1.悪役令嬢は推しのブロマンスが見たいだけ
「ああもう、やらかしたぁ……!」
まさか“推し”をぶっ倒すなんて。
王国剣術大会三年連続優勝、気高く華麗な“剣聖令嬢”。
そんな肩書を持つ私、ローゼリア・グライシスが――鎧のままベッドに沈んで、何もできないでいる。
いや、まだあの時は知らなかったのだ。
グライシスの鍛錬場に入門した銀髪の美形――ノーベル・アルヴェルトが、前世の“推し”だったとは。
『ノーベル様! この程度で膝をつくとは何事ですか!』
『ひぃっ!』
ひょろひょろの構えで剣を振るう“推し”は、あの時の私を、「鬼」を見るような目で見ていた。
彼だって士官学校の生徒だ。剣術の授業があるはずだし、基本くらいはできると思い2割の力で踏み込んだのだが――彼にとって、私の太刀筋は「鬼並み」だったらしい。
『わぁっ!』
圧を受けきれなかった彼は、剣に弾かれ、壁の方まで吹き飛んでいった。
しまった。
初日の相手にやりすぎた――指南役として熱くなりすぎたことを反省しながらも、転がる彼の後を追うと。
『いたたぁ……グライシス嬢~! ちょっとアフタヌーンティーで休憩しませんかぁ?』
『え……?』
全身汗だく、逆さまになりながらも笑う彼を見て、思わず頬が緩んだ。
指南役とはいえ女に倒されたら、貴族の坊ちゃんはすぐに泣くか怒ると思っていたのに――。
『ほら、起きなさい』
気づけば、手を差し伸べていた。
“強さ”とは技術ではなく、“立ち向かうこと”――ローゼの信条を口にしながら。
『まずは身体の逃げ癖をなくしましょう』
『えっ……先生、意外と優しいです〜』
『意外とは余計だ!』
構えも太刀筋も弱々しいけれど、根性だけはある。
そんな彼への、私なりの敬意だった。
が、しかし。
彼の手に触れた、その瞬間。
私は思い出してしまった。
前世の記憶。社畜OLだった人生。そして――この世界が、私がどハマりしていた乙女ゲーム『薔薇と剣のレヴェリエ』だということを!
『貴様……いや、あなた様は!?』
目の前できょとんとしている超絶美形は、『バラ剣』の中でもひと際輝いていた攻略対象――ノーベル・アルヴェルト。
剣の腕はからっきしだったが、後の成長ぶりには、いったい何人の乙女が沼に落とされたことか。
『あのぉ、グライシス嬢? お顔がこわいのですが〜』
いけない、理性を保たなければ――そう念じても、顔の緩みは抑えきれなかった。
なぜなら前世の私は、この“弱カワイイ”推しと、メイン攻略対象の“強騎士”との「ブロマンス」を夢想するため、時間とお金を惜しみなく注いでいたのだから。
正規ヒロイン?
恋愛?
そんなものは背景だ。
私はただ、あの二人の友情が見たかった――!
「ありがとう、推し! 全部思い出せたよぉぉぉっ」
記憶が蘇った瞬間の想いを、改めて枕へ向けて叫んだ。
うかつにも、推しと繋いでしまった手。まだ籠手をはめたままのそれを眺めていると――汗で頬に張りついた銀髪を、あざとい仕草で払う推しの姿がよみがえった。
(あれ、スクショして壁紙にしたかったな……)
「……って、そんな場合じゃないでしょ私!」
今の私は悪役令嬢ローゼリア。
そして正規ヒロインに関わろうものなら、最終的に追放されてしまう――。
「でも……」
正直、自分の末路なんてどうでもいい。
そんなことより――。
「“推し”のブロマンス、生で見られるかも!?」
推し、そして彼と友情を育む運命(予定)の2人が、私と同じ時空に存在していること。
それだけで、このローゼリア・グライシス、17年の生涯にいっぺんの悔いなし――!
