめて、ガイアスに幻滅されない程度には仕上げなければ――!




