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第五話 グレトナ・グリーンに連れてって・3

「今日はどこに行こうか」

 と、彼が言ってくれるので、松也は嬉しくなった。

「水族館に行こうか」

「いいね。ぼく、水族館、好きだよ」

 ぼくは君が好きだよ。そんな風に思って松也ははにかむ。

 今のこの明晰夢の世界で、彼は自分の恋人として登場している。夢の中とはいえ、こんな歓喜はない。この子は今、自分のものだ。自分の想いを受け止めてくれて、自分に想いをぶつけてきてくれる。こんな幸福はない。松也は幸せな夢に酔いしれていた。

「じゃあ、行こうか」

「うん!」

 飛び切りの煌めく笑顔。流石に現実世界でここまでの笑顔は見たことがなかったが、松也はそれを簡単にイメージすることができた。

 なんてかわいい子なんだろう。本当にかわいい。かわいくてかわいくて堪らない。

 すぐに水族館に到着した。夢なのだから当然だ。

 入り口のスタッフが、いらっしゃいませ、と声をかける。

「二名様ですか?」

「はい。カップルです!」

 堂々と男同士のカップルとして振る舞いたい、その気持ちが大きな声を上げさせた。彼の手を握る。まだまだ上手じゃないけど、夢の中だし、すぐにきっと。

「それはいいですね」特に怪しむこともなく女性スタッフは微笑んだ。「お一人様、二千円になります」

「あ、ぼくが払うね。大丈夫」

「ありがとう」

 あれ。声が何だか、静かだな。さっきまでの煌めきはどこにいったんだろう。ぼく、何かミスったかな。そんな風に思いながらも財布の中から四千円を取り出し、受付スタッフに渡す。

 というわけで二人は水族館に入る。

「わあ。魚がいっぱい」

 と、感嘆すると彼も、ねー、と、同調してくれた。

「鮫はどこかなぁ」

 そういえばこの子は鮫が好きだったな、と思う。映画のジョーズのファンであるのは知っている。かわいい顔をして結構ハードな映画が好きなのだ。

「鮫って水族館にいたかなぁ」

 と言うと、彼は答える。

「この水族館にいるかどうかわからないし、全国的にいるのかどうなのかも」

 じゃあ、と思い、松也はイメージする。すると水槽の中に鮫が現れた。

「わ、鮫だ」

「そうだよ。君のために呼んだんだよ」

 すると彼はちょっと顔を翳らす。

 あれ。ぼく、なんか、この子をあんまり楽しませてない?

 とにかく二人は水族館の中を歩いていく。館内は現実の建物とは思えない不思議な構造をしていたが、その中でも二人並びに客たちは自然と歩行し水槽の魚たちを楽しんでいる。夢の中だから二次元三次元が混ざっているのであろうが、そういう世界なのだから困惑しないで済んで当然だな、と、我ながら自分の想像力の卓越さが松也は誇らしくて、ちょっと笑う。

「何か笑える魚でもいた?」

 と訊ねてくる彼に、松也は、

「ううん。君がかわいくて、なんか笑っちゃった」

「……」

 どうもさっきからこの子の様子がおかしい。それはどうも自分の何らかの発言によるものであるらしいこともだんだん松也は気づいてくる。

 自分の言動の何がおかしいんだろう?

 ということに考えが至ってから、だんだん松也は気づく。

 自分は、デート、というものをしたことがない。

 そして、好きな子に自然に好意を伝える、という経験がない。

 カップルです。かわいい。君のために。

 よくよく考えてみれば受付で料金を支払うときに黙って支払うべきだったのではないか。自分の言い方はちょっと相手に重荷だったのでは……そう思うようになってから、松也は自分の言動を改めようと頑張る。

「魚、かわいいね」

「うん。でも、君の方が」かわいい、と言いかけて、これは失敗になるだろうと思い、「それはともかく魚かわいね」

「ね」

 頑張ろう。夢の中とはいえ好きな子と一緒にいられるんだ。これは頑張る価値のあることだ。たとえ夢でも、大好きで大好きで堪らないあの子とデートができている……こんな幸せなことはない。

「お腹空いちゃった」

 と彼が言うので、さあ自分の頑張りどころだ、と松也は思い、言った。

「じゃあ、ご飯にしよう」

「うん。松也くんもお腹空いちゃった?」

「ううん。ぼくは特に」

「あ。そう」

 あれれ……何がまずいんだろう。自分の発言のどこが間違っているんだろう。

 とにかくレストラン。

 メニュー表を見る。どうやらメニューはイメージそのものであるようで、細かい料理名は書かれていない。というより、イメージした料理の名前が読めるようになっている。なかなか不思議な世界だ。

「何にする?」

 と尋ねると彼は、

「何にしようかな」

「あ、ぼくちょっとトイレに」

 と立ち上がろうとしたら、彼は、ふう、と、小さくため息をついた。

 え? 何、このため息?

 と思ったら彼は、

「ぼく、ちょっと松也くんとは……合わないのかもって」

「えっ」

「なんか、そんなに好きじゃなくなっちゃってきちゃったっていうか……」

 なんで? だってトイレに行きたいってそんなに、変か?

「え。でも、水族館、まだまだ」

「うん……だから、水族館出たら、その、悪いんだけど——」

 いくら鈍感な松也でもわかった。

 これは最後通告だ。

「多鍵さん」

「はい。何か」

「また夢を変えます」

「お好きに」

 結局のところ自分のデートの仕方に問題があり、それが彼の恋愛感情に悪い影響を与えているのだと松也は悟った。自分は恋愛に関して未熟者であり弱者であるのだ、うまいエスコートの仕方がわからない。元々モテるタイプでもないし、そもそも夢の中とはいえこれが人生初めてのデートなのだ、やり方がよくわからないのは仕方がない、と思うが、せっかくの夢の世界なのにと思うと、どうしても、とほほ、という気分がなくならなかった。

 しかし……一般的には、こういった経験をして、あるいは失敗をして、つまり場数を踏んで、成長するものなのだろう、とは思う。

 ふと思う。

 自分は……経験も失敗も場数を踏むことも……できるのだろうか?

 頭をブンブンと振った。兎にも角にも、だから次は——この水族館はこの水族館で終わらせるとして、そんな恋愛弱者な自分をいいと言ってくれるあの子に会いたい。あの子に……世界で一番大切なものに思われたい。

 松也の夢は続く。

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