「でも、どうやって推しとアイツのブロマンスを見守ろう……?」
ベッドの上でガシャガシャと鎧を鳴らしながら、必死に思考を巡らせた。
彼らは男子限定の士官学校生。私は、そこに隣接する女学園の生徒。
さすがに、女学園側から士官学校を覗き見るわけにはいかない。
それに。今の時点ではブロマンス対象の2人に、これといった接点はない。
「ガッツリ関わっちゃうのは反則だけど、ちょっと仲をとり持つくらいなら!」
(でも、どうすれば良いんだろう……)
ため息とともに振り返った先には、ベッド横の姿見があった。映っているのは、ゴツい鎧を纏ったまま寝転がる麗人。
ローゼは“悪役令嬢”といっても、王子様タイプの女性だ。
流れるような赤髪は滑らか。銀色の瞳は強さを象徴するように凛としている。鍛えているわりに豊満なボディラインなのは、ひとまずおいて(本人はサラシで隠している)――容姿端麗、おまけに剣の腕は最強。
(鎧姿見ると、男に見えてくるな……)
「あっ、そうだ!」
ブロマンス対象2人のそばにいる方法。
それは――。
「『男装』だ……!!」
士官学校の“男子生徒”として、彼らを陰から見守れば――。
「推しのブロマンス、応援できる!」
何より、これまでの「剣一筋人生」よりずっと楽しそうだ。
「よし、さっそくパパと交渉しにいこう」
鎧の重みをもろともせず、ベッドから跳ね起きたが――いくらローゼの父、アーノルドが親バカでも、この格好でのお願いはさすがに怒られるだろう。
「新しいシャツの場所は……と」
ローゼは身の回りのことならば、メイドに頼らずすべて自分でやっている。さっそく鍛錬用の青銅鎧とインナー、胸を潰すさらしを脱ぎ捨てると。
「うん、やっぱりローゼって“乙女趣味”なんだよなぁ」
姿見に映るのは、赤と黒の薔薇の刺繍がきれいなキャミソール。
これまでの私は、周りの「剣聖令嬢イメージ」を保つため、常に凛々しくあることを意識していた。
でも本当はケーキを食べたかったし、可愛いドレスだって着てみたかった――ローゼのそんな内面は、今や「前世の私」と同期しつつある。
「……恋とかも、本当はしたかったのかな」
ぽつりと、言葉がこぼれた瞬間。
「おい、入るぞ――」
「きゃあ!」
突然の背後からの声に、思わずローゼらしくない悲鳴を上げてしまった。
「なっ……が、ガイアス?」
いつの間にか開いている扉の前には、いつも不機嫌そうな黒髪の大男――ガイアス・ディアストラが仁王立ちしていた。
鋭い黄金の光を放つ目を、大きく見開いている。
それに。
赤薔薇の添えられた小箱を持つ手まで、ピクリとも動かず固まっていた。
(私の悲鳴にビビったのかな……?)
なかなか口を開こうとしない彼は、『バラ剣』のパッケージに一番大きく出ているメイン攻略対象。
そして。
このゲームと似た世界で、推しとブロマンスを育む予定の最強騎士だ。
顔は無駄に攻め顔、推しのカプ相手としては良いのだが――推しとは違って自信満々、少し俺様っぽいところが、個人的に苦手だった。
「……何の用だ?」
固まっているガイアスに、いつものローゼの口調で問いかけたところ。
冷たい色の唇が、ようやく開いた。
「そんなの着ていたのか」
「は……?」
黒手袋越しの指が差すものは――私の胸元。
いや、赤薔薇のキャミソール。
「あ……」
途端に赤くなった耳を手で覆いつつ、腕でさりげなく身体を隠した。
男より男らしいローゼだったら、こんな時に赤面なんてしないはずだ。
でも――この真顔男、目を逸らす素振りもない。蛇のような琥珀色の瞳で、じっくり観察している。
(ノンデリ野郎か……!?)
「でっ、出ていけ! 次はノックをしろ!」
いつもの口調を保ちつつも、声の震えはおさえられなかった。
それでも首を傾げたガイアスは、「ノックはしたが?」と不満げに扉から出ていく。
まったく、どうしてあんなに冷静なのか――。
「てか、見られた……趣味、バレた……!」
今さらながら、自分の肩を抱いて胸元を隠した。
ガイアスの、ああいう察しが悪いところも嫌いだ。
もし今の不幸イベントが、“推しルート”だったら――。
『わぁっ! ごめんなさい……ちゃんと忘却魔法で、今の記憶消しておきますね〜!』
と、いった具合で、紳士的に部屋を出て行ってくれたに違いない。
でも――ガイアスの視線が、今も肌に張り付くように残っている。
(あんな目でみられたの、初めてだったな……)
ローゼにとって、彼はグライシス家の鍛錬場で奉仕している、同じ指南役。
稽古中も、普段すれ違う時だって、いつも睨まれていただけ。
“不機嫌”が、あの人のデフォルトだ。
ただ、さっきの目は少し違った。
それに、手に珍しいものを持っていた気がしたが――。
「あの箱、なんだったんだろう?」
ガイアスが大切そうに持っていた、薔薇の添えられた小箱――あれから、甘い匂いがしたせいだろうか。箱の細部まで、頭に焼きついていた。
「まさかガイアス、ローゼにプレゼント……いや、そんなわけないか」
それでも念のため、ガイアスの、女性との恋愛フラグはすべて折らなければ。
正規ヒロインは当然、悪役令嬢も恋愛対象になってはいけない。
『推しブロマンス計画』に、邪魔が入るのだけは阻止しなければ――!




