2.薔薇散る決意
「はぁ、びびったぁ……」
推しのカプ相手、ガイアスの無言部屋凸。
しかもローゼリアが着ていた薔薇のキャミソール、思いきり見られた。
ただ、ローゼはこんなことで「お嫁にいけませんわ!」なんて落ち込むような悪役令嬢ではない。むしろ、衝動的に斬りかからなかったことを褒めてほしい。
「……服着て、パパのところ行かなきゃ」
今は『推しブロマンス計画』のため、士官学校へ潜入する段取りを進めなければ。
“弱カワイイ推し”とは真逆の、“攻め無骨騎士”を頭から追い出したところで――いつものシャツとパンツスタイルになると。
「ローゼちゃん!!」
「ひゅっ……」
また――背後からの低音に、今度は声にならない悲鳴が出た。
「お、お父様……!」
これから訪ねようとしていた、赤髭の筋肉質なイケおじ。ローゼの父親であり、グライシアス家当主のアーノルドが、含みのある笑みを浮かべていた。
なぜ、この部屋に出入りする男どもはノックをしないのか――!
ガイアスにも言った文句を繰り返せば、「ノックしたよ」と、同じセリフが返ってきた。
「それで、何のご用です……?」
怪しい。
普段から、ローゼには気さくで優しいパパ・アーノルドだが、やけに顔が緩んでいる。
「うん、ついにローゼにも来たんだよ! 縁談が……!」
「えっ……」
縁談――名家のご令嬢であれば避けられない人生イベント。
「私より強い男でなければ結婚しない」――そう、剣術大会で優勝するたびに公言していたローゼには、17になるまでひとつも縁談話なんて来なかったのに。
(いったい全体、どこのモノ好きが……!?)
つい数分前まで薔薇色に見えていたブロマンスへの階段が、一気に暗転した。
この人生は、推しの(ブロマンスの)ために捧げると決めたのに――!
悪役令嬢? 正規ヒロイン? 処刑エンド?
そんなもの、私の剣でぶった斬る――そう、決心したばかりだったのに。
「うちと同じ家柄の騎士くんだ。ローゼちゃんに負けない強さだって、パパが保証するよ!?」
あからさまに俯く私に構わず、赤髭パパは「もちろん受けるよね?」と強めに投げかけてきた。
「私は……」
今、気づいてしまった。
どこかの良家と結婚すれば、正規ヒロインと会うこともない。バッドエンドは確実に回避できるだろう。
でも――死より辛いのが、“推し”とガイアスのブロマンスをこの目で見届けられないこと。
『バラ剣』は、ニッチながらも正統派の乙女ゲーム。当然攻略対象同士の友情エンドはあるはずもなく、推しのブロマンスを摂取できるのは“二次創作”限定だった。
でも、この世界は紛れもない現実。
つまり、「公式」で“推し”のブロマンスを拝むことができる。
私、やっぱり諦められない――。
たとえこれが、バッドエンドへの道だとしても。
“公式ブロマンス計画”は、前世の私の悲願でもあるのだから。
「お父様、私は……」
すっと顔を上げ、私と同じ色の瞳をまっすぐに見つめた。
「士官学校の生徒になります!」
推しとガイアスの“友情名場面”、全部この目で見届けてやる――。
「ローゼ、今……なんて言ったんだい?」
士官学校に通う。
その宣言だけでは、父アーノルドは「あそこ男子校だよ?」と、苦笑いを浮かべるだけだった。
証明しなければ。
私が本気だということを。
「……見ていてください」
覚悟を示すなら、ローゼが大切にしていた何かを賭けなければ――。
部屋の隅に置いた練習用の剣を拾い上げ、視界の端にちらつく赤髪を握った。
「待ちなさい、何を……!」
よく磨いた刀身に押しつければ――艶やかな髪が、流れるように切れていく。
(ごめん、ローゼが大事にしていた髪の毛たち……)
燃えるような赤髪が舞う中。唖然とする父を、まっすぐに見つめた。
「私は本気ですお父様! 明日から、士官学校へ通います」
男性限定なのは分かっている。だから、架空の人物として通うしかない。
「でも、急にどうして……やっぱり結婚が嫌なのかい?」
「いいえ、違います」
大理石の床に落ちた髪を、名残惜しそうに見つめる父。
良家の一人娘である、ローゼの役割は分かっていた――でも。
「私は、ひとつの道を極めなければなりません!」
そう。
推しのブロマンスを見届けるという道を――。
剣を掲げ、言い放つと。
「そっか……ローゼは、そこまでして剣の道を」
(よし、都合の良いように解釈してる!)
言葉を失ったままの父の背中を押し、「手続きは頼みましたよ」と部屋から追い出した。
もう、後戻りはできない。
推しとガイアスのブロマンスを見届けるためなら、どんな手でも使ってやる――!
翌週。
鏡の前に立つローゼの姿――肩の上で揺れる赤髪、凛々しい銀の瞳、それに軍服のようなデザインの制服は、どこからどう見ても“男”にしか見えない。
(ちょっと背は低いけど……)
完璧な男装で、いざ士官学校の入学式へ――今日は、女学園の入学式でもある。
隣り合う校門の前には、新しい制服に浮かれる女子生徒や、緊張した様子の士官学校生が混ざり合っていた。
「……これだけいれば、私だってバレないよね?」
父を説得して、女学園の方は3か月の休学届を出している。「さすがにそれ以上はやばい」と言われてしまった。
つまり、仕官学校の生徒に化けて、ブロマンスを成立させられる期限はたった3ヶ月――その間に推しとガイアスを「マブダチ」まで後押ししなければ。
まず、本当に私の死神――正規ヒロイン・ユリシアはこの世界に存在するのか。
(実際の問題、このままだと私は……)
改めて、ローゼは“悪役令嬢”。
正規ヒロインに恋してヤンデレ化し、他の攻略対象を殺害して処刑される――あのニッチなゲームの狂気エンドに突き進んでしまったら、最悪だ。
念のため、先に確認しておこう――。
隣り合うふたつの門の境に立ち、校内へ流れる生徒たちを眺めていると。
「あんな麗しい殿方、士官学校にいらっしゃいました?」
「キレイな赤髪……でも、見覚えがあるような」
(マズい……!)
あの女生徒たち、こっちを見ている。
男装しているとはいえ、うかつだったか――。
顔を袖で隠し、士官学校側へ避難しようとした瞬間。
「だれかお探しですか?」
背後から、凛とした声が響いた。
振り返った先には、百合の花のような佇まいのゆるふわ少女。澄んだ瞳から、純真さがにじみ出ている。
間違いない――ユリシアだ。
(でも、どうして……)
見ず知らずの私に声をかけてきたのか。
「あら? あなた様は……」
なぜか頭のてっぺんからつま先まで、じっくり見られている。
私が記憶を取り戻した時、推しから目が離せなくなった時みたいに。
「ん……?」
それにしても彼女は、女学園唯一の特待生だというのに。町娘のようなエプロン姿のままだ。
制服はどうしたのか――訊ねようとすると、周囲の声がはっきりと聞こえてきた。
「まさか、あれが特待生ですの?」
「いかにも貧乏人だわ」
ご令嬢たちの陰口が、わざとらしい音量で聞こえてくる。それでもユリシアは――「大丈夫ですか?」と、固まっている私の心配をしている。
絶対聞こえているのに。
私だったら、剣を抜きかけているところだ――。
「あの、制服は支給されなかったのですか?」
「……お恥ずかしい話ですが」
学校側から特待生へ支給されたのは学費のみで、その他は自費。教科書を揃えたら制服代は足りなかったと、ユリシアはまぶたを伏せた。
「そんな……」
父が支援者を務める学校で、そんな不公平があってはならない。
せっかく優秀だからと入学できたのに――後で父経由で制服を届けさせよう。
(あれ……?)
いつの間にか私、ユリシアに肩入れしている。
そう気づいた瞬間、荘厳な鐘の音が鳴り渡った。
「あっ……!」
もう、士官学校の入学式に行かないと――。
「後で制服を届けさせます!」
こちらを不思議そうに見上げるユリシアに微笑み、背を向けた。
「赤髪のイケメ……殿方! せめてお名前を!」
名前――そうだ、この姿の時の名前、どうしよう!
「ロ、ロ……『ロズ』といいます!」
「それでは」と、今度こそ門を離れて走り出した。
「くっそイケメン」――そんな言葉が遅れて聞こえたが、気のせいだろう。
白百合のような女子が、「くそ」なんて言葉を使うはずがない。




