表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

2.薔薇散る決意

「はぁ、びびったぁ……」


 推し(ノーベル)のカプ相手、ガイアスの無言部屋凸。

 しかもローゼリアが着ていた薔薇のキャミソール、思いきり見られた。


 ただ、ローゼはこんなことで「お嫁にいけませんわ!」なんて落ち込むような悪役令嬢ではない。むしろ、衝動的に斬りかからなかったことを褒めてほしい。


「……服着て、パパのところ行かなきゃ」


 今は『推しブロマンス計画』のため、士官学校へ潜入する段取りを進めなければ。


 “弱カワイイ推し”とは真逆の、“攻め無骨騎士”を頭から追い出したところで――いつものシャツとパンツスタイルになると。


「ローゼちゃん!!」

「ひゅっ……」


 また――背後からの低音に、今度は声にならない悲鳴が出た。


「お、お父様……!」

 

 これから訪ねようとしていた、赤髭の筋肉質なイケおじ。ローゼの父親であり、グライシアス家当主のアーノルドが、含みのある笑みを浮かべていた。


 なぜ、この部屋に出入りする男どもはノックをしないのか――!


 ガイアスにも言った文句を繰り返せば、「ノックしたよ」と、同じセリフが返ってきた。


「それで、何のご用です……?」


 怪しい。

 普段から、ローゼには気さくで優しいパパ・アーノルドだが、やけに顔が緩んでいる。


「うん、ついにローゼにも来たんだよ! 縁談が……!」

「えっ……」


 縁談――名家のご令嬢であれば避けられない人生イベント。

「私より強い男でなければ結婚しない」――そう、剣術大会で優勝するたびに公言していたローゼには、17になるまでひとつも縁談話なんて来なかったのに。


(いったい全体、どこのモノ好きが……!?)


 つい数分前まで薔薇色に見えていたブロマンスへの階段が、一気に暗転した。


 この人生は、推しの(ブロマンスの)ために捧げると決めたのに――!


 悪役令嬢? 正規ヒロイン? 処刑エンド?


 そんなもの、私の剣でぶった斬る――そう、決心したばかりだったのに。


「うちと同じ家柄の騎士くんだ。ローゼちゃんに負けない強さだって、パパが保証するよ!?」


 あからさまに俯く私に構わず、赤髭パパは「もちろん受けるよね?」と強めに投げかけてきた。


「私は……」


 今、気づいてしまった。

 どこかの良家と結婚すれば、正規ヒロインと会うこともない。バッドエンドは確実に回避できるだろう。


 でも――死より辛いのが、“推し(ノーベル)”とガイアスのブロマンスをこの目で見届けられないこと。


『バラ剣』は、ニッチながらも正統派の乙女ゲーム。当然攻略対象同士の友情エンドはあるはずもなく、推しのブロマンスを摂取できるのは“二次創作”限定だった。

 でも、この世界は紛れもない現実。

 つまり、「公式」で“推し”のブロマンスを拝むことができる。


 私、やっぱり諦められない――。


 たとえこれが、バッドエンドへの道だとしても。

 “公式ブロマンス計画”は、前世の私の悲願でもあるのだから。


「お父様、私は……」


 すっと顔を上げ、私と同じ色の瞳をまっすぐに見つめた。


「士官学校の生徒になります!」


 推しとガイアスの“友情名場面”、全部この目で見届けてやる――。


「ローゼ、今……なんて言ったんだい?」


 士官学校に通う。

 その宣言だけでは、父アーノルドは「あそこ男子校だよ?」と、苦笑いを浮かべるだけだった。


 証明しなければ。

 私が本気だということを。


「……見ていてください」


 覚悟を示すなら、ローゼが大切にしていた何かを賭けなければ――。


 部屋の隅に置いた練習用の剣を拾い上げ、視界の端にちらつく赤髪を握った。


「待ちなさい、何を……!」


 よく磨いた刀身に押しつければ――艶やかな髪が、流れるように切れていく。


(ごめん、ローゼが大事にしていた髪の毛たち……)


 燃えるような赤髪が舞う中。唖然とする父を、まっすぐに見つめた。


「私は本気ですお父様! 明日から、士官学校へ通います」


 男性限定なのは分かっている。だから、架空の人物として通うしかない。


「でも、急にどうして……やっぱり結婚が嫌なのかい?」

「いいえ、違います」


 大理石の床に落ちた髪を、名残惜しそうに見つめる父。

 良家の一人娘である、ローゼの役割は分かっていた――でも。


「私は、ひとつの道を極めなければなりません!」


 そう。

 推しのブロマンスを見届けるという道を――。


 剣を掲げ、言い放つと。


「そっか……ローゼは、そこまでして剣の道を」


(よし、都合の良いように解釈してる!)


 言葉を失ったままの父の背中を押し、「手続きは頼みましたよ」と部屋から追い出した。


 もう、後戻りはできない。

 推しとガイアスのブロマンスを見届けるためなら、どんな手でも使ってやる――!




 翌週。

 鏡の前に立つローゼの姿――肩の上で揺れる赤髪、凛々しい銀の瞳、それに軍服のようなデザインの制服は、どこからどう見ても“男”にしか見えない。


(ちょっと背は低いけど……)


 完璧な男装で、いざ士官学校の入学式へ――今日は、女学園の入学式でもある。

 隣り合う校門の前には、新しい制服に浮かれる女子生徒や、緊張した様子の士官学校生が混ざり合っていた。


「……これだけいれば、私だってバレないよね?」

 

 父を説得して、女学園の方は3か月の休学届を出している。「さすがにそれ以上はやばい」と言われてしまった。

 つまり、仕官学校の生徒に化けて、ブロマンスを成立させられる期限はたった3ヶ月――その間に推し(ノーベル)とガイアスを「マブダチ」まで後押ししなければ。


 まず、本当に(ローゼ)の死神――正規ヒロイン・ユリシアはこの世界に存在するのか。


(実際の問題、このままだと私は……)


 改めて、ローゼは“悪役令嬢”。

 正規ヒロインに恋してヤンデレ化し、他の攻略対象を殺害して処刑される――あのニッチなゲームの狂気エンドに突き進んでしまったら、最悪だ。


 念のため、先に確認しておこう――。


 隣り合うふたつの門の境に立ち、校内へ流れる生徒たちを眺めていると。


「あんな麗しい殿方、士官学校にいらっしゃいました?」

「キレイな赤髪……でも、見覚えがあるような」


(マズい……!)


 あの女生徒たち、こっちを見ている。

 男装しているとはいえ、うかつだったか――。


 顔を袖で隠し、士官学校側へ避難しようとした瞬間。


「だれかお探しですか?」

 

 背後から、凛とした声が響いた。


 振り返った先には、百合の花のような佇まいのゆるふわ少女。澄んだ瞳から、純真さがにじみ出ている。

 間違いない――ユリシアだ。


(でも、どうして……)


 見ず知らずの私に声をかけてきたのか。


「あら? あなた様は……」


 なぜか頭のてっぺんからつま先まで、じっくり見られている。

 私が記憶を取り戻した時、推し(ノーベル)から目が離せなくなった時みたいに。


「ん……?」

 

 それにしても彼女は、女学園唯一の特待生だというのに。町娘のようなエプロン姿のままだ。


 制服はどうしたのか――訊ねようとすると、周囲の声がはっきりと聞こえてきた。


「まさか、あれが特待生ですの?」

「いかにも貧乏人だわ」


 ご令嬢たちの陰口が、わざとらしい音量で聞こえてくる。それでもユリシアは――「大丈夫ですか?」と、固まっている私の心配をしている。


 絶対聞こえているのに。

 (ローゼ)だったら、剣を抜きかけているところだ――。


「あの、制服は支給されなかったのですか?」

「……お恥ずかしい話ですが」


 学校側から特待生へ支給されたのは学費のみで、その他は自費。教科書を揃えたら制服代は足りなかったと、ユリシアはまぶたを伏せた。


「そんな……」


 父が支援者を務める学校で、そんな不公平があってはならない。

 せっかく優秀だからと入学できたのに――後で父経由で制服を届けさせよう。


(あれ……?)


 いつの間にか私、ユリシアに肩入れしている。

 

 そう気づいた瞬間、荘厳な鐘の音が鳴り渡った。


「あっ……!」

 

 もう、士官学校の入学式に行かないと――。


「後で制服を届けさせます!」


 こちらを不思議そうに見上げるユリシアに微笑み、背を向けた。


「赤髪のイケメ……殿方! せめてお名前を!」


 名前――そうだ、この姿の時の名前、どうしよう!


「ロ、ロ……『ロズ』といいます!」


「それでは」と、今度こそ門を離れて走り出した。


「くっそイケメン」――そんな言葉が遅れて聞こえたが、気のせいだろう。

 白百合のような女子が、「くそ」なんて言葉を使うはずがない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