第五話 グレトナ・グリーンに連れてって・5
「どうでしたかね。楽しかったですか?」
と、コーヒーを渡しながらそう訊ねる十三に、松也は、う〜ん、と、唸ってしまった。
「何だか……願い自体は叶ったっぽいんですが」
「ふむふむ」
と、二人でコーヒーを飲み始める。
何だか静かだった。さっきまでのハイテンションがだいぶ落ち着いてきたのだろう。
「何だか……願い自体は叶った……っぽいんですが……」
と、同じセリフを繰り返す松也に、十三はあっけらかんと言った。
「でも恋愛自体がそういうものって気もしますけどね」
「はあ」
「さっきのシミュレーションを観察させていただいた限りでは、割とよくある、あるあるの恋愛風景のように見えましたけども」
「……う〜む……」
と、唸ったまま黙り込んでしまった松也を見兼ねてか、十三は一応人生の先輩として思ったことを言ってみる。
「まああなたみたいな人はね、好きになってもいい人を探してから出会うのがオーソドックスなやり方だと思うんですよ」
「もっと普通に出会いたいんですよね。ネットとか都会、夜の街とか、そんなんじゃなくて、学校とか職場とか、色々あるじゃないですか、ノンケの人は」
「その結果が今のシミュレーションなんじゃないですかね」
ぐ、と、松也は言葉に詰まってしまった。
十三は椅子に座り、コーヒーを飲み、何だか松也が可哀想に思えてきてしまった。
「やっぱり恋愛って、うまくいかないことの方が多いもんだと思うんですよねぇ。お互い好きで大切に想っていてもうまくいかなかったりするのが恋愛なわけで」
「相手が引く手数多だとか、ぼくのエスコートの仕方が下手とか、そもそもあれやってこれやってってタイプがぼく自身好きじゃないとか」
「あなたもいつか運命の恋人と出会うときが来るかもしれませんけど、そしたらこのシミュレーションみたいになるかもしれないわけで。そこまではもちろん私にはわかりませんが。ある日ばったり出会うこともあるかもしれないのが恋愛なわけでして」
「うーん……うーん」
コーヒーカップをそばの棚の上に置いて、松也は頭を抱えてしまった。
「でも、明晰夢なんでしょ。自分の好きなようにコントロールできる? なんか悪い方悪い方に進みましたけど?」
「最初にも言いましたけどあくまでデジタナの研究実験ですからね。単に明晰夢体験をさせているわけじゃないんです。勘違いされてる方結構いるんですけど」
「この実験は、どういう結果が出ると、その、望ましいんですか?」
「結果ではなく過程が命です。被験者の方々が見る夢の内容や性格や方向性自体はどうでもよくて、あくまでも——そうですね、ざっくり言えば、被験者の方々が“満足するかどうか”または“納得するかどうか”に主眼が置かれています」
「もうちょっとわかりやすく」
「表層意識のリクエストと深層心理の真の願い。それらを簡易演算して恣意的に目の前の目的を遂行する。そのために本人の“こうなれ”とか“こう在れ”とかいう意識がダイレクトな形で達成されるかどうか。テーマはそこです。つまり、今回の実験であなたが、いや、あなただけではないんですが、明晰夢が悪い方向に進んだという方々の場合、少なくともそれ自体が真の願いではなかったというわけです」
「どうもわかりにくい……要するに?」
「『願い事には気をつけて。叶ってしまうかもしれないから』——ということです。これ以上は専門的に、イドがどうとか上位自我がどうとかという話になるし、企業秘密にぶち当たりそうなのでご勘弁を」
「はあ」
何やら満足も納得もできないが、しかし——わからなくはない。
願い事には気をつけて。叶ってしまうかもしれないから。
もしあの子がゲイなら? ということが叶って——でもそれが、必ずしも自分にとって都合のいい展開になるとは限らない。
そう思って、松也は、ふう、とため息をつく。
「まあコーヒーでもどうぞ」
「ありがとうございます」
そう促され、再び松也はコーヒーに口をつける。
何だか静かだった。
やがて十三は言ってみた。とりあえず話題を逸らしてみよう、と思って。
「ゲイの友達が欲しいとかはあんまり思わないんですかね? 知り合いになりたいとかは」
すると松也はおずおずと答える。
「あんまり。あの子のことがただただ好きで、そればっかりで」
「でも世界は広がると思いますよ。そしたら、愛し合える人とも出会えるかもしれないし。今はその子に夢中かもしれませんけど、それはそれこれはこれで」
二股をかける——というわけでも何でもない。だってあの子は自分の恋人ではないのだから。
好きな子がいて、それでもゲイ活動自体は行って……というただそれだけのことではある。だがそれが何だか不純に思える。歴然と好きな男の子がいるのに、平気で男漁りをする、というのが、どうしても不純に思えてしまう。
それでも、自分がそうするしかないのはわかっている。なぜなら、あの子はゲイではないのだから。
「もう一つ、あなたのシミュレーションを観察して思うのが、夢の中のあなた方は特別な存在だという世界を生きてはいなかったようだな、ということなんですが」
不思議なことを言う、と思い、ちょっと訝しむ。
「ぼく、特別じゃないです」
「ゲイっていうのは、“特に別な”存在なんじゃないですかね」
む、と思う。それはそうだと思う。少なくとも、まだ今は。
「彼とお付き合いがしたい、というのと同時に、ゲイであることをそこそこオープンにして生きてみたいと思ってるんじゃないかと、他人事ながら思いましたよ」
「でも、だからって、カミングアウトは、ちょっと。怖いし……怖いです」
すると十三は柔和な笑みをたたえながらこう言った。
「真の願いは大切にした方がいい。たとえそのままの形で実現しなくても……それがあなたの、純粋な夢なのだから」
「——純粋な夢かぁ」
「表層意識のリクエストは深層心理の真の願いを基盤にします」
「ん?」
「あなたの夢は必ず叶う」
「ええ〜」
「それがあなたにとってより良い、望ましい形になるかどうかは、あなたがあなた自身の真の願いをどこまで大切にしているかどうかで、決まります」
「……」
どこか十三はニコニコしている。
あの子と付き合いたい。愛し合いたい。恋を語り合いたい。
それはそれで……大切にしてもいいんじゃないか。
もしかしたらその気持ちを大切にしている、そのおかげで——いつか本当の愛に出会えるかもしれない。
十三との対話の中、何となく松也はそんな風に思い至った。
「ちょっと考え方を改めてみようと思います」
「いいと思います。ま、のんびりとね」
「はい」
自分の深層心理の真の願い、というのが結局のところ何なのか、今の自分にはよくわからない。それでも、あの子のことが好きだ、というその気持ち自体は大切にしてもいいんだと思う。
今はそれだけで充分だった。
というわけで、十三は頷いた。
「あなたの心の奥底の声を大切に——それでは、またいつかどこかでお会いしましょう」




